イノベーションが起こりやすい国、世界トップのスイス
AIや第4次産業革命という言葉とともに注目された「ロボティクス」。ロジスティクス/サプライチェーンにおける自動化を担う重要技術であり、メディアや投資家の関心の的だ。
パンデミックにより、非接触型のサービスが求められるようになった現在、その注目度はますます高まっている。
日本で、AI・ロボット分野の話題は、米国や中国発のものがほとんど。他の国・地域の情報はあまり伝えられていない印象がある。そのため他の国・地域の重要度は低いと思われがちだ。
しかし、AI・ロボット分野のイノベーションに関して、米国や中国以上の評価を受ける国はいくつも存在している。これらの国・地域の動向は、AI・ロボット分野の世界的動向を知る上で欠かせない情報といえるだろう。
その国・地域とは、スイスをはじめとする欧州諸国だ。スイス・ジュネーブを本拠地とする世界知的所有権機関(WIPO)が毎年発表している「世界イノベーション指数」というランキングがある。
世界イノベーション指数は、制度、知的財産権の保護、投資状況、人材などイノベーションに関わる80以上のサブ指数から構成される総合指数。包括的に国ごとのイノベーションレベルを比較できるツールとして、経営者や政策担当者に活用されているという。
この世界イノベーション指数で長らく1位の座に君臨するのがスイスなのだ。2020年の最新ランキングでは、トップのスイスに続き、2位スウェーデン、4位英国、5位オランダ、6位デンマーク、7位フィンランド、9位ドイツとトップ10のうち7カ国が欧州諸国という結果になった(米国は3位、中国は14位、日本は16位)。
スイスでのイノベーションといえば「製薬」というイメージが強いかもしれないが、AI・ロボティクス分野でも世界的なプレイヤーが多数存在している。
2012年、アマゾンが7億7,700万ドル(約8,200億円)と当時同社史上2番目の規模の投資額でロボティクス企業Kiva Systemを買収したというニュースが話題になった。このKiva Systemの共同創業者ラファエロ・ダンドリーア氏は、世界的なスイス人ロボット研究者。日本でもドローンのパフォーマンスで話題となった人物だ。
ダンドリーア氏はいくつかのテックスタートアップを起業したシリアルアントレプレナーであると同時に、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)で力学・制御システムを教える教授も務めている。
スイスではこのETHを中心としたロボティクス研究のコミュニティ/エコシステムが発達し、国全体のイノベーション水準を高いものにしている。ETHはアルバート・アインシュタインが在籍した大学として知られている。
またスイスは精密工学で長い歴史を持つ国。歴史・文化的にロボティクスが栄える素地が整っている。
ETHスピンオフ企業が開発する4足歩行ロボット
最近、米ボストン・ダイナミクス社の4足歩行ロボット「Spot」の市販開始を伝えるニュースが話題になっている。
スイスにも4足歩行ロボットを開発するスタートアップがあり、このほど量産化と販売を開始した。その企業とは、スイスの主要ロボティクス企業の1つ「ANY Botics」だ。
2016年に、ETHチューリッヒのスピンオフ企業として登場した同社。2020年6月に、量産化と顧客へのデリバリーを開始したことを発表した。
同社の4足歩行ロボットの研究開発が開始されたのは、ETH時代の2009年にさかのぼる。最新モデルは「ANYmal C」と名付けられ、下水や油田プラットフォームの検査などに活用されている。
ANY Boticsは2019年、米ロサンゼルスで開催された世界最大の家電見本市CESにて、開発中の4足歩行ロボットを公開。荷物を運びながら階段を上るデモンストレーションが話題となった。
2020年9月には、スイスで最も価値ある起業家賞「The Swiss Economic Award」を受賞しており、国内外から広く注目される存在となっている。
コカ・コーラが出資したデリバリーロボット開発の「TeleRetail」
4足歩行ロボットが複雑な地形でのオペレーションを強みとする一方、舗装された道路では、車輪走行ロボットの活躍が期待される。
スイスでは、ロボットスタートアップ「TeleRetail」が開発するデリバリーロボットの実用化が間近だ。
2014年設立の同社が開発するのは、舗装道路を自律走行するデリバリーロボット「Aito」。2019年には、英国でのデリバリー実験やオランダのスーパーAlbert Heijnのデリバリー試験を実施し、その性能が高く評価された。
スイス地元メディアによると、試験の成功を受け、コカ・コーラの欧州ベンチャー投資部門CCEP VenturesがTeleRetailに投資、15%の株式を取得したという。
欧州ではこのほか、エストニア発のStarship TechnologiesやスペインのEliportなどがラストマイルデリバリーロボットを開発、一部でデリバリーを開始している。
デリバリー分野以外でも多様なロボット企業が混在する欧州。世界イノベーション指数が示すように、AI・ロボット分野の発展をけん引する注目すべき地域といえるだろう。
[文] 細谷元(Livit)