ファッション業界は変われるか? 誰も排除しないインクルーシビティ意識の高まり

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アメリカでの黒人差別撤廃を訴えるBlack Lives Matter(BLM)運動をきっかけに、人種差別に対する意識が世界中で高まっている。人種差別問題が依然として強く見受けられる産業のひとつとして挙げられるのが、ファッション業界だ。

ファッション業界関係者に向けたBtoBメディア「Vogue Business」では、ブランド広告、組織作り、サプライチェーン、教育現場など様々な面から、ファッション業界に根深く残る人種差別や格差構造に切り込んだ記事が発信されている。ファッション業界は何を意識し、どのように変わっていくべきなのだろうか。

ファッション業界に根深く残る無意識の人種差別

グッチが2019年に発表したセーター。黒人の肌の色を揶揄していると批判を受けた

アメリカでのBLM運動に対し、多くのブランドやデザイナーがSNSなどで共感を表明している。しかしファッション心理学者のDawnn Karenは、ファッション業界にはマイクロアグレッション(無意識の小さな差別)がはびこっていて、それが人種差別的なアウトプットに繋がるケースが後を絶たないと指摘する。

たとえばグッチが2019年に発表したセーターは、黒人の肌の色を揶揄していると問題になり、同じ時期にプラダも黒人と猿を結びつけたように見えるアイテムを店頭にディスプレイして批判を受けた。さらにH&Mは「coolest monkey in the jungle(ジャングルで一番クールな猿)」という文字が書かれたパーカーを、黒人のキッズモデルに着用させて問題となった。これらのブランドは批判を受けた商品を取り下げ謝罪したが、いずれも「人種差別的な意図は全く無かった」と説明している。

ファッションブランド側はこのような問題を「事故」として捉えているように見えるが、Karenは人種差別などの偏見を、精神疾患と同じように取り扱うべきだと分析する。

「アルコール依存症になった人は、たとえ20年間禁酒を続けていても、自分のことを中毒者だと自覚しています。常にこの問題と闘い、何が引き金となるのかメカニズムを解明しようとしています」。

ブランド内に無自覚なマイクロアグレッションが存在することを認め、それが差別的な商品や広告という凶器となって、人を傷つける危険性があることを常に意識しておく必要があるのだ。

サプライチェーンや教育現場でも人種格差が強い業界構造

ファッション業界の差別構造は、消費者の目に触れることのないサプライチェーン内や教育現場でも根強く残っているという。

大手ファッションブランドのほとんどが白人によって所有されている一方、その生産は何百万人もの有色人種の労働力に依存している。高級ブランドの商品価格に対し、工場労働者の人件費は驚くほど安く抑えられている。さらに新型コロナウイルスによるパンデミックにより、現在多くの生産工場がブランドからの一方的なオーダーキャンセルに直面しているという。

ファッション誌Ethical Style Journalの創業者でチーフエディターのKatie Pruettは、安全性に欠ける環境で低賃金の長時間労働を強いられ、ブランドがオーダーをキャンセルすれば解雇されてしまう労働者の実態を指摘し、「ブランドは、自分たちの服を作ってくれている生産者を人間として認識し、パートナーとして関係を築くべきだ」と訴える。

「この学校で黒人のチューターを1人も知らない」と書かれたメッセージ

ファッション業界の人種格差は、教育現場でも根深く残っているという。

「この学校で黒人のチューターを1人も知らない」。2020年6月、有名デザイナーを数多く輩出しているロンドン芸術大学のCentral Saint Martinsカレッジの壁に書かれたメッセージが、匿名のインスタグラムアカウントから発信された。このアカウントでは、学生や卒業生から寄せられたマイクロアグレッションや人種差別的中傷の体験談が継続的にシェアされている。

欧米の高等教育機関、特にファッション分野では、今でも教師・学生共に白人の独占状態が続いているという。例えばイギリスでクリエイティブアート・デザインの課程に在籍している学生の80%以上が白人で、ニューヨーク州立ファッション工科大学の受講生のうち黒人の学生の割合は9%のみだ。そのため、教育カリキュラム自体も白人目線での歴史観や西洋文化に偏ったものとなっていて、有色人種の学生たちは疎外感を感じやすい環境に置かれているという。

誰も排除しない「インクルーシビティ」という考え方

現在ファッション業界が抱えている様々な差別や格差を解決していくキーワードとして挙げられているのが、「ダイバーシティ」と「インクルーシビティ」だ。Diversityは「多様性」と日本語訳され、多様な性別・年齢・職歴の人材を活かす取り組みとして、日本でも定着しつつある概念だと思う。

一方Inclusivityは、日本ではまだ聞くことの少ない言葉だが、直訳すると「包括性」というような意味になる。これまで社会的に無視されがちだった人種、性別、体型、障がいなどマイノリティな人々・コミュニティを排除することなく、全ての人を同じグループの一員として考えていくという概念だ。高齢者や外国人、障がい者といった人々の視点も加えた「インクルーシブ・デザイン」という手法は日本でも聞いたことがあるかもしれない。

ダイバーシティとインクルーシビティを実現するためには、組織に2種類の行動規範を導入することが必要だ、とDurham大学のJulie Van de Vyver博士は説明する。1つ目の「Descriptive Norms(記述的規範)」は、たとえば取締役会メンバーの人種数をここまで増やす、など可視化できるもので、これは採用活動などで変化を担保することができる。実際にナイキ、プラダ、シャネル、バーバリーはこの2年間に「ダイバーシティ採用」を行っている。

そして2つ目の「Injunctive Norms(命令的規範)」は、組織から差別や偏見を無くすには何をすべきか、というモラル的な側面を持つ。これを実行するには時間が掛かり、そして「必ず変える」というトップダウンのコミットメントが必要になる。この実現のためにJulieが勧めるのは、独立したエキスパートを雇い、ダイバーシティとインクルーシビティの浸透状況を監査させるという方法だ。エキスパートはまず「無自覚な偏見が存在している」ことを自覚させ、組織の文化や風潮に介入して、実現状況を定点観測していくという。

これまでにも多くのブランドがダイバーシティ実現を掲げたプログラムに取り組んできたが、そのほとんどが対外的なコミットメントや説明責任を欠いたものだったとDurham大学のAndrew Marcinko博士は分析する。たとえ定められた計画やゴールを達成しなくても、誰も影響を被らないという状況が、プログラムを形骸化させ、ファッション業界のいびつな人種構造が変わらない要因になっていたという。

多くの有名ブランドが依然具体的な目標値を公開していない中で、一歩先を行く取り組みを行っているのがコーチやケイトスペードを傘下に持つTapestry社だ。大手ファッション企業の中でほぼ唯一、黒人であるJide ZeitlinがCEOを務めるTapestryは、2025年までにブランドのマネージャー層のダイバーシティ率を現在の21パーセントから、現場の従業員のダイバーシティ率44%に近づけることを公表している。(追記:2020年7月21日、Jide Zeitlinは過去のスキャンダルによりTapestryのCEOを辞任した。黒人CEOという旗印を失ったTapestryの今後の動向が注目される)

多様性のあるチームは生産性が高くクリエイティブである

人種差別とは、気候変動や環境汚染と同じように、根深く広がった構造的な問題だ。しかし組織心理学の研究によると、複数の人種が入り混じる多様性に富んだチームは、単一の人種や属性で構成されたチームと比べて、より生産性が高いことがわかっている。さらにダイバーシティなチームで、インクルーシビティも担保されている、つまりマイノリティな自分も組織の一員として認められていると実感できると、より創造的・革新的なチームになることも明らかになっている。

ファッション業界が差別体質からダイバーシティ、インクルーシビティのある体制に生まれ変わることは、倫理的・社会的要請なだけでなく、ブランドのアウトプット自体にも大きなメリットをもたらすことは間違いないだろう。

文:平島聡子
企画・編集:岡徳之(Livit

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