環境先進国として知られる北欧諸国は、テクノロジーの活用やイノベーション創出も目覚ましく、ユニコーン企業を多く輩出している。中でも幸福度が高く、洗練されたデザインの美しさなどに定評があるデンマークは、スウェーデンやフィンランドと並び、高成長テックスタートアップを生む「欧州のシリコンバレー」と言われることも。

北欧諸国に存在する約430のスケールアップ企業(一定規模への成長を遂げたスタートアップ企業)のうち、22%(約95社)がデンマークに存在し、Skype、Unityをはじめとした7社のユニコーン企業も生まれている。

このような優秀なテックスタートアップが誕生する背景には、テック人材を生み出す教育水準の高さや起業のしやすさ、柔軟な雇用制度などがあるという。本記事では、デンマークが持つ「イノベーション先進国」の側面を探る。

教育水準、教育環境は世界トップレベル

デンマークは世界的に教育レベルが高いと言われており、大学の主要なグローバルネットワークであるUniversitas21’s(U21)が発表したNational Higher Education Systems(世界の高等教育システム)ランキングでは、2017年4位、2018年5位に選出されている。

デンマークの子供たちの教育は、早ければ生後9ヶ月頃から始まり、3歳までにデンマークの子供たちの98%が公立幼稚園に通うという。デンマーク教育で特徴的なのが、幼稚園、小・中・高校などに、担任教師とは別に生徒一人ひとりの個性や社会性を育成する「ペタゴー」という専門資格を持った指導員が存在すること。ペタゴーは日常的に生徒を観察し、生徒が精神的な自立をするために、それぞれの個性に寄り添ったアプローチをする。

「人は一人ひとり違っていて当たり前」という哲学が根底にあることから、学年で統一した教科書を使わず、各々の生徒の理解力に合わせて異なる教科書を用いる。また、ディスカッションを重要視し、他者と自分との違いを受け入れ、自分の言葉で自分の意思を伝えるスキルを学校教育で身につける。ペタゴーは、この過程で生徒にとって欠かせない存在なのだ。

高校を卒業すると、将来どの分野に進むべきかを決めるために、Sabatår(サバトオ)と呼ばれる1〜2年間の期間を設け、海外で異文化を学んだり、NGOでボランティア活動をしたりしながら自分の内面と向き合う。そして、自分の意思が固まった後に大学へ進学するのが一般的とのこと。

高福祉であるデンマークでは教育費が無料であることに加え、大学生になると月10万円ほどの現金が政府から支給される。そのため金銭的な問題でアルバイトに励む必要性がなく、学業に集中しやすい環境が整っているのだ。

そして、教育過程にいる間から有給のインターンとして働き始め、職務実績を積むのが一般的。また、学校を卒業した後も、25歳から64歳の3人に1人が何らかの継続教育コースを受講しており、生涯を通じて教育にアクセスしやすいのも特徴だ。全体的に英語レベルが高く、国民の多くが非常に流暢な英語を話す。

24時間で起業可能。ビジネスのしやすさは世界4位

デンマークのスタートアップシーンが急速に拡大しはじめたのは2010年以降。European Commission(欧州委員会)が発表した「European Innovation Scoreboard2020」では、スウェーデン、フィンランドに続き、デンマークが3位にランクイン、評価項目の1つであるイノベーションリーダー指数は、EUの平均スコアを大幅に上回った。

また、The World Bankが発表した「ビジネスのしやすい国ランキング2019」では、ニュージーランド、シンガポール、香港に次いで世界4位となった。

このように、ビジネス環境、イノベーションの分野でデンマークが評価される背景を探ってみた。

デンマークのスタートアップやその成長を支えるエコシステムは、首都コペンハーゲンとその周辺に集中しており、Innovation Lab Asiaが発行した「北欧イノベーションガイド」によれば、近年このエリアにはコワーキングスペース、アクセラレーター、インキュベーターが続々と誕生しているという。

大学在学中に起業を支援する体制も整っていることから、デンマーク工科大学では1997年から2017年の間に2,200を超えるビジネスが創出された。十分な資金がなくとも、メンターからの起業アドバイスが提供される無料のインキュベーションオフィスの存在や非常に低金利で借りられる学生ローンの存在が学生の起業を後押ししているようだ。

それ以外にも起業家に提供される多くのサポートがあり、例えばビジネスカウンセリング、ネットワーキングイベントへの参加、ツールの提供等を無料で受けられる。さまざまなところに起業家を支援する場所があり、Webで簡単にアクセスできる手軽さも魅力的だ。

実際に会社を創業しようと思ったら、必要書類さえ用意すればオンライン上で作業は完結し、申請から24時間以内に会社を設立できる。デンマーク政府が管理するオープンデータベースで潜在的なビジネスパートナーに関する情報を検索したり、オンラインで事業税を支払ったりすることも可能。このスピーディーな手続きも、起業のハードルを下げているはずだ。

事業成長のフェーズにおいては、デンマークの柔軟な労働市場も雇用主にとってメリットになっていると言えそうだ。雇用保険が手厚いこともあり、雇用主は過剰な費用をかけずに、比較的自由に雇用および解雇ができるとのこと。従業員は失業保険に加入していれば、職を失った場合に、最大2年間の失業保険を受け取れる。実際、民間産業で働くデンマーク人の約25%が毎年転職しているそうだ。 これだけ解雇が頻繁に行われていても、解雇をめぐる訴訟はめずらしいという。

デンマークのスタートアップ産業では、特にフィンテック、グリーンテック、スマートシティソリューション、そしてヘルスケア分野の活躍が目覚ましいと言われている。環境先進国、SDGs世界ランキング1位とさまざまな側面で世界をリードするデンマークが、今後どんなイノベーションを生み出すのか、引き続き注目したい。

取材・文:小林香織
企画・編集:岡徳之(Livit