イギリスで雑誌の売り上げが激減する中、局部的にバカ売れしている雑誌がある。まだティーンエイジャーにも満たない「α(アルファ)世代」のユーチューバーが発行する雑誌で、ディズニーの人気雑誌の販売部数を上回る盛況ぶりという。もちろん、雑誌の売り上げを支えているのも10歳以下の子供たち。「まずはユーチューブありき」のアルファ世代について、その動向を探る。
アルファ世代向けの雑誌が絶好調
「考える女性のための雑誌」として質の高い記事を提供し、数々の賞を受賞してきたファッション誌『マリ・クレール』は2019年秋、31年間に及ぶイギリス版の発行に終止符を打った。同誌の売り上げは、1990年代にピークの45万部に達したが、最近では12万部まで落ち込んでいた。今後はオンラインコンテンツに注力する方針という。
調査会社「Enders Analysis」によると、イギリスの雑誌業界でトップ10の販売部数は、2019年上半期で470万部となり、2001年のピーク時点の940万部から半減した。一般消費者向けの全雑誌を対象とした場合、状況はさらに深刻で、総販売部数は2005年の12億部から2018年には4億8,100万部に下落している。個別にはセレブリティのゴシップ記事で知られる『OK!』の売り上げが80%減、同じくゴシップ誌の『Heat Magazine』は75%減、女性誌『コスモポリタン』は60%減と、軒並み苦戦している。
一方、現在10歳以下の「アルファ世代」を対象とした雑誌は絶好調。インド版『ビジネスインサイダー』によると、8歳のアメリカ人ユーチューバー、ライアン・カジさんが2019年にイギリスで発行した『ライアンズ・ワールド・マガジン』は、初回の発行で4万9,000部を販売。2回目の発行では5万2,000部を売り上げ、ディズニーのオフィシャルマガジンである『ディズニー・プレイタイム』『ディズニー・スターズ』の平均販売部数5万1,675部を上回った。
また、イギリスで最もフォロワー数の多い12歳のユーチューバー、ティアナ・ウィルソンさんは今年6月、雑誌『Totally Hearts by Tiana』を発行し、英スーパーマーケット・チェーン「Asda」で独占的に販売したところ、「TTスクワッド」と呼ばれるティアナファンが殺到し、発売後1週間で瞬く間に6割が売り切れたという。ティアナさんは12歳なので、厳密にはアルファ世代よりちょっと年上になるが、彼女のファンの多くはアルファ世代だ。雑誌にはティアナさんのポスターやグッズが付録についているほか、工作のアイデアやクイズなどが満載で、読者がオンラインで作品コンテストにも参加できるよう工夫されている。
大人向けの雑誌では紙媒体からオンラインに移行する動きが広がる一方で、アルファ世代はオンラインからオフラインに移行している点が興味深い。アルファ世代のユーチューバーによる雑誌売り上げが好調を博した背景には、彼らのユーチューブ・チャンネルの爆発的な人気がある。
世界で最も稼ぐユーチューバーは8歳
『フォーブス』誌による「2019年に最も稼いだユーチューバー」ランキングでは、なんとアルファ世代が上位3位のうち2位を占めている。このうち首位に輝いたのが前述のライアンさん。2019年は2,600万ドル(約27億5,800万円)を稼いだという。収入にはユーチューブの広告収入のほか、独自ブランドのオモチャ、アパレル、ホームグッズ販売による収入なども含まれている。また、ライアンさんはテレビ局「ニッケルオデオン」で「ライアンズ・ミステリー・プレイデート」という番組も提供している。
ユーチューブチャンネル「ライアンズ・ワールド」の登録者数は、2020年8月現在で2,600万人超。チャンネルでは2015年の立ち上げ当初、カメラの前でプレゼントの箱を開けるという「アンボクシング(Unboxing)」やオモチャのレビューを披露していたが、現在は母親のロアンさんとともに「理科の実験」や「アメリカの地理」などを学ぶ教育的なものや、チャレンジ、ゲームなど幅広いコンテンツを提供している。
一方、ランキング3位の「ナスチャ(Nastya)」ことアナスタシア・ラジンスカヤさんはロシア出身で、ライアンさんより若い6歳。彼女が提供する7つのチャンネル登録者数は合わせて1億3,000万人超に上り、2019年の推定収入は1,800万ドル(19億円)に達するという。両親が2016年に立ち上げたチャンネルでは、はじめのうちライアンさん同様、「アンボクシング」を配信していたが、その後、動物園紹介を始めたところ大ブレイク。現在はパパやネコと遊んだり、友達とチャレンジをしたり……といった動画が中心となっている。
メインチャンネルの「Like Nastya」はロシア語だが、単純なストーリー展開やビジュアルの楽しさで、言語が分からなくとも子供たちが楽しめる内容となっている。また、英語や他言語での吹き替えチャンネルも提供されている。彼女も独自ブランドのオモチャやオンラインゲームを販売するほか、書籍も出版。2018年には家族とともにロシアから米フロリダ州の豪邸に引っ越した。
前述のティアナ・ウィルソンさんは同世界ランキングでトップ10位に入ってはいないが、ユーチューブチャンネル登録者数は560万人と、イギリスで最大数を誇っている。巨大なスライムで風船を作りその中に入ったり、ベッドをスイミングプールに浮かべてみたり……楽しいいたずらや工作などが中心の内容となっている。彼女が家族と暮らすプール付きの家も、ため息が出るような豪邸だ。
親はミレニアル世代、ベビーシッターはユーチューブ
ライアンさんに代表される「アルファ世代」は、2010年以降に生まれた世代を指し、1990年代後半~2010年に生まれた「Z世代」の次の世代を指す。オーストラリアの世代研究者兼コンサルタントのマーク・マクリンドル氏によると、2025年までに生まれる子供を含むことになるという。つまり、今はまだ生まれていない子供が過半数を占めるわけだが、2025年には全世界で同世代の人口が20億人に達するとみられている。
まだ生まれてもいない世代の性格を完全に特徴づけることはできないが、現在10歳以下の子供たちの親は、大多数がミレニアル世代(20代後半~30代)であることに注目したい。つまり、親の世代はインターネット環境が整ったころに育った世代で、パソコンよりもスマホやタブレットを駆使している。そのため、子供たちの娯楽や教育にもスマホやタブレットを大いに活用しているのだ。アルファ世代の人気ユーチューバーのチャンネルを立ち上げ、企画し、編集しているのも、ミレニアル世代の親であることは言うまでもない。
ちなみにアップルの「iPad」が発売されたのは2010年。「インスタグラム」が生まれたのも2010年。つまり、アルファ世代は生まれながらにしてこれらのツールやコンテンツに触れながら育つ環境にある。iPadをテーブルに立てて、子供と一緒にライアンさんやアナスタシアさんのユーチューブチャンネルを視聴する親子の図が容易に想像できる。
「ユーチューブは世界で最も人気のあるベビーシッターです」と言うのは、アナスタシアさんを含むスターユーチューバーを専門とするマネジメント会社「Yoola」のCEO、Eyal Baumelさん(『Forbes』)。米ピュー研究所の調査によると、11歳以下の子供を持つ親の81%が子供にユーチューブを見せているという。
人気ユーチューバーによる雑誌売り上げの好調も、アルファ世代の特徴を読み解く上で、一つのヒントを示しているのかもしれない。それらはおそらく「雑誌」というよりは、ユーチューバーの「マーチャンダイズ(オリジナル商品)」を買う感覚で、購入されているのではないだろうか。もちろん、ユーチューブで見た実験や、工作をすぐに家で実践できるようなグッズが付録についてくるのも魅力的だろう。娯楽も学びも「まずはユーチューブから入る」世代。低迷する雑誌業界は、彼らの目線で雑誌を再定義する時期にきているのかもしれない。
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)