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新型コロナウイルスの影響で半ば強制的に進んだ日本のリモートワーク。現在は出社とリモートワークを上手に使い分けている人もいるようだが、オフィス環境は昔のまま。せっかく出社しても、固定席に座る社員同士がコミュニケーションを取ることなく、黙々と仕事をして帰る……というような場面も多くみられるようだ。
「出社するメリットは何か?」を問う時、改めて気づかされるのがオフィスでのコミュニケーションの大切さ。何気ない雑談から生まれるインスピレーションも少なくないだろう。社員間のコミュニケーションが活性化されるようなオフィス環境とはどのようなものだろうか?また、従業員の結束を生むためにはどのような工夫が必要なのだろうか?
フレックスワーク先進国のオランダで、政府系経済開発組織「ブラバント州開発会社(BOM)」のEdwin Zonder(エドウィン・ゾンダー)氏とBram van den Hoogen(ブラム・ファンデンホーヘン)氏に話を聞いた。
コミュニケーションを生むオープンな空間
ガラス張りの正面入り口を入ると、そこは吹き抜けの玄関ホール。大きな窓やガラスの壁を通して外の緑や日の光が入り込み、開放的な雰囲気がつくられている。レセプションコーナーにはコーヒーマシンが設置されていて、各自がコーヒーを飲めるようなちょっとしたラウンジもある。その少し奥には「ワーク・カフェ」と呼ばれるカフェテリアがあり、各自が家から持ってきたサンドイッチをここで食べたり、ラップトップを広げてコーヒーを飲みながら仕事をしたりする。
仕事場はオープンスペース。パーテーションや小部屋に区切られることなく、高さが調節できる机や椅子が並べられ、それぞれの机の上にはスクリーンがあるのみ。固定席はなく、各自が自分のキーボードを持って毎回好きな席に座れる「フリーアドレス」になっている。もちろん固定電話はない。オフィスのところどころには、ガラスの壁で仕切られた会議室や2人だけでミーティングができる小部屋も。1人だけで静かに仕事をしたい人や、逆に誰かと電話で話をしたり、オンラインミーティングをしたい人のための「1人部屋」も用意されている。
高い天井からおしゃれなデザインのランプがいくつも吊り下がる階段を上ると、そこにもコーヒーコーナーが現れる。街角のちょっとしたカフェといった雰囲気で、そこではコーヒーを入れるだけではなく、座って仕事をしたり、同僚とおしゃべりしながらコーヒーを楽しむスペースも。決して大きくない2階建ての建物に、コミュニケーションスペースがふんだんに取られているのが印象的だ。
BOMのオフィスが現在の形にリノベーションされたのは2016年のこと。「以前は小さな部屋に区切られた伝統的な内装だったし、みんな固定席を持っていました。茶色くて、カーペットが敷いてあって、暗い印象でしたね」と、ゾンダー氏は振り返る。
フレックスオフィスに改装した理由は、BOMの人員拡大とフレックスワークが理由。従業員は90人に増えたが、実際にオフィスを利用している人数を調べてみると、他企業訪問や出張中の人もいて60〜70%にとどまっていたため、固定席を取り払って既存スペースを最大限に利用できるようなレイアウトにしたという。
オープンスペースになってからは、従業員のコミュニケーションが各段に増えた。部署を超えて自由に席を選べるようになったため、他部門の人たちが取り組んでいることにも触れることができる。さらに、BOMを訪問する取引先とのコミュニケーションの機会も拡大したという。
「他の企業の人がBOMを訪れて、次のミーティングが2~3時間後に近所であるような場合はここで仕事をしていくこともあり、そんな時は彼らといろいろな話ができるので、関係構築をするのにもすごく役立ちます」(ファンデンホーヘン氏)。
コロナで導入されたオフィス内の新ルール
オフィス内のフレックスワークは2016年から導入されたものの、政府系機関という性格によるものか、「自宅勤務」という形態は新型コロナウイルスの拡大を受けて始まった。現在、オフィスを利用できる人数は、最大30人に限定されている。
「出勤したいときには1週間前にウェブサイトの登録フォームに書き込まなくてはなりません。ゲストが来る場合は、その人たちのことも登録します」(ファンデンホーヘン氏)。登録は基本的に早い者勝ち。しかし、ゲストとのミーティングなどで出社する必要のある人が出てくれば、そこは従業員同士で融通し合っているという。
従業員はたいてい、週2回ぐらいのペースで出社をしているというが、それを決めるのは完全に個人の自由。どこで働くかをマネジャーが管理するということは一切ない。
ファンデンホーヘン氏の広報チームでは週1回、月曜日にその週の目標を決め、翌週の月曜日に各自のタスク進捗を評価するとともに新たな週の目標を立てる。そして、これを半年ベースでもレビューしているという。
「すべては信頼の問題です。どこでどうやって働くかは各自の問題。インプットではなく、アウトプットから評価されなければなりません」(ゾンダー氏)。
現在のオフィスでは、オランダで義務とされている「1.5mのソーシャルディスタンス」を保つために、いくつかのワーキングスペースが閉鎖されている。また、オフィスビルの中は一方通行になっており、ところどころに歩く方向を示す「標識」がある。1度にトイレに入れる人数は1人。
また、ワーク・カフェに入れる人数も限られている。そこでは木曜夕方に従業員の社内飲み会が開かれていたが、現在はそれも中止となっている。「コロナでそういうソーシャルな機会が少なくなったのがいちばん寂しいですね」(ゾンダー氏)。
TVショーとオンラインBBQ
オフィスでのコミュニケーションが限定されてしまった中で、従業員の連帯を強める試みもみられる。ユニークなのがオンラインの「トークショー」。2週間に1回、今BOMで起こっていることやクライアントの現状などを30分の番組にしてアップデートしている。「多くの人が自宅勤務をする中で、組織内で起こっている面白いことを見逃さないように、ブロードキャスティングでシェアしているのです」(ファンデンホーヘン氏)。
番組にはちょっとふざけたエンターテイメント要素を忘れないのがオランダ流。毎年9月、オランダでは国会の予算発表時に国王がスピーチをするのだが、先日はBOMバージョンのパロディを作って、CCO(チーフ・コマーシャル・オフィサー)がコロナ状況下での勤務状況や将来の見通しについてスピーチを行った。
新入社員やインターンの紹介もこのトークショーで行われる。コロナの影響下では入社後も他の従業員と会う機会が限られるが、こうした楽しい番組で紹介されれば、オフィスで他の社員と出会った時に話が弾むことだろう。番組の人気は上々で、ファンデンホーヘン氏によれば、75%の社員がこれを視聴しているという。「私はホリデーの間も見ていましたよ!」とゾンダー氏は楽しそうに振り返る。
このトークショー以外には、「オンライン飲み会」や「オンラインBBQ」もBOMが主催する。マイクロソフトの「Teams」を使ってグループをいくつか作り、参加者が「飲み会」や「BBQ」を渡り歩きながら、他の参加者と交流できるようになっている。こちらも人気は上々で、直近のパーティでは従業員やその家族90人が参加したという。
欧米の組織では「オン」と「オフ」を明確に分けているイメージが強いが、こうした会社主催のオフ・イベントは意外な盛り上がりをみせている。オフィスでの生のコミュニケーションはもちろん、コロナ状況下でこそ、実はこんな家族的な連帯感が大切なのかもしれない。
- Edwin Zonder(エドウィン・ゾンダー): Senior Project Manager Foreign Investments
- 海外投資部門のシニア・プロジェクト・マネジャー。日本・韓国・東南アジアを担当。海外から企業を誘致し、オフィス・工場などの設営から関連企業とのネットワーキングまで、様々なサポートを提供している。
- Bram van den Hoogen(ブラム・ファンデンホーヘン): Marketing Communication Manager
- マーケティング、コミュニケーション、ブランディング、PRを担当。「コロナ危機チーム」のメンバーとして、BOMのウイルス対策にも携わる。
- Brabant Development Agency (BOM:ブラバント州開発公社)
- オランダ南部ブラバント州の政府系機関。州内の強力で持続可能な経済成長を目的に、企業と協力。知識を共有し、ネットワークを作成するほか、州内のイノベーティブな企業や持続可能なエネルギープロジェクトに投資している。外国企業の誘致や、州内企業の海外進出もサポートする。
取材・文:山本直子