新型コロナウイルスの拡大を受けた休校の長期化は、世界各地の教育現場を混乱させた。教育先進国と言われるオランダでも3〜5月にかけてのロックダウン時には学校が休校となり、一時は混乱状態にあったが、かなり早い時期にオンラインのホームルームや先生とのコミュニケーションが復活し、子供たちも生活リズムを取り戻した。

前人未踏の状況を模索する中、オランダの教育現場ではどのようなプロセスが採られたのだろうか?また、コロナ禍で明らかになった学校の意味とは何だろうか?小学校2校で校長を務めた経験があり、現在は教育コーチとして活躍するヤン・ヘースアッカースさんにオランダの経験を聞いた。

ヤン・ヘースアッカ―スさん(写真:Renate van Bussel)
Jan Heesakkers (ヤン・ヘースアッカ―ス)
Habilis Onderwijs シニアアドバイザー
大学卒業後、教育専門機関の「Magistrum」で学校指導者のためのトレーニングを受けた後、複数の学校で教師として勤務。2010~2015年にはオランダ南部アイントホーフェン市の小学校「De Hasselbraam」、2015~2020年には同市のモンテッソーリ小学校「De Trinoom」で校長を務めた。教育現場での経験を活かし、現在は小学校運営や教育に関するアドバイザーとして学校運営者や教師に助言を与えている。

「本当の学び」はコミュニケーションから

「政府の政策が変わり、みんなに適用するルールを決めなければならないのがいちばん大変でした」――今年6月まで小学校の校長を務めていたヘースアッカースさんは開口一番、コロナ禍の学校運営でいちばん難しかったことについてこう語った。教師と生徒の接触を避けるための「コンタクトルール」などは、地域の公立小学校22校の校長が集まって、ガイドラインを決めたという。

休校中にヘースアッカースさんが真っ先にしたのは、各教師に電話をすることだった。「大事なことは、子供たちが先生と連絡を取り続けること。先生の顔を見てコミュニケーションできること。だからみんながZoomを使って子供たちと連絡が取れるようにしなければならない、と伝えました」。

ロックダウン中にも、ヘースアッカ―さんは子供たちが先生とコミュニケーションを保つことを重視した(写真:Renate van Bussel)

オランダでは2月27日に国内初の新型コロナウイルス感染者が報告されたが、3月中旬まで子供たちは普通に登校していた。それから感染者数がみるみるうちに拡大し、5月中旬までの2カ月間、休校を余儀なくされた。その間、小学校の場合は「オンライン授業」は行われず、ほとんどの学校で「家庭学習」が採用された。 

子供たちは問題集やスペルの練習、または、あるテーマについての調査や工作……といった課題を与えられ、基本的には家で自習する形となり、それは期限内に「グーグル・クラスルーム」などのオンラインプラットフォームを使って先生に提出された。また、毎朝「Zoom」などを使ったホームルームで、先生やクラスメートとコミュニケーションが保たれたほか、オンラインで提出した課題に対して先生からのフィードバックがコメントで返された。「たくさんの本や問題集をコピーして子供にそれを渡して、『グッドラック!6〜7週間後に会おう』というやり方には賛同しません。それでは本当の学びは得られません」。

もちろん、すべての家庭が子供の自習に協力的だったわけではない。子供の学習を積極的にサポートする家庭もあれば、ベッドから起きてこない両親もいたという。「オンラインのホームルームに参加しない子のところには先生が電話をかけたりして、子供たちを『構造』に乗せる努力をしました」。また、コンピュータを持っていない家庭には「iPad」やノートパソコンを貸し出したり、「Zoom」の使い方の分からない人には電話で教えたりもしたという。

アーリーアダプターから「いいとこ取り」

トリノーム小学校(写真:Renate van Bussel)

教師たちの間でも新しい技術に対する知識や経験の差は大きい。「グーグル・クラスルーム」で生徒と課題をやり取りすることについても、初めは「こんなの絶対できない!」という声が上がったという。  「でも必要に迫られれば、みんな学べるのです。おそらく、コロナがなければ決して学ばなかったことも。これはある意味、コロナ禍の利点と言えるでしょうね」。ヘースアッカースさんは、すべての教師がいかに素早く新しいツールを習得したかを強調する。

ツールの導入に当たっては、新しいものが好きな「アーリーアダプター」の教師が活躍した。「ツールに詳しい先生たち何人かに『失敗してもいいから、新しいツールを試してみて!』と言って、実験してもらいました。そして2週間後に他の先生とその経験をシェアしてもらって、グーグル・クラスルームが使いやすいということになったのです。マニュアルを作って、電話で先生方を助けながら導入していきました」。

彼が校長を務めた「トリノーム小学校」ではツール導入がいち早く進んだため、地域の公立小学校22校をまとめる学校組織のプラットフォーム「iコーチ」でもノウハウをシェアしたという。「iコーチ」ではグーグル・クラスルームで立ち上げた「クラス」を共有して、ほかの学校でもコピーして使えるようにした。

「私自身イノベーションが大好きなので、何か新しく導入できるものがあれば、積極的にゴーサインを出します。もし失敗すれば、『ごめんなさい』と言って、また変えればいい。誰もそれで死んだりしないのですから(笑)。トライして学ぶことはとても大事なことです」。

「失敗の余地」は信頼から生まれる

イノベーションや変化をもたらすには「失敗の余地」が必要(写真:Renate van Bussel)

実験したり、新しいことを試したりしながら、学校教育にイノベーションや変化をもたらすことは、ヘースアッカースさんがコロナ以前から求めてきたことだった。彼は「いい変化をもたらすためには、教師たちに失敗する余地が与えられなければなりません」と言う。

ただ、公立の学校は税金で運営が賄われているため、政府の検閲は必至。この「コントロール」と「学校の自治」とのバランスがオランダの教育の課題だという。「教師たちはもっと自治的に自分たちで決めたいし、いつも政府の基準に収まっていたいわけではありません。もっと政府から信頼を得たいのです。政府から資金を得ている以上、コントロールも必要ですが、すべてのステップを事細かにコントロールしてしまうと、失敗の余地がなくなってしまいます」。

ヘースアッカースさんによれば、オランダの小学校では男性と女性の教員のバランスが悪いのも課題。トリノーム小学校でも女性教員50人に対して、男性はわずか4人となっている。男性をもっと小学校教育の現場に呼び込むためには、給料をもっと上げたり、担当学年を選べるようにしたり……といった措置が必要だという。アムステルダムやロッテルダムといった大都市の一部地域では問題児も多く、教師の仕事が重労働なのも問題点。「重労働のわりに給与が安い」という問題は、日本もオランダも似たような事情となっている。

学習はオンラインゲームでも可能、学校はバランスを取るところ

学校は頭だけでなく、身体やハートを使うところ(写真:Renate van Bussel)

オンラインプラットフォームを通じた学習は便利で、子供たちにも利点をもたらした。従来の教科書だけの学習では得られなかったような変化も、オンライン教材が充実するにつれて加速している。子供たちは「ユーチューブ」の教育チャンネルでもさまざまな科目を学べるようになった。「そこからもっと学びたいというモチベーションが生まれれば、子供たちはさらに自分で学ぶでしょう。『学習』という面だけ見れば、ゲームで歴史を学ぶこともできるし、他の国の子供とチャットすることで、パーフェクトな英語を学ぶことだってできます」。

一方で、自宅での学習は友達と会えないという弊害をもたらした。「私たちは、それが学校の重要なアスペクトだということに気づかされます。友達と一緒にいるソーシャルライフは、学校生活のとても重要な一面です」。

ヘースアッカースさんによれば、教育の目的は「自分が誰であるかを知り、自分で自分のことを決められるよう、社会の一部になれるように準備すること」。そのために「学校では頭だけでなく、身体とハートを使ってバランスを取る」ことが大切だという。トリノーム小学校では、子供たちが自分の身体と向き合えるよう、ヨガの授業も取り入れた。「身体とハートを使って自分のフィーリングを信じて、頭でチェックして、自分にとって最良の決定ができるようにするのです」。

毎年6月にトリノーム小学校で開かれる「学校バザー」の様子(写真:Renate van Bussel)

新学期には教師や子供たちのモチベーションアップのために、さまざまな「オンラインコース」も設けられている。9月には新たなコースで、「オンラインでの子供たちへの問いかけ方」が教授される予定。「教師が子供たちにあれをしろ、これをしろと指図したり、回答を与えたりするのではなく、子供たちが自分に問いを投げかけたり、子供たちにやる気を与えるフィードバックを返したりする方法を学ぶコースです」。

9月の第3火曜日には、オランダ政府による2021年度予算が発表される。コロナ禍で医療などの支出増が見込まれる中、教育予算がどれほど割り当てられるのかが注目される。ヘースアッカースさんは予算については「予測できない」としながらも、教育投資への期待感を示します。「コロナによって、教育が社会の基盤であることが明確になりました。子供が学校に行かれなければ多くの人は働けないし、みんな学校の大切さが身に染みたと思います」。

取材・文:山本直子
編集:岡徳之(Livit