パンデミックで進化した米国のドライブスルー事情には、「未来の飲食店」のヒントが詰まっている

COVID-19が世界の飲食店に与えた影響は計り知れない。

特に個人経営の店舗にとっては、かつてないほどクリティカルなシチュエーションと言えるだろう。感染拡大を抑制するために公衆衛生の意識が高まれば高まるほど、皮肉なことに、人々は飲食店内での食事を避ける可能性があるからだ。

全ての飲食店は、その大小に拘らず、ビジネスのやり方を根本的に見直さなくてはならない状況に直面させられている。

そんな中、米国の飲食業界では、このところ面白い変化が見られている。多くの個人経営店が閉店を余儀なくされる中、米国全体で2,900億ドルに相当するとも言われるファストフード業界は、2020年8月までに約30%という驚異的な成長を見せているのだ。

この動向の鍵となっているのが、ドライブスルーだ。

これまでも、ドライブスルーは米国のファストフード業界の主な収益源だった。1店舗におけるドライブスルーの売上シェアは約65%にも上るほどだ。その動向が、COVID-19の影響下でさらに加速しているのである。

ある調査によれば、アメリカ人の74%が、これまで以上の頻度でドライブスルーを訪れているという。多くの人々が感染のリスクを少しでも避けるため、極力ドライブスルーでファストフードを利用していることの現れと言えるだろう。

この流れを受けて、これまでドライブスルーを持っていなかった企業も、大規模な投資を行いドライブスルーの導入に乗り出している。

カジュアルレストランチェーンのShake Shackは、同社初となるドライブスルー、それも三車線を擁する大規模なものを2021年にローンチする予定だ。

30年近くドライブスルーの導入を拒んできたメキシカンフードチェーンCipotoleは、「Chipotolane(チポトレーン)」と名付けられたドライブスルーをほぼ全店舗に導入する計画を立てている。

これまでもドライブスルーの恩恵を受けてきたTaco Bellでは、5年から10年かける予定だったドライブスルーのアップデート計画を可能な限り早めていく方針だ。

これらの動向は、車社会の米国ならではの変化と言えるかもしれない。しかし、米国のドライブスルー事情は決して他人事ではない。そこには「未来にあるべき飲食店の姿」のヒントが詰まっているからだ。それは日本の飲食業界にとっても十分に価値のあるものだろう。

ここから、現在の米国ドライブスルートレンドから見えてくる“改革のポイント”をまとめてみたい。

スピードアップのために、メニューはシンプルに

時間がたっぷりとある顧客が「並んででも食べたい」と考えていない限り、行列ができていることは飲食店にとってマイナスでしかない。目的地までの移動中に立ち寄る場合が多いドライブスルーならなおさらだろう。

米国ファストフード業界専門誌「QSRマガジン」の調査によると、ファストフード全体における2019年のドライブスルー平均待ち時間は約4分強だったが、Taco Bellは、2019年の後半に4分の壁を破ることに成功し、新たに3分という目標が設定された。

Taco Bellはさらなる待ち時間短縮のために、今年の7月、140にも上っていたメニューを思い切って削減し、極力シンプルにする方向性を打ち出した。多岐にわたるトッピングやサイドメニューで複雑になったオーダーは、スタッフが正確に処理するのに時間がかかるからだ。削減されたメニューの中には長年主力を務めてきたメニューもあるという。

スピードアップのために、最新のテクノロジーを用いるケースもある。

スターバックスでは、オートメーション化されたエスプレッソマシーンに加えて、「Deep Brew」と呼ばれるAIバックエンドを導入。ドライブスルーからの注文だけでなく、ウーバーイーツやアプリからのオーダーを一元管理し、バリスタが次に何を作るべきかを一目瞭然にすることで効率化とスピードアップを図っている。

将来的にはメニューの「パーソナライズ」を目指す

ドライブスルーの利用客からしても、メニューはシンプルであるに越したことはない。オーダーする際に迷うほどメニューがあるのは苦痛でしかないからだ。1人ならまだしも、車に乗っている家族全員分をオーダーする場合などはなおさらだろう。

マクドナルドは、2019年に3億ドルを投じてAI企業であるDynamic Yeildを買収したことで、究極的にメニューをシンプルにすることに成功した。AIの予測技術が、時間帯、天気、あるいは店舗の混雑度合いなどを考慮して、自動的にメニューを調整するのだ。例えば、店舗が混雑していたら、準備に時間がかかるメニューは、最初からメニューボードに表示されない。

Experience Optimization Platform — Dynamic Yield

マクドナルドは将来的に、この技術を「メニューのパーソナライズ」に活用したい考えだ。ドライブスルーを訪れる顧客一人ひとりに対して、即座に買うべき商品を決定できるメニューだけを表示できれば、待ち時間はもっと短くできる。

これまでナゲットを一度も買ったことがない人間のメニューボードには、ナゲットが表示されることなどなくなる未来が、間も無くやってくるのかもしれない。

事前のモバイルオーダーが主流に

ドライブスルーと言えば、メニューボードと睨めっこしながら、その場でスピーカーの向こうで待機するスタッフに向かって話しかけてオーダーする、というのが定番のスタイルだが、今後はそんな常識も覆っていく。

まだドライブスルーの歴史が浅いChipotoleでは、今後一切メニューボードを使用しないことを決定した。近い将来、誰一人としてメニューボードの前で4分間待つことなどしたがらなくなるため、メニューボードを新たに導入するのは単なる無駄になる、という判断だ。「Chipotlane」には、音声でオーダーを伝えるためのスピーカーはなく、専用のアプリで事前にオーダーし、ピックアップタイムを決める必要がある。

ChipotleのCFO、ジャック・ハータングによれば、このオーダーの仕方を導入した当初は理解を得られない場面もあったようだが、数日もすれば顧客はその利用法に慣れたそうだ。しかも、30秒から1分と大幅に短くなった待ち時間を体験することによって、再びサービスを利用する意向も生まれると言う。

Taco Bellも、「モバイルオーダー優先レーン」のあるドライブスルーを多くの店舗で導入する予定だ。GPSジオフェンスで、事前にオーダーした顧客の車が店舗に到着したことを検知し、そのオーダーをスムーズに準備することで待ち時間を大幅にカットする仕様になっている。

ドライブスルーが生み出す、飲食店の新たな形

COVID-19の影響下におけるこれらのドライブスルートレンドが、新たな発想の店舗を生む、という現象も起きつつある。

スターバックスは、COVID-19によって多くのダイニングスペースをクローズせざるを得なかったが、一方で、彼らのビジネスの80%はすでにテイクアウトで成立していることに着目した。

その時点でスターバックスにはテイクアウトに貢献できるドライブスルー店舗は60%しか存在していなかったが、彼らは新たに「カーブサイド(道路脇)ピックアップ」と呼ばれるサービスを開発した。これはソーシャルディスタンスのニーズに応えられるテイクアウトの新しい形であり、顧客がアプリで選択できるオプションになっている。

スターバックスは今後このサービスを最大1,000カ所で提供、加えて100店舗以上の「座席のない店舗」、つまりピックアップ専門店をオープンする予定だ。

Taco Bellでも、ドライブスルーからさらに進んだサービスが検討されている。その一つが、駐車場に停めた車までスタッフがオーダーされた品物を届けるサービス「ベルホップ」である。配達するスタッフのリソースが足りない店舗では、顧客自らがピックアップするためのフードロッカーの提供も考えられているようだ。

「ベルホップ」提供の裏側には、「駐車場に停車した車自体がダイニングになる」ことを想定したTaco Bellの思惑が伺える。実際、新商品の開発の際には「それは十分に持ち運びやすいか?」というポイントが重視されるという。

確かに、大勢の人間が集まって飲食する場所の感染リスクが広く一般的に認識された今や、駐車場に停めた車の中で食事をしてもらう、というのは理にかなっている。スタッフとの接触が最低限で済む事前のモバイルオーダーと、「カーブサイド」という屋外でのピックアップも同様だ。これら新しい飲食店の姿は、キャッシュレス決済と組み合わせることによって、衛生と効率の両側面の利点がより大きくなるだろう。

これらは全て、COVID-19の影響下で、各ファストフードチェーンが、いかに顧客の体験価値を向上させるか、という視点から行われた改革だ。そこには、「ドライブスルー」という形ではなくても、そして日本においても、多くの飲食店で応用できる考え方や、これからの飲食店があるべき姿のヒントが散りばめられている、と言えるのではないだろうか。

文:池有生
企画・編集:岡徳之(Livit

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