「今、行動しなければ、AIの超大国はアメリカではなく中国になる」

そんな切羽詰まったメッセージが、Googleの元CEOのエリック・シュミット氏から発せられた。ワシントンDCのシンクタンク、超党派政策センター(Bipartisan Policy Center)が主催した8月25日のウェブキャストでのことだ。

「中国は現在、アメリカにとって戦略的競争相手であり、パートナーでもある。アメリカはこれほどのサイズ、スケール感のある競争相手であり協力者に向き合ったことはないだろう。中国は様々な方策でアメリカを凌駕しようとしている。それは私たちが描く道とは違う」

「中国はそのうち経済大国になる。R&Dへの投資額も大きくなり、リサーチの質も上がり、テクノロジ活用が広がり、インフラも強固になっていくだろう。指をくわえて見ているだけでいいのか? いいわけないだろう? 今、行動しなければならない。幸いにもまだ時間はある。何もしないままだと、10~20年後、“なんであの時、策を講じなかったんだ”と頭を抱えることになるだろう」

ウェブキャストで今後のアメリカのとるべき道を説くシュミット氏。

アメリカの中国への警戒は、経済紙を熟読するビジネスマンでなくても、はっきり、えげつないほど見てとれる。

動画投稿アプリTikTokを運営するByteDance社、会員制SNSのWeChat(微信)を運営する騰訊社との取引を禁止する大統領名に署名、さらに通信機器のファーウェイ社への禁輸措置の強化を発表。アプリや機器を介して中国当局がデータにアクセスができるとまことしやかにささやかれているが、確たる証拠があるわけではない。

また、ファーウェイ社への締めつけはアメリカの保護貿易の一環ともとれるが、5Gへの通信技術覇権争いから何とか中国を引きずり下ろしたいという意図もあるだろう。ちなみにイギリスでもファーウェイ社の5G向けの設備購入を禁止、すでに購入している場合でも2027年までに5G通信網から完全に排除を決定している。

中国のAI分野の著しい成長は官民一体となって推し進めていることが大きい。2017年に「次世代AI開発計画」発表。これは2015年に発布された「中国製造2025」を補完するもので、

第一段階:2020年までに世界水準に達すること

第二段階:2025年までに中国の一部のAI技術が世界をリードすること

第三段階:2030年までに中国のAI総合力を世界のトップにすること

と目標を三段階に定めている。アメリカに足りないのは、そのような長期的ビジョンと政府の関与にあるシュミット氏は訴える。

「ハイテク権威主義とも呼ぶべき中国モデルはアメリカとは大きく異なっているし、礼賛するつもりも推奨するつもりもないが、戦略的に実行していくという観点からは利点があることも確か。自由を基盤としたハイテク経済、アメリカ式ハイテク民主主義を模索しなければならない」

独立した公的教育機関を設立する

そんな基盤を固めるべくシュミット氏が提案しているのが、AI分野を含めたデジタル技術の公的教育機関設立だ。7月21日、シュミット氏が委員長、オバマ政権下で国防副長官を務めたロバート・ワーク氏を副委員長とするAI国家安全保障委員会の会議で提案された「United States Digital Service Academy (USDSA)」がそうである。

委員会がまとめた第二四半期報告書では、6つの軸で分析と提案を行っている。

1.国防省のAI研究と開発能力の増強

2.国家安全保障と防衛のAIアプリケーション開発の加速

3.政府のテクノロジー人材のギャップを埋める

4.輸出管理と投資スクリーニングを識別して国家安全保障のAI優位性を保護

5.デジタル時代の熾烈な争いに備えて国務省の方向性を転換する

6.AI分野の責任ある研究・倫理への枠組み作り

USDSAの案は、以前の報告書ですでに提案されていたが、第二四半期の報告書では、上記の3の軸の中で骨子をさらに明らかにしている。

・連邦政府の資金提供による学位授与大学として、政府内で独立した機関として設立する。

・アメリカ合衆国に奉仕するデジタル技術分野の指導者を養成する。

・USDSAが定義するデジタル技術分野は、AI、ソフトウエアエンジニアリング、電気工学、コンピュータサイエンス、分子生物学、計算生物学、生物工学、サイバーセキュリティ、データサイエンス、数学、物理学、ヒューマンコンピュータインタラクション、ロボット工学など。

・デジタル技術のほか、人文科学、政治学、経済学、倫理、哲学、歴史などの社会科学の分野とも融合させて幅広く知識、倫理を身につける。

アメリカにある5つの士官学校をモデルとしながらも、USDSAでは教育を受けた学生は、国家公務員だけではなく、民間企業への人材も想定する。USDSAの学生は、士官学校同様に授業料や下宿代などが無料になる代わりに卒業後は奉仕義務を負う。

AIをコンピュータの技術のひとつ、あるいは次世代の経済発展の起爆剤などと片付けてしまうと大きく見誤る。現時点でAIの定義がはっきり定まってはいるわけではないが、ざっくりいえば知的行動を人間に代わって人工的に再現させる技術であり、だからこそ技術のみならず、倫理、運用管理、目的などを包括して広い視野に立てる人材が必要になる。

AIの開発は国防の要でもあり、だからこそシュミット氏は公的な教育機関を作り、統合して人材を養成しなければならないと強調する。USDSAはアメリカ合衆国に奉仕する士官の養成学校となるのだ。

一枚岩ではない中国の現状

別表も含め199ページの第二四半期報告書では中国(China,chinese)という単語が90回以上登場する(次に多かったロシアは20回弱)。アメリカがいかに中国を意識しているかが報告書からもうかがい知れる。

2013年に中国政府が打ち立てた現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路、Belt and Road または One Belt One Road Initiative(B&R)」の元、ブルドーザー級の馬力で覇権国家アメリカに迫っているというわけだが、過大評価しすぎだという声もある。

研究機関、民間企業、国有企業間のイノベーションシステムの断片化、中央政府と地方政府の思惑の違い、非公式・公式が絡み合い複雑化するネットワークなど、“国家主義資本主義”の弊害や問題も大きい。また上述したアメリカやイギリスなどの制裁によって、AIの処理を高速で行う半導体の調達が厳しくなっている。

一方で、中国ではデータの収集・使用に対する障害が少ないため、ビッグデータを構築する上で大きなアドバンテージがある。さらに、低コストで雇える学生を大量に使って、アルゴリズムトレーニングに必要な膨大なデータの分類作業を行わせることができる(『Competing in Artificial Intelligence Chips China’s challenge amid Technology War』Centre for International Governance Innovationより)。

比較するのは乱暴かもしれないが、景気は最終的には気分が決めると言われるように、内情が伴わなくても中国がその威力を内外に力強く発信し、本意がそこになくても中国は脅威とアメリカが力強く発信し続ければ、そのどちらかが既成事実となる。そして、その事実は世界を変えてしまう力をもつ。

文:水迫尚子
企画・編集:岡徳之(Livit