INDEX
世界保健機関によって、新型コロナウイルスのパンデミックが宣言されてから早くも5カ月が経った。依然として収束する様子がなく、多くの科学者は長年にわたって人間が行ってきた自然破壊が招いた事態と考えている。
私たちに悲劇と挑戦をもたらす一方で、コロナが好機を与えてくれたと捉える向きもあり、ポストコロナ時代は、自然に配慮した経済・社会にしようという動きも活発化してきた。それが「グリーン・リカバリー」だ。
環境改善を通して、経済復興を行うグリーン・リカバリー
グリーン・リカバリーは、環境問題解決を取り組むことを通じて、コロナで落ち込んだ世界経済を復興しようという考え方だ。経済と共に、生態系などの自然環境の再興も行われ、年々大規模化する自然災害や、コロナなどのウイルス感染があっても、そこからの回復が早い経済と社会の構築を目指す。
欧州連合(EU)を中心に、各国政府、政党、活動家、学識経験者だけでなく、コロナ抑制策であるロックダウンで経済活動が中断され、大気や水質汚染が改善したのを目の当たりにした市民も支持している。
ポストコロナの復興にグリーン・リカバリーを
「世界の経済活動の約半分が自然破壊につながっている」「世界のGDPの半分以上を占める44兆USドル(約4,650兆円)が自然損失によって生じるリスクにさらされている」というショックな調査結果を明らかにしているのは、世界経済フォーラム(WEF)だ。
WEFは7月中旬に「フューチャー・オブ・ネイチャー・アンド・ビジネス2020」という報告書を発表した。コロナの影響で衰退した経済の立て直しをグリーン・リカバリーを取り入れてどのように進めるかが解説されている。「生物物理学的リスクを無視しての経済発展が、地球規模で、人間の健康と経済に壊滅的な影響を与えることをコロナは教えてくれた。復興の取り組みに気候変動や自然の再生を取り入れなければ、この万に一つの機会が無駄になる」とグリーン・リカバリーこそが、ポストコロナの経済のあり方だと報告書は強調する。
今までなかった経済再建策にためらう人もいる。しかし同報告書の執筆者で、WEFで生態系や生物多様性を専門に担当するアカンクシャ・カトリさんは、コロナ対策ができたのだから、グリーン・リカバリーも必ずできると太鼓判を押す。そして今、実践しておけば、グリーン・リカバリーは短期だけでなく、長期的に見ても効果を生み、将来起きる可能性があるウイルス感染と、その抑制にかかる費用をカットできると話す。
同報告書によるとグリーン・リカバリーへの転換には約2.7兆USドル(約285兆円)の投資が必要だという。決して安いとはいえないが、これは3月に米国が発表した景気刺激策の支出とほぼ同額であるにすぎない。
環境負荷が大きい3分野に必要な改革
「フューチャー・オブ・ネイチャー・アンド・ビジネス2020」中で触れられているように、ロボット技術や情報通信技術を導入したスマート農業の採用から、化石燃料補助金の大幅削減、都市部での土地利用の見直しまで、世界的に転換が起きれば、2030年までに3億9,500万人の雇用と10兆USドル(約1,057兆円)に及ぶ新たなビジネスチャンスが生み出される可能性があると、WEFは試算する。
報告書では、気候変動だけでなく、生物多様性の喪失も問題点として挙げ、自然保護の重要性を解く。そして環境負荷が大きい経済社会システムの代表が「食糧、土地、海洋の利用」「インフラストラクチャーと建設環境」「エネルギーと採取産業」で、抜本的な改革が必要とする。
●食糧、土地、海洋の利用
・解決策:生態系の回復と土地・海洋利用拡大の回避/生産性が高い、環境再生型農業/汚染などがなく、生産性が高い海/サステナブルな森林管理/地球環境に負担をかけない消費/透明性が高く、持続可能なサプライチェーン
・解決策を講じた結果の予想: 2030年までに1億9,100万人の新規雇用を創出し、3.6兆USドル(約380兆円)のコスト削減を可能にする。
●インフラストラクチャーと建設環境
・解決策:高密度開発/スペース、デザイン、設計への自然の取り込み/各種汚染の効果的管理を目的とした、地球環境に配慮した都市型ユーティリティー/インフラとしての自然利用/自然に負担をかけない、都市部とその他の建築環境をつなぐインフラ
・解決策を講じた結果の予想:2030年までに1億1,700万人の新規雇用を創出し、3兆USドル(約317兆円)のコスト削減を実現できる。
●エネルギーと採取産業
・解決策:使い捨てではない、サーキュラーエコノミーに則った資源効率の良い原材料の使用/自然に配慮した上での、金属・鉱物の採掘/サステナブルな材料サプライチェーン/自然に配慮した使用エネルギーの変換
・解決策を講じた結果の予想:エネルギー需要の増加に伴い、2030年までに8,700万人の雇用と3.5兆USドル(約370兆円)のビジネスチャンスを創出する。
陸と海の30%を保護し、経済成長を
WEF同様、グリーン・リカバリーの実践を勧める報告書が、「プロテクティング30%オブ・ザ・プラネット・フォー・ネイチャー:コスツ・ベネフィッツ・アンド・エコノミック・インプリケーションズ」だ。これは自然保護の経済的影響に焦点を当てた、現在最も包括的な報告書と考えられている。2030年までに地球上の陸と海の30%を保護することを目標とした、キャンペーン・フォー・ネイチャーが、ケンブリッジ大学のアンソニー・ウォルドロン博士に執筆を依頼したもの。ウォルドロン博士は自然保護金融、世界的な種の損失、持続可能な農業を専門とする研究者だ。
報告書には100人以上の経済学者や科学者が関わっており、世界の陸と海の、少なくとも30%を保護エリアにすれば、5対1の割合でメリットがコストを上回ることを明確にしている。つまり、自然保護セクターが経済成長を促し、回復力のある世界経済の構築に貢献しているのがわかったというわけだ。これは「生物の多様性に関する条約」を通し、来年の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15) で、向こう10年間にわたる戦略に正式に組み込まれる運びとなっている。
現状では、世界の陸地の約15%、海洋の7%が何らかの保護を受けている。これらを30%に引き上げることで、年間平均2,500億USドル(約26兆円)の経済生産高の増加と、平均して年間3,500億USドル(約37兆円)と、価値が高まった生態系サービスがもたらされるそうだ。
そもそも自然保護セクターは近年最も急速に成長している。ポストコロナの成長率は年間4~6%と見込まれている。一方、農業、漁業、林業は1%未満に留まる。同セクターの発展は、私たちの精神面・身体面の健康にもメリットをもたらす。コロナのような人獣共通感染症を防ぎ、また保護エリアを訪れる人のメンタルヘルスの向上に役立つのだ。
陸と海の30%を保護することで、実質的な利益を得るには、2030年までに平均で年間約1,400億USドル(約15兆円)の投資が必要だという。現在のところ、保護エリアへの投資は、世界中で年間240億USドル(約2兆5,000億円)強に留まっている。
グリーン・リカバリーの実現に必要な投資
最近、頻繁に聞かれるようになった、「ビルド・バック・ベター」は、「より良い復興」という意味だ。欧州の政策立案者たちはこれに沿うよう、昨年後半からEU当局者は「グリーンディール」計画を倍増。一方、ドイツやフランスなどは、計数百億ユーロにも及ぶ緑の景気刺激策を発表している。5月下旬、欧州委員会が提案した7,500億ユーロ(約93兆円)の景気刺激策のうちの25%がグリーン・プロジェクトに当てられている。
アジアで最初にネット・ゼロ・エミッション実現を2050年までに行うと表明したのが韓国だ。世界で7番目に温室効果ガスを排出していた国として知られるが、ここにきて急転換。炭素税導入計画や、石炭火力発電への公的融資の廃止、グリーン・エネルギー・インフラへの大規模投資などを行う予定だ。
国際エネルギー機関は6月に、各国政府にクリーン・エネルギーへの投資を呼びかけ、グリーン・リカバリー計画を発表している。エネルギー効率の改善、風力・太陽光発電の配備の加速化を提案し、向こう3年にわたって、1兆USドル(約106兆円)の投資を求めている。これが実現すれば、ネットゼロ経済への移行のスピードを速めることができ、45億トンの温室効果を排出せずに済む。同時に世界経済成長の約1%分を毎年貢献できる。
第二波、第三波と新型コロナウイルスの感染が依然として続く一方で、収束を待たずに、国単位、世界的組織単位ではグリーン・リカバリーへの取り組みや投資が始まりつつある。今後は私たち1人ひとりが投資や選挙などを通して、どれだけグリーン・リカバリーを支持するかに、世界の命運はかかっているのではないだろうか。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)