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長引くステイホーム期間。多くのビジネスパーソンが、完全にリモート、一部リモートなど、これまでの働き方とは異なる“特殊な時間”を過ごしているはずだ。移動が減ったことでできた時間を、家族との時間に充てたり、ウェビナーを受講したり、時間をいかに有効活用するかは、その人の意識次第だ。
今回AMPでは、各業界で活躍する起業家や、ジャーナリストに、今夏、読んでおくべき書籍を紹介いただいた。コロナ禍のいま、彼らはどのように読書と向き合っているのか。今回、紹介いただいたのは全16冊。ビジネスに即効性のあるものから、押さえておくべき基礎知識までさまざま。今夏は彼らの選書に触れ、読書を通じて自分自身と対話してみるのはいかがだろうか。
ビジネスに応用できる、超実用的書籍:中西祐太郎(TENTIAL)
まず、はじめに書籍を紹介していただくのはTENTIAL代表取締役の中西祐太郎氏。中西氏はリクルートキャリアを経て、2018年2月にシューズインソールの生産・直販(D2C)するベンチャー企業TENTIAL(旧社名:Aspole)を創業。中西氏の選書は、自身の経験を活かした、ビジネスに即効性のある書籍が多く、今夏に自分を高めたいビジネスパーソンは必読だ。
●ハートドリブン 目に見えないものを大切にする力(著者:塩田元規)
「著者は株式会社アカツキ共同創業者代表取締役 CEO塩田元規。仕事を任せるにはまだ早いけれど、ゲームが得意な若手社員がいて、一見彼に仕事を任せるのは時期尚早で不合理なように思えるものの、心に従い彼に仕事を任せたことで、大成功をおさめる。こういう一見不合理なことも、心に従うことで合理的に変わるということがとてもわかる書籍です。スタートアップは戦略的な数字に従うことが多いですが、心に従うという勇気ある意思決定も大事だと言うことに気づかされます」(中西氏)
●「無理」の構造――この世の理不尽さを可視化する(著者:細谷功)
「『見えている人には見えていて、見えてないない人には見えていない』というように、世の中で理不尽なことだと感じることは、ただ世の中が見えていないだけ。理不尽という概念を分解することで、理不尽なことは減っていくことがこの書籍からわかります。わからないことを俯瞰することで、実はたいした問題ではないことが多いことに気づかされる1冊です」(中西氏)
「コロナ禍により、リモートワークが続き、これまで以上に言葉に意識を向けていることに気がつきました。オンライン上だと、よりテキストベースのコミュニケーションが必要となり、そのテキストによって、仕事の動き方や戦略が変化します。この書籍では、時代を越えても生き残っている言葉の法則などを噛み砕いて説明されており、自分の「言葉」で書くことの大事さを教えてくれます」(中西氏)
●ドキュメント・コミュニケーションの全体観 上・下巻(著者:中川邦夫)
「本書は外資系コンサルタントが仕事で読むことが多く、ぼくもリクルート時代からずっと愛読しています。ロジカルシンキングを学ぶ本もたくさん出ていますが、本書はドキュメントの書き方などの基本から、ビジネスにおける考え方までを理解することができます。事業計画書をつくるときや、簡単なパワポの資料をつくるときなど、いまだに見返す1冊です」(中西氏)
●エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする(著者:グレッグ マキューン)
「ビジネス書では『やること』が書かれている書籍が多いが、本書では『やらないことを決める』ことが記されている。あとまわしにすべきことは何か、人に任されられることはなるべく人にまわし、自分自身は、自分の思考を高めるために使うべきと言うことが説かれている」(中西氏)
「TENTIALでは、新人用に課題図書を決めています」という中西氏。
社員全員が同じ書籍を読むことで、全員のマインドセットが同じため、とても役に立っているという。中西氏は「ぼくは電子書籍よりも紙の書籍のほうが好き」と言い、大事な箇所や気になる部分にふせんを貼り、マーカーも引くが「ドキュメントに書き留めること」が大事だと話す。「内容をまとめると、あとで何度も読み替えることができ、モチベーションアップにつながるんです」。
尊敬する偉人たちに学ぶ、バイブル的な書籍:小川嶺(タイミー )
コロナ禍において、働き方が見直されるなか、いま最も注目されるスキマ時間にアルバイトできるアプリ「Timee」を手掛ける、株式会社タイミーの若きCEO・小川嶺氏。小川氏が今回選んだ書籍は、自身の起業経験に役立ったという2冊。先人の知恵や哲学に触れることは、自身のいまを省みるのに役立つはずだ。
「起業家が必ず直面する課題と対策が時系列に整理された1冊。『いま、自分が何をすべきか』、『大きく外さないためにはどうしたらいいのか』ということが書かれた、“起業の教科書”的な書籍。ぼく自身、いくつか起業を経験していますが、起業を考えるときにこの本が役に立ちました。基礎が書かれていますが、そもそも基礎知識がないと、応用はできないということを学べます」(小川氏)
「言わずと知れたパナソニック創業者・松下幸之助。彼が一代で世界的企業をつくりあげた経営体験と、深い思索から生まれた思想・哲学が詰まった1冊です。この本はぼくが18歳のとき、尊敬する祖父から奨められて読みました。『謙虚』という言葉が多くでてくるように、傲慢になりそうなときに、この本を読むと、上から殴られるような感じになります」(小川氏)
普段、小川氏は、読書をほとんどしないという。「ぼくは1冊1冊をじっくり何度も読むタイプで、実は、これまで完全に読破した書籍はとても少ないんです」と話す。
読む冊数は少ないがじっくりと読み込み、松下幸之助のような尊敬する人の生き様が好きで「自伝を読みながら自分のやっていることを比較をしています」と言う。「本を手に取るときはモチベーションの波が激しいとき。波が高いときはより高く上すために、低いときは立ち直るときに読むことが多いですね」。
事象の「背景」を知るために:志田陽子(憲法学者)
武蔵野美術大学で教鞭をとる憲法学者の志田陽子氏。昨今話題となる表現の自由などを中心にAMPにコラムを発表する志田氏が選んだのは、社会でいまおきている出来事を、いかに読み解くか、ヒントを与えてくれる4冊だ。忙しいビジネスパーソンも、自分が生きる社会で、何を起きていて、自分は何をどう発言すべきなのか、一度立ち止まってじっくりと考える機会になりそうだ。
●「最前線の映画」を読む Vol.2 映画には「動機」がある(著者:町山智浩)
「名作・傑作と呼ばれる映画には、かならず作り手の『動機』が隠されています。本書は単に絵画を紹介しているのではなく、映画のシーンを見ているときに、その国・土地の文化を知る=文脈を知ることで、映画の見方が変わるという1冊です。例えば「なぜデザイナーはハングリーなのか」というときに、アメリカにおけるデザイナーの実力主義的な世界を知ることで映画はさらに深みを増します」(志田氏)
●10代からの批判的思考 ――社会を変える9つのヒント(著者:名嶋 義直, 寺川 直樹他)
「本書は学校生活で疑問に思うルールから、社会を見る目を養うヒントが記されています。批判的思考というのは、やみくもに批判をし、相手を叩くことではありません。本当に大切なことをじっくりと考え、自分の頭で考えてから賛成をするという生き方のヒントになります。批判的思考は心理的に行き詰まっているときの「知的な解決策」のひとつになるので、ビジネスパーソンも読んでおくべき1冊です」(志田氏)
「代表制民主主義を考えるための1冊。近年の日本の国会では、議論がされないこと、議論自体が無視される事態が起こっており、本来の「議論を重ねる民主主義」を問い直す必要があります。「感じがいいから」という「感情」で物事を決めるポピュリズムはこれに拍車をかける危険な面もあります。本書は自分の社会をどう作るのか、ヒントが詰まった1冊です」(志田氏)
「日本はアメリカの友好国ゆえに、戦争に巻き込まれる危険が高まっている。とくに日本は国民に何も知らせず民主的な議論抜きでここまできた。本書はその「ここ」と歴史を知ることができ、憲法の理論を知らない人でも、とても読みやすい1冊に仕上がっている。8月は1年において、戦争と憲法についてじっくり考える良い機会。ぜひ読んでもらいたい」(志田氏)
仕事で書籍を読むときは、電車などの移動時間を使って、気になる項目からキーワードをさらって読むことが多いという志田氏。仕事以外で「味わう読書」の読み方は別だと話す。「忙しい時間のなかで、スケジュール帳に読書の時間を組み込み、きちんと時間をつくって、喫茶店で書籍を開きます。コーヒーの匂いや、喫茶店の音楽など、五感で読書を味わうのがいいですよね」。
アフターコロナのデジタルメディアを知る:柴那典(音楽ジャーナリスト)
イベント自粛などをはじめ、コロナ禍で最も大きな打撃を受けた音楽業界。そんななかでも好調と言われるのが音楽ストリーミングサービスだ。音楽業界やエンターテインメント業界に詳しい音楽ジャーナリストの柴那典氏に、さまざまなサブスクリプションが増える中、エンターテインメント業界の「いま」がわかる書籍を紹介してもらった。
●参加型社会宣言 ──22世紀のためのコンセプト・ノート(著者:橘川幸夫)
「ロッキン・オン創設者のひとりである株式会社デジタルメディア研究所代表の橘川幸夫によるコロナ禍以降のメディア論。アフターコロナの社会はどう変化するのか、特に本書では、デジタルメディアの未来が記されています。またクラウドファウンディングによって出版されるなど、今後の出版というメディアのあり方自体を問う出版物です」(柴氏)
●Spotify 新しいコンテンツ王国の誕生(著者:スベン・カールソン, ヨーナス・レイヨンフーフブッド他)
「コロナ禍で音楽関連のイベントが軒並みなくなりましたが、音楽ストリーミング配信だけはコロナ禍でも順調に伸び続けました。巨大企業AppleのApple musicをはじめ、さまざまなサブスクリプションサービスがありますが、Spotifyだけがストリーミングビジネスに先見の明をもっていました。Spotifyの成長の秘密を知ることができる1冊です」(柴氏)
●NETFLIX コンテンツ帝国の野望 :GAFAを超える最強IT企業(著者:ジーナ・キーティング)
「オリジナル作品で驚異的なヒットを放ち続けるNetflix。彼らはなぜ動画配信の覇者となりえたのか。Spotify同様に、映像業界もさまざまな動画サブスクリプションがあるなか、彼らが起こしたイノベイションは、ハリウッドのビジネスモデルをも変えています。もともとはレンタルDVDを郵送するビジネスモデルから始まったNetflix。本書ではゼロ年代以降のプラットフォームビジネスを知ることができます」(柴氏)
大事なキーワードはDropboxpaperに抜き書きをしながら読むことが多く、登場人物などもclipしておくという柴氏。「電子書籍はオンライン上でマーカーも引けますが、なかなか頭に残らないんですよね。ぼくの場合は、デジタルのものはノートに書き、紙の書籍はデジタルで保存する。デジタル→紙、紙→デジタルへの変換が頭に残るポイントなのかもしれなません」。
グローバルな視点と思想を養う:野々下裕子(ITジャーナリスト)
世界中のあらゆるテックカンファレンスに参加をし、取材をしてきたITジャーナリストの野々下裕子氏。つねに情報の最先端に身を置く彼女に、世界のテックカンパニーで、いま何が起きているのかがわかる書籍を2冊紹介していただいた。テクノロジーのキーワードをより深く知るために、ぜひ読んでおきたい。
「ITベンチャーやそのテクノロジーに興味があり、主にシリコンバレーを取材してきました。だが数年前からヨーロッパのスタートアップの方が面白いと思うようになり、毎年ドイツのベルリンを取材。そこで感じたのがドイツの中でも独特なベルリン・カルチャーとスタートアップ・エコシステムの存在であり、それが何なのかを知りたいと思ったタイミングで出版されたのが本書でした。現地在住のメディア美学者ならではの切り口で、小説や旅行書のような楽しさをベルリンに向かう機内で味わいながら読んだのを記憶しています」(野々下氏)
●21世紀の歴史——未来の人類から見た世界(著者:ジャック・アタリ)
「経済学者、思想家、フランスの特別顧問など様々な経歴を持つアタリ氏は、年に数回日本を訪れる親日派。しかし正直なところ名前ぐらいしか知らなかったのですが、ステイホーム中に観たNHKの番組で、コロナ禍の世界経済について印象的なコメントをしていたのが気になり、とりあえず本書を読むことに。思想家ならではの優雅な美文が綴られていると思いきや意外にも辞書形式で、どこからでも読むことができます。キーワードにはフランス語が併記され、独特な切り口の解説はもちろん、なぜこのワードが選ばれたのかを考えるだけでも面白く、思考のトレーニングになるかもしれないですね」(野々下氏)
IT業界の情報を得るためには、紙の情報だと鮮度が悪いと話すのは野々下氏。
「情報収集となると登録したホームページやWebメディアの情報を効率よく収集できるRSSリーダー「Feedly」を使うことが多いですね」と、世界中のニュースをつねにチェックする野々下氏ならではの情報収集術を教えてくれた。コロナ禍となり「夜の取材などがなくなったので、以前よりも夜の時間を長く感じるようになりました。その時間にSFを読んだり、漫画を読んだり、リラックスできる時間が増えたので、そんな時間に読書をしたいですよね」。
コロナの時代を生き抜くための読書
今回、有識者の方がに紹介していただいた書籍は、普遍的にビジネスに役にたつ書籍ばかりだ。こんな状況だからこそ、社会に目を向け、基礎に立ち返り、自分を見直す必要があるのかもしれない。このステイホームという特殊な時間を有効活用するために、今回紹介した16冊をぜひ役立ててほしい。
取材・文:野口理恵