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インバウンド客の増加や2020年夏に開催予定だった東京オリンピックの影響、テレビ番組での露出増加もあって、海外の暮らしに興味を持つ機会が増えた。
最近では現地在住日本人YouTuberらの情報発信による世界各国のユニークなライフスタイルに触れる機会も多くなったが、依然として日本人にとってはひとくくりに思える「東南アジア」。
実は各国で、生活様式が異なれば物価も大きく異なることはまだクリアには知られていない。この漠然とした「イメージ」を払拭すべく、このたび発表されたレポートを俯瞰してみよう。
旅行とはワケが違う生活費とは
海外で過ごすのにかかる費用は「旅行」のそれと、「生活」にかかるものとでは大きく異なる。
例えば東南アジアを旅行で訪れると、プチプラのおみやげが揃い、現地の食事も驚くほど安い。欧米と比較するとホテル代も安くつくし、このまま生活し続けたら日本よりも安上がりで、贅沢な生活が送れるのではないかとすら錯覚してしまうが、現実はどうなのだろうか。
人事コンサルティング会社Mercerが毎年発表する「世界の都市・生活費ランキング」。これは「外国人が暮らすのに必要な生活費」をベースに調査、計算されており、グローバルな人事異動に際しての指標になるとされているデータで、政府機関や多国籍企業が海外派遣の際に手当てや報酬の設定の目安としている。
その土地でローカルの人たちが暮らしていくのに必要な生活費ではなく、駐在や現地採用など自国を離れて暮らす人たちが快適に暮らせるための生活費を計算したもので、グローバルな企業が海外に人材を送り込む際に入用となるほか、老後の長期滞在や移住を考えている人たちにとって必要な情報と言えるだろう。
調査は、食料品やアルコール飲料、たばこ、公共料金、家賃、アパレル、ホームサービス、当該国産品、衛生用品やサービス、交通費、娯楽費用などそれぞれの価格を米ドルに換算して計算される。
具体的には、最新の国際映画観賞のチケット代や繁華街のおしゃれなカフェでのエスプレッソ(サービス料込)、ビックマック、メンズのジーンズ、ガソリン1リットル当たりの値段など。
もしかすると現地の人の生活には必需品でないものの、そこで暮らす「外国人」がベーシックな生活を送るのに必要とするサービスや商品を含めた、約200項目を総合しているもの。1人あたりのGDPなどでは知ることのできない、都市別のユニークな切り口のランキングだ。
ちなみに日本人の生活費については「日本人の食生活の特異性」を鑑みて、本調査とは別に報告書が作成されている。日本文化はそれだけユニークな存在であることの証明であり、海外でも日本流を大事にしたい(日本流を貫きたい)とする日本人独特の精神を考慮した特別枠と言える。
東南アジアの意外なランキング結果
今回の調査ではトップ10のうち6つがアジアの都市(1位香港、3位東京などを含む)であったが、ここで東南アジア、ASEAN諸国のランキングに絞って注目したい。
第1位(世界ランキングで第5位)は誰もが予想する通り、シンガポールだ。
高騰を続ける家賃や世界でも最も高額とされる私立校の授業料が重くのしかかるシンガポールは、公共料金も高額になる。特にエアコンを使用しなければ過ごせないほど蒸し暑くなる夏には、驚くほど跳ね上がるとされている。
一方でローカルのレストランや屋台での食事をし、タクシーの代わりにバスを利用すれば出費を抑えることができるるとも言われているが、全体的に高い。
とはいえ費用面の心配さえなければ、英語が通じ、ヘルスケアシステムが整った、食事の美味しい、清潔でモダンな国での生活は全年代、全世界の人にとって暮らしやすいことには間違いない。
第2位はバンコク。世界中から旅行客やバックパッカーが訪れるエキゾチックな街も、旅と生活ではその体験も異なる。
通勤のラッシュアワー、深刻な交通渋滞、近年悪化し続けている大気汚染などといった、楽しくてのんびりとしたバケーションでは想像もつかなかった「都市生活」が待ち受けている。すなわちバンコクは、世界の大都市並みの物価と家賃の高騰、大都会の慌ただしい生活様式から免れられない場所でもある。
第3位に浮上したフィリピンのマニラは、世界ランキングで前回の調査から29ランクアップ、第5位のジャカルタも20ランクアップしており、これはサービスと商品の両方で価格が上昇していることと、対米ドルの現地通貨価値が上がったことによるものだ。
第4位はミャンマーのヤンゴン、第6位はカンボジアのプノンペン、以下ベトナムのホーチミンシティ、ハノイ、ブルネイと続き、10位はマレーシアのクアラルンプールという結果になった。
2都市がランクインしたベトナムは、経済の急成長と共に物価の上昇が激しいために生活費が急上昇しており、ホーチミンシティとハノイの差はわずかな平均的家賃の差であることが判っている。
旅行で出かけるにも高級なイメージが強い第9位のブルネイは、世界一リッチな国とも称される、東南アジア随一の産油国。食料品の約6割以上を輸入に頼っているものの、国全体的に所得が高く安定しているため生活費がより安いことが、今調査ではASEAN諸国のなかで低い順位となった理由。つまり、他の国々と比べて外国人がより充実した生活を送りやすい国だといえる。
最もリーズナブルなクアラルンプールは人気の移住先
ここで注目の結果となったのが、第10位のマレーシアのクアラルンプールだ。
他にランキングした都市と比べても、旅での割安なイメージはあまりない。逆にクアラルンプールよりも格安で旅ができる印象を抱くのは、ベトナムやカンボジア、フィリピンであり、このランキング結果は「外国人の生活費」を元に計算されていると再認識できる。
それと同時に、クアラルンプールがASEAN諸国(ランキングしていないラオスを除く)の都市の中で、費用面からみると外国人が最も暮らしやすい都市であるということも示している。
日本の一般財団法人ロングステイ財団が発表する「ロングステイ希望国・地域」のランキングでは2006年以来ずっとマレーシアは1位、という調査結果もある。これには老後の海外移住だけでなく20代からの働き盛りの移住、セミリタイア組の移住などのあらゆる世代の移住が含まれている。
クアラルンプールやマレーシア全体が日本人に人気があるのは、物価の安さや過ごしやすい温暖な気候、日本人にも受け入れやすい現地の食事、比較的良好な治安、親日感情にあると言われている。
クアラルンプールに移住した日本人でよく知られるのは、歌手のGACKTだろう。メディアでもしばしば取り上げられている、プール付きの豪邸で優雅な生活を送るGACKTのクアラルンプール・ライフは、なんとも羨ましい豪華さだ。
しかも拠点をクアラルンプールに移した後も、日本での活動を継続している。これは、航空各社が乗り入れるLCCの拠点となっているクアラルンプールが、日本だけでなく世界各地へ良好なアクセスを保持しているからで、移住を決める重要なポイントでもある。
国際都市クアラルンプール
日本人に人気のクアラルンプールの暮らしやすさは、外国人にとっても同様のようだ。
割安の家賃で広い家やコンドミニアムで暮すことができるし、公共料金もリーズナブル。外国人が安心して利用できる高水準の医療機関が整い、インターナショナルスクールの数も多く、英語が広く通用する。
また経済成長は目覚ましく、特にクアラルンプールは高層ビルに世界的なチェーンが進出する、モダンなライフスタイルが期待できる。少し足を伸ばせば手つかずの自然やジャングル、ビーチへ簡単に出かけられるのも魅力。さらに街中で楽しめるレジャーや娯楽が充実、ゴルフコースも完備しているのがマレーシアだ。
クセの強くない現地のアジア料理や中華料理は、アジア以外の外国人にも受け入れられやすく、しかも安価。街では日本食だけでなく、西欧料理を提供するレストランもあり、おしゃれなカフェでひと息つくことも難しくない。外国人の赴任や移住に優しい環境が整っているクアラルンプールは、費用面での負担が少ない、ハードシップの比較的低い都市であるといえる。
唯一マレーシアで生活するにあたっての難点として挙げられるのが、酒類の価格が高いことだと言われている。これはマレーシアの人口の約60%以上が飲酒をしないイスラム教徒であるため飲酒は奨励されておらず、酒税が高く設定されているというお国の事情だ。しかしそれもサウジアラビアのような敬虔なイスラム教国とは異なり、たとえ高価でも必要であれば酒類の入手が可能であることから、さほどの不自由ではない。
外国人が暮らす日本
余談になるが、外国人が日本で暮らす際にはどのような印象をもってやってくるのであろうか。
ほぼすべての外国人向け移住、赴任、引っ越し情報で「日本での暮らしは素晴らしい」「夢に見た日本での生活」と称賛されているが、同時に「それなりの対価を支払わなければならない」と警告している。
給料や手当が高額な日本では生活費も高額なので、ここは世界でも名高い日本の「高品質で安心安全な新鮮食材」を地元のスーパーマーケットで調達して、日本の食習慣を生活に取り入れることが財布にも健康にも優しいとアドバイスしている。
その他にも東京や大阪などの大都市には外国人向けのスーパーマーケットがあるので安心、インターナショナルスクールや高水準の公共教育システムが充実、世界トップクラスの医療が整備されている、と質の高い生活が保障された日本で、独自のカルチャーを楽しみ、静かで礼儀正しい人々との暮らしを享受しようと忖度なしで記述されている。
なお日本で暮らすことのデメリットは、高額な生活費のほかに、避けることのできない自然災害、家屋の狭さ、ワーク・ライフバランスの喪失、が挙げられている。耳の痛い話だ。
マレーシアからテレワークも夢ではない
ASEAN諸国で最も生活費が安いばかりではなく、ビジネスのしやすい国ランキングで堂々の24位を確保しているマレーシア(2018年世銀調べ)。ハイテク産業のスタートアップには政府の優遇措置があり、外国人を寛容に受け入れている今注目の「ビジネス拠点」でもある。
コロナウイルスの感染拡大に伴い、テレワークが半ば強制的に実施された結果、ワーク・ライフバランスに注目が集まり、日本では地方移住を真剣に考えているミレニアル世代が急増しているという話も聞く。海外移住や海外からのテレワークもにわかに現実味を帯びてきている今、クアラルンプールは確実に選択肢の一つとなりそうだ。
文:伊勢本ゆかり
企画・編集:岡徳之(Livit)