ピンタレストが大規模オフィス賃貸計画を破棄。在宅勤務シフトが進むシリコンバレーのオフィス事情

ピンタレストがシリコンバレーの大規模オフィス賃貸計画を破棄

コロナウイルスの影響を受け、ツイッターをはじめ、大手テック企業の一部ではリモートワークへの永続的、ないしは長期的な移行が話題となっている。ピンタレストも例外ではないようだ。

サンフランシスコ・ベイエリア(通称シリコンバレー)に本拠を置く写真共有サービス大手のピンタレストが、同市に新たに建設予定であった大規模オフィスの賃貸計画を破棄することを発表した。

ピンタレストが今回契約を取り下げたのは、100万平方フィートの大規模プロジェクト「88 Bluxome」における49万平方フィート分の賃貸オフィスだ。契約破棄に伴うピンタレスト側のキャンセル料は8,950万ドルに及ぶ。予定されていた賃料は4.4億ドルだった。

「88 Bluxome」プロジェクトは、市の東北部に位置するソーマ地区(SoMa:South of Market)再開発プロジェクトの一部として、近年開発計画が進んでいた。オフィスのほか、住宅や屋内プール、テニスコートなどを含む2棟の高層複合施設で、今年2020年に建設着手予定だったが、コロナウイルスの影響で頓挫。今後の計画については、まだ明らかにされていない。

「88 Bluxome」の完成イメージ図。49万平方フィート分のオフィススペースを、ピンタレストが賃貸する予定だった

ピンタレストのファイナンシャル・オフィサーであるTodd Morgenfeld氏は、「働き方や場所が多様化した労働力を支えるため」と、契約取り下げの理由を説明。拠点にこだわらず労働力を分散させることで、より幅広いバックグラウンドや経験を持つ人員を雇用する機会となる、とコメントした。

サンフランシスコ市内にある4つの既存オフィスは維持しつつも、リモートワークをする社員を今後増やしていく方針を示唆している。

市民団体との争点にもなっていた、ソーマ地区再開発プロジェクト

つい最近まで、主にテック企業によるシリコンバレーのオフィススペース獲得競争には凄まじい勢いがあった。サンフランシスコのオフィス賃貸数は例年記録的なスピードで増加し、1平方フィート毎の不動産単価は、毎年80ドルずつ上昇を続けていた。

テック企業の集中により、オフィスのみならず住宅や商業スペースの地価も高騰。都市の富裕化に伴う低所得層の立ち退き(ジェントリフィケーション)など、地元民との軋轢も生まれていた。一方で、同市がこのテック企業による不動産バブルに加担し、多額の税収入と不動産収入を得て潤っていたことも確かだ。

「88 Bluxome」プロジェクトの向かいに開発が計画されている、ディベロッパー・Tishman Speyerによるソーマオフィスプロジェクトの完成イメージ図。3つの複合施設の建設が予定されている

特に近年、開発が注目されていたソーマ地区は、サンフランシスコのダウンタウンに位置するマーケットストリートの南側、ミッションベイなどを含むエリアを指す。コンベンションセンターのモスコーンセンター、サンフランシスコ現代美術館などのほか、ピンタレスト、エア・ビー・アンド・ビー、リフトなどのテック企業が本社を構えるエリアでもある。

ソーマ地区における一連の開発計画は、元々工業地帯だったこのエリアを、テック企業のオフィスや住宅、ホテルなどを含んだ新しいハブへと生まれ変わらせるはずのものだった。サンフランシスコ市は、2019年、660万平方フィートのオフィススペース建設と、400フィートまでの高さ制限緩和を行うため、ソーマ地区におけるゾーニングの改正を承認。この判断をめぐり、周辺の市民団体から懸念の声があがり、市に対する訴訟まで行われていた。

「88 Bluxome」プロジェクトの経済効果として、2040年までに新たに3万2,000人の雇用、8,800戸の住宅、20億ドルの公共事業促進を同市は見込んでいた。プロジェクトの現状唯一の賃貸契約先であったピンタレストの方向転換を受けたディベロッパーと市関係者の落胆ぶりは、容易に想像がつく。

加速するリモートワークへのシフト。シリコンバレー一極集中の終焉か?

コロナウイルスの影響を受け、大手テック企業をはじめ、多くの企業がリモートワークの導入をはじめ、労働力の地理的多様性が拡大しつつある。フェイスブックは今後10年間、社員の半数をリモートワークにシフトすると発表。Jack Dorsey氏率いるツイッターやスクエアもその潮流にのり、リモートワークの永久的導入を発表し話題を呼んでいる。

「88 Bluxome」の完成イメージ図

リモートワーク化に伴い、ピンタレストに限らず多くのテック企業が、今後サンフランシスコのような高コストな大都市から離れはじめる可能性は高い。シリコンバレー一極集中に陰りが生まれ、より場所に縛られない雇用形態と給与システムが加速していくだろう。

例えば、フェイスブックのCEOマーク・ザッカーバーグ氏は、高コストなベイエリアを離れ、より安価な場所でリモートワークを行う社員に対しては、給料額を見直す方針を発表している。2017年に完全リモート化を果たしたオートマティック社は、すでにホームオフィス設立のための費用や旅費を社員に提供し、異なる地域で暮らす社員に対する柔軟な給与システムを導入しているという。

国内はもちろん、国外に出ていく労働者も増えていくはずだ。カリブ地域の島・バルバドスは先日、リモートワーカー用の滞在ビザ「バルバドス・ウェルカム・スタンプ」の発行を開始した。バミューダやエストニア、グルジアなども、リモートワーカーが長期間滞在できるビザを発給し始めている。

もちろん、イノベーションのブレークスルーは、どこでも起こるわけではない。ノースウェスタン大学のヘジン・ユン教授の最新の調査によると、イノベーションは、サンディエゴ、ヒューストンなど、最低でも100万人以上の人口を抱える都市で起こりやすいことが分かった。

一方で、アメリカの不動産投資は、飽和状態にあるサンフランシスコやニューヨークなどの大都市から、ボイシ(人口22万人)やナッシュビル(人口66万人)などの小規模都市に移行している。「次のシリコンバレー」が、今まではまったく想像がつかなかった小都市で誕生することも、夢物語ではない。

フリーランサーに限らず、企業に属する従業員たちの間でもリモートワークが普及するなか、国を跨いだ新しい働き方と国家間・都市間のリモートワーカー獲得競争が、これからどのように展開されるのか、今後も目が離せない。

文:杉田真理子
企画・編集:岡徳之(Livit

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