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コロナ禍の中、125日ぶりに無観客試合で再開したJリーグ。スタジアム観戦に制約がかかり、これまで以上にオンラインやデジタル化の果たす役割が増しているのは、Jリーグも例外ではない。
デジタル化を推進する上で鍵になるのが、クラウドサーバーだ。ユーザーはスマホやPCからアクセスし、Jリーグのオウンドメディアや公式アプリなどを閲覧する。それらのデジタルデータは全て、クラウドサーバー上に入っている。
サーバーに関してJリーグには、固有の問題がある。試合中にアクセスが極端に過集中し、ピーク時にはその対応が必要となるのだ。上手くコントロールできなければサーバーがダウンし、ユーザーに不便が生じてしまう。
そのデジタルの守護神とも言えるのが、クラウドサーバー構築に始まり、今日までJリーグのデジタルの多くを担っている、アイレット株式会社である。
クラウド化したことでJリーグのデジタル環境はどのように生まれ変わったのか。今回は、クラウド導入のメリットやアイレットが委託先として選ばれた理由などを主なテーマに、プロジェクト主要メンバー3名の対談が実現した。
参加したのは、2014年当時に営業ディレクション兼エンジニアとして関わっていた、現アイレット代表取締役会長の齋藤将平氏と、公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のコミュニケーション・マーケティング本部本部長である笹田賢吾氏、同コミュニケーション部デジタルコミュニケーショングループグループマネージャーの杉本渉氏だ。
Jリーグのクラウド化の経緯とアイレットの貢献について、大いに語り合った。
デジタル後進団体だったJリーグがクラウド化で得たメリット
2014年当時、クラウドという言葉はまだ一般的ではなかった。Jリーグにおいてもデジタル化はあまり進んでおらず、あるのはフェイスブックページとホームページ、携帯サイトだけという状況だった。齋藤氏は「Jリーグのデジタル化は必然だった」と振り返る。
齋藤:「日本で屈指のユーザー規模を誇るJリーグがデジタル化を始めると、ほかのスポーツ団体や各クラブもデジタル化を進めやすくなる。当然、スポーツ業界全体が盛り上がります。その意味で、私たちにとってもチャンスでした」
スポーツの世界をデジタル化することのメリットは計り知れない。例えばJリーグでは、これまでチケット販売やECなどでバラバラに存在していた顧客データを「JリーグID」に統一し、また、チケットのデジタル化を推進した。顧客データベースを一元的に分析できるようになったのである。
例えば、直近でチケットを購入していないファンがいれば、データで分かる。そのファンに対してメールなどで最新情報を伝えるなどのアプローチができるようになり、デジタルマーケティングのパーソナライズがより精緻に行えるようになった。
チケットレス化やデジタル化施策の推進が主な要因となり、ここ数年の各クラブの売上は大幅に上昇した。コロナ禍前の2019年にはJリーグ史上最多の入場者数を誇った。
広報や宣伝、チケット販売やECなどのマーケティング、映像制作の部門を統括する笹田氏も、デジタル化を推進してきたひとりだ。
笹田:「2020年現在でも、スポーツ団体にエンジニアが在籍しているのはJリーグくらいだと思います。それほど力を入れています」
オウンドメディアやSNS、アプリなどJリーグのデジタルマーケティング全般を担う杉本氏も、同意して深くうなずく。
杉本:「これらデジタルサービスの導入がスムーズに行えているのは、クラウド化が早かったから。デジタル化を一気に進めてこられたのは、土台にしっかりしたクラウドがあるからです。最先端の企業のクラウド環境と比べても遜色ないレベルにいると自負しています」
試合中のサーバーのピーク対応をクリアできることが条件だった
冒頭でも述べたとおり、Jリーグでクラウド化のプロジェクトが始まったのは2014年のこと。
笹田:「Jリーグにとって最初のデジタル投資でした。逆に言えば、それまではデジタル化が遅れていました」
当時はオンプレミス、つまり、自前で構築したサーバーで運用していた。それをクラウドサービスであるアマゾン ウェブ サービス(AWS)に移行するのがクラウド化プロジェクトだ。
AWSとはAmazon.comも利用するクラウドコンピューティングサービスのこと。オンラインを通じ、クラウド上でサーバーを必要な分だけ利用できるのが特徴だ。
杉本:「オンプレミスのサーバーではピーク時のアクセスに耐えられなかったんです。当時はまだホームページと携帯サイトくらいしかなかったんですが、それでも膨大なサーバーの運用費がかかっていた。なぜならピーク時対応するために、過剰な自前サーバーを有していたからです」
スポーツなどの興行団体のホームページなどは一般的に、テレビ放送などと連動してアクセス数が一気に跳ね上がる。そのピーク時に合わせた、言わばオーバースペックなサーバー設備を使っていたのだ。平時には必要ないサーバー費用がかさんでいた。
それをクラウド化すれば、予めピーク時だけ対応できる限界余力を高めておき、平時は省力化してコストを抑えることができる。その提案はJリーグにとって魅力的だったが、開発ベンター選定の決め手はそれだけではなかった。
AWSを運用するにはインフラエンジニアが必要だが、Jリーグには在籍しておらず、集めるのも難しかった。そこで、安心して代理運用を任せられるベンダーと契約する必要があった。
杉本:「もちろん、AWS以外にも検討しました。さまざまな可能性の中で、アイレットさんのご提案がJリーグ側のニーズに最も合致したんです」
Jリーグは土日に開催される試合が多い。しかし、一般的なベンダーは週末に対応をしてくれない。
杉本:「アイレットさんは、仮に問題があって障害が起きても、15分以内に連絡をくれると提案していただき、サービス内容として明記されていました」
具体的にはアイレットの『クラウドパック』という、クラウドの導入から運用までを一気通貫に支援するサービスのことだ。
誰もやりたがらない24時間365日対応にこそ価値がある
杉本:「当時、海外出張中に間違えて日本時間の朝4時にアイレットさんへ電話をかけてしまったことがあって。それでもスタッフさんが電話に出てくれたことに驚きました」
齋藤:「クラウドパックは24時間365日対応なんですが、全て自前で運営しています。それは当然、多くのリソースを必要とするので大変なことです。なので、あまりどの企業もやりたがらない。逆に言えば、そこを担保できるサービスがあれば付加価値になりますし、スピード感を持って問題の解決に取り組めます」
オンプレミスの時代からシステム開発に携わってきた齋藤氏の実感がこもる。時にはサーバーが夜中にダウンすると眠れない日もあったという。
逆にこれを顧客の目線から考えれば、強烈なニーズが存在することになる。最も大変なことは、他社はやらない。それが齋藤氏の信念だ。
杉本:「AWSの評判はすでにありましたから、あとは運用を任せられるかどうか。そう考えた際に、提案いただいた内容は全て私たちの要望を叶えてくれるものでした」
齋藤:「実はあるスポーツ団体での導入事例が当時すでにあったんです。だから、同じスキームでピーク時対応はいけると考えていました。それで、これまでのサーバーの構成は変えることなくクラウド化して、インフラの負荷に耐えることは可能だという提案をしました」
杉本:「 スポーツ団体にはインフラエンジニアを雇用する余裕はありません。その点で、アイレットさんは熱く提案をくださり、サーバー周りを安心してお任せできそうだと感じました。その意味で、最大の決め手は熱意だったのかもしれません」
齋藤:「Jリーグさんは、チャレンジ精神が強いんです。新しいことに取り組むのは同時にリスクも背負いますが、上手くいけば当然リターンも大きい。JリーグさんはAWSの知識を高めようと勉強会を開くなど、努力をされていましたね」
こうしてJリーグはアイレットと(Jリーグ公式サイトやアプリのサーバー保守運用について)業務委託契約を締結し、クラウド化が進められた。
エンジニアが自ら提案してくるほどの徹底した顧客目線
導入直後は、Jリーグのホームページを制作している開発会社とのコミュニケーションに苦労しつつも、徐々に信頼を深めていったという。当時はまだクラウドの経験があるエンジニアが少なく、毎週のように連絡を取りながら調整して軌道に乗せた。
2020年現在、クラウド化から5年以上が過ぎ、さまざまな仕組みをクラウドで実現するなどデジタル化は成功している。
杉本:「サーバーコストは3分の1になり、機能は以前よりもアップしました」
齋藤:「補足しておくと、現在はコストダウンがクラウドの本質的価値ではなく、次々と出てくる新しいパッケージやソリューションを導入できるのが最大のメリットです。
簡単に説明すると、クラウド化するとクラウド上にあるさまざまなサービスをつなぎ合わせることで解決できる課題が圧倒的に増え、事業の推進スピードが加速するんです」
そのため開発ベンダー企業には、課題に対して解決策を提案できる力が求められる。Jリーグがアイレットを評価している点のひとつは「エンジニアが前に出てくる会社」だからだ。
杉本:「私はもともとIT企業にいたので分かるのですが、エンジニアが自ら提案してきてくれる企業は少ない。ところがアイレットさんの場合は、サッカーが必ずしも好きというわけではなさそうですが(笑)、エンジニアが昨年の試合日を調べて提案をしてきてくれる。
いい意味でデータ分析が好きで、クラウドやネットワークオタクが多い印象です。こうしたら値段が下がる、などの提案をしてくれることもあります」
齋藤:「それを聞くと、嬉しいですね。私たちの考えが社員の一人ひとりに浸透しているわけですから。評価いただき、ありがとうございます。
私たちが常に合言葉にしているのは『社員に対してもお客様に対しても、関わる相手の心を満足させることを返そう』なんです」
アイレットの3名ほどのチームがJリーグ担当として課題感もツールも共有している。提案はエンジニアからも営業からも常に飛んでくる。
杉本:「むしろ、エンジニアの方からの提案が多いです。クラウド化の1年目はサーバーの増設などの連絡を都度くれていたのですが、2年目には『もう任せます』となりました」
アイレットは積極的にJリーグを分析して最適化しようとし、今も主体的に新しい技術を提案してくれるという。
それが認められ、現在はJリーグ内でクラウドを使って何か新しいサービスを展開しようとすれば「アイレットさんでいいんじゃない」と、すっかり信頼ができ上がっているそうだ。
杉本:「売れる仕組みは私たちが考えるので、サーバーを運用するなどのディフェンスの部分は基本、お任せしています。だから、私たちは新しいサービス展開をどんどん攻めていけます。
私たちはインターネットサービスがメイン事業の会社ではありません。なので、私たちがサッカーに注力するためにアイレットさんに支えてもらうことで、余計なことを考えなくて済むのはとてもありがたいです」
これまでの話で見えてくるのは、アイレットの徹底した顧客目線だ。それは、齋藤氏の「ルーツ」に関係があるという。
齋藤 : 「私がもともと一般消費者向けのBtoCサービスに携わっていたことが大きいと思います。BtoCでは顧客満足度を上げないと、システムを継続的に使い続けてもらえません。そこにエンジニアの自己満足が入る余地はないんです。だから顧客目線を大事にしています」
ますます重要になるデジタルとの融合
超高速通信、低遅延、超同時接続を可能にする5G時代の到来により、今後はますますデジタルで実現できることが増えていく。ドローンなどの物理デバイスと連携するIoT(モノのインターネット)やVRなどの発展と相まって、バーチャルとリアルの垣根が取り払われていくことが予想されている。
スタジアムへ足を運ぶだけではない、デジタルならではの臨場感を体験できるようになるだろう。
笹田:「オンラインもオフラインも、いかに価値を高めていけるかを今後も考えていきたいと考えています」
杉本:「スポーツのデジタル化は入り口に立ったばかり。正直、家のリビングでの観戦はスタジアムの臨場感にまだまだ及びません。そこをいかに近づけるか、またはオンラインが上回れるか。一つひとつ挑戦していきたいです」
これからアイレットが提供していきたい価値はどんなものだろうか。
齋藤:「時代の変化に対して私たちも変わっていきますし、お客様自身も変化します。それに対して常に対応できる体制を築いていきたい。特にスピード感は重要で、スピードはそのままお客様の満足度につながります。
一方で、どれだけテクノロジーが発展しても、お客様のサービスを理解し、お客様自身のサービスを盛り上げていくことが一番の価値であることに変わりはありません」
いずれにしても、DX(デジタル・トランスフォーメーション)に対応しなければ、どの企業も時代に取り残されてしまう。
齋藤:「DXとはデジタルを使って進化していくこと。オンラインだけではなくオフラインを含めてデジタルを活用していくことです。
私たちはスピードという武器を持っています。お客様も、恐れずにスピード感を持ってチャレンジしていただければと思います。宣伝にはなりますが、デジタル化に関して困ったことがあれば、まずはお気軽にご相談いただけたらうれしいですね」
クラウド上でさまざまなデジタルサービスがつながることで、よりファンのオンライン体験が向上し、クラウドによって、課題の改善スピードがより加速していく。Jリーグのクラウド化から始まったアイレットとの関係は、その価値観を共有する限り、今後も同じゴールを目指し続けていくだろう。
取材・文:山岸 裕一
編集:花岡 郁
写真:山田 星太郎