一つの枠にとらわれることなく、さまざまな活動・活躍をし続けるお笑い芸人の古坂大魔王氏。1991年にお笑いトリオ『底ぬけAIR-LINE』を結成。2003年にお笑い活動を休止し、テクノユニット『ノーボトム』で音楽活動をスタート。2016年には自身がプロデュースしたアーティスト・ピコ太郎の『ペンパイナッポーアッポーペン(通称、PPAP)』が世界的に大ヒット。そして現在、News Picksのライブ経済ニュース番組「The UPDATE」でMCを務める。エンタメ業界の枠を越え、ビジネス業界への進出も果たした。
お笑いに関係のないことに手を出しているのではないか、そう感じる人も少なくはない。しかし、これまでの行動のすべては「お笑い芸人・古坂大魔王」としてのセルフプロデュースの一環だった。「お笑い」のために自身をアップデートし続けてきている。
古坂氏のマインドセットにはビジネスシーンにおいても大きな学びがあるかもしれない。仕事の目標・目的を叶えるために重要な“自身の見せ方(セルフプロデュース)” “他者との関わり方” “仕事との向き合い方”……ビジネスパーソンが自己をアップデートしていくヒントを探っていく。
「なってしまっている自分」を客観視する
さまざまな経験をしていく中で、成功を続けられるとは限らない。古坂氏(以下、敬称略)もまた『PPAP』が世界的なヒットになる前、テレビから姿を消した時期があった。ところが、この経験が古坂氏の価値観を変えた一つの出来事になっていた。
古坂「何をやっても何を発言しても相手にされない、落ちるところまで落ちた時期がありました。注目されるために人と違うことをしてみたこともあった。でも、ただ注目されたいだけではなく『こういう風に見られたい』という気持ちがどこかにあったんだと思います。肩書きもその一つです。“コメディシャン(コメディアン+ミュージシャン)”と名乗ってみたり、“お笑い音楽芸人”と名乗ってみたり……だけど全く浸透しない。
それでもう肩書きはどうでもいいや、素直に“音楽好きのお笑い芸人”でいこう、と。『こう見られたい』を諦めて、当初考えていた『注目されたい』だけを考えるようになって。そこからかな、徐々に注目してもらえるようになったんですよ。同時に注目されれば自分の見せ方はいくらでも変えられる。注目された中で上手くやっていければいい、と思うようになりました」
自分を“客観視”することが最大の“セルフプロデュース”だと古坂氏は話す。自分が「なりたい自分」と「なってしまっている自分」を見分けることが必要だという。
古坂「芸能人は客観視できていないと売れるのが難しい思っています。同時にトライ&エラーしやすい環境でもあります。人の前に立つから、日々いろいろな意見を言われるんですよ。そうやって客観的に言われた意見をドリップしてキャラクターをつくり込んでいきます。芸能の仕事はそのキャラクターをプロデュースしていく作業なんです」
ドリップしたキャラクターの要素を「ハッシュタグ」と表現する。古坂氏であれば、「#大きい」「#白いメガネ」「#お笑い芸人」「#音楽好き」「#ピコ太郎のプロデューサー」「#経済番組のMC」「#ラジオパーソナリティ」…これらのハッシュタグが付くだろう。客観視した要素が多く掛け合わせられるほど、個性が強烈になっていく。
「News Picksで共演した株式会社プロノバ 代表の岡島悦子さんの言葉の受け売りなのですが、『あなたにはハッシュタグ何個ついていますか?』はセルフプロデュースをする上で、とても良い質問だと思います。あればあるだけほかの人との差別化を図ることができますから」
やりたくない仕事こそ、他者との差をつける
しかし、我々ビジネスパーソンは芸能人のように不特定多数の人間から意見をもらうことはない。そんな中で自分を客観視していくためには「信頼のできる仲間から得た仕事」が鍵だという。会社の上司や先輩、同僚、取引先などから与えられた仕事こそが、現状の自分への評価なのだ。
古坂「“自分のことをちゃんと理解してくれている人”というのが前提ですが、その人から雑用の仕事がきたら、あなたの現状はその程度の評価なんです。実力があれば、実力に見合った仕事がつく。『もっとできるのに…』と思うような仕事を任されたときは、できていない・認めてられていない証拠。実力がないだけです。尊敬する・信頼する人からもらった仕事は正解だと思った方がいい。顧客と接する仕事をしている人であれば、何が売れるかも客観視する上での基準になります。お笑いもビジネスも『人の意見は9割正解』だと思っています」
一方で、人から与えられた仕事が自分にとって必要に感じない仕事だった場合、どのようなマインドで臨めば良いのだろうか。この疑問に対し「やりたくない仕事にこそ、ほかの人間と差をつけることができる」と古坂氏。必要のないと感じる事柄すらも味方につけた方がいいという。
古坂「どんな仕事であれ、必ず何か得られることがあるはずです。以前、音楽の仕事をしたいと思っていたとき、アイドルのレコーディングのマイクを立てる仕事に誘われたんです。10人くらいのアイドル一人ひとりのマイクを立てていく。曲づくりの上で大事だと言われたから、渋々やりました。曲づくりに何の関係もないと思っていたので。
ところが、自分が歌うときのマイクの立て方が上手くなるし、プロデュースするとき相手の声に合わせたマイクを立てられるようになるんですよ。この経験がなければ、お金を払って専門の人を呼ばなければならなかった。やりたくないことの球数を持っておくことが、やりたいことへ一気に攻める準備になっているんだなと感じました」
必要のないと思っていた仕事が、巡り巡って自分の血となり肉となることもある。もちろん自分の目標や目的に全く無関係の仕事は別だ。ただ信頼のたる人から言われた仕事なら、実行する価値があるのではないだろうか。
古坂「お笑い芸人の中でも喋りの仕事がしたいと思いながら、グルメレポーターやひな壇の仕事はしたくないと断る人がいる。それって結局自分がしたいと思っていた仕事から逃げている可能性がありますよね。自分がほしいと思う仕事をするまでには順序があります。野球選手が『走りたくないけど速い球を投げたい』なんて無理ですよね。走り込まないと速い球を投げられない。それと同じことだと思います」
小さなチューニングから変化をもたらす
また、人の意見を聞いて自分の行動を大幅に改変するのではなく、少しずつ“調整(チューニング)”をすることが重要だ。「Aが上手くいかないからBとするのは間違い」と古坂氏は語る。
古坂「Aが上手くいかなければA’(Aダッシュ)、とほんのちょっと変えるだけでいい。目標や目的に対するベクトルが最初は垂直の上向きであれば、5度くらいベクトルの向きを変えて進んでみる。一見変化がないように見えるけど、ベクトルが進んでいくと当初の考えていたベクトルから開いていきますよね。そうやってベクトルの角度を少しずつ変えていくことで、結果が変わることもあります。人の意見を聞きながら、周りの反応を見ながら、自分でチューニングしていく作業がとても大切なんです。
僕の場合、『ウケたい(注目されたい)』とずっと思ってきたけど上手くいかなかった。なぜなら、以前は人前で笑うこともしなかったですし、おもしろくないだろうなと感じることは口に出さないようにしていたから。でも、約10年ぶりにテレビに出られたとき、ただただ嬉しくてずっと笑っていたら評判が良かったんです。おもしろくないかも、と思いながらも話してみたらウケたんです。周りからの反応から得た気づきを踏まえて、ちょっとずつ自分自身をチューニングしていきました」
表情のつくり方、声の出し方、話すペースを変えてみる。人と話すときの仕草一つで印象が変わることもある。仕事のやり方も同様に、いつもより時間をかけて丁寧にやってみる、逆にスピードを重視してみるなど、少しの差でこれまでと違う評価を周りから得られる可能性がある。そして、結果が成功に終わろうと失敗に終わろうと少しずつチューニングし実行してきた経験は、必ず自分自身のデータとして蓄積されるのだ。
実体験に基づいたビッグデータを構築する
2020年にはNews Picksのライブ経済ニュース番組「The UPDATE」でMCを務めるようになった古坂氏。ビジネス領域へ進出を始めたのも『注目されたい』という目標を叶えるのに必要なデータを蓄積するためだった。
古坂「僕らの業界は“サブスク”というワードすら『ん?』と思われることがあるので、その環境下でビジネスワードを使うとウケるんです。笑いのためにビジネスワードを知っておきたい。そして、“マネタイズ”を学びたいという考えもあります。マネタイズがしっかりしているアニメ音楽とアイドル音楽に昔からとても興味があって。日本で流行っていない音楽を出しても、マネタイズができていれば売れる。マネタイズは、自分のやりたいことが自由にできる手段なんですよね。
自分でビジネスをやりたいというより、自分の仕事の中で知識として身につけておけば、笑いに繋がるかもしれない。僕はあくまでもお笑い芸人なので『ウケたい』という気持ちを忘れずに勉強しに行っています。人生は一度きりですから」
できる限り人の意見を聞き、実践し、経験を積む。「自分なりのビッグデータを構築していくことが、目標・目的を叶え、自己をアップデートする」これが古坂流のマインドセットなのだろう。経験は検索にも勝るデータ、そう感じられる取材だった。
取材・文:阿部裕華
写真:西村克也