元ソニー会長でクオンタムリープ代表取締役会長の出井 伸之氏が中心となり、2019年11月末に発足したスタートアップの創出と、大企業の変革が続々と起こる社会をつくる運動の起点「アドベンチャービレッジ」。出井氏と言えば、これまでも有望なベンチャー企業や若手起業家へのアドバイスやサポートを積極的に続けている。
今回、集まったのは初対面のスタートアップ企業の経営者3人だ。年齢はバラバラだが、いずれも数年前に設立、現在出井氏のアドバイスを受けている。そしてこのアドベンチャービレッジの”想い”に共感するのが三者の共通点だ。
まず1人目は、筑波大学発の宇宙ベンチャー株式会社ワープスペースのCEO常間地 悟氏だ。小型の衛星に、レーザー光を送受信する光通信器をつけ、無線の光通信のネットワークを宇宙空間に張り巡らせる、光空間通信ネットワーク事業を、2023年に実現することを目標に開発をしている。
続いてGROUND株式会社CEOの宮田 啓友氏。もともと楽天で物流責任者をしていた宮田氏は、2015年にGROUNDを創業。EC・物流オペレーションで省人化をはかるため物流ロボットや物流倉庫を最適化するAIソフトウェアなど、テクノロジーソリューションの開発・提供をしている。
3人目はCode Chrysalis Japan株式会社CEOのカニ・ムニダサ氏。2017年にシリコンバレーから東京に来て、コーディングのブートキャンプを行っている。グローバルで活躍できる日本のソフトウェアエンジニアを育成している。 業界こそ違えど、日本で企業を経営している彼らの目には、現在の日本でのベンチャー企業をとりまく状況は、どのように映っているのだろうか。
日本の競争力が低下する理由
宇宙、物流、コーディングブートキャンプと、異なる業界にいながらも、それぞれが抱えている課題を尋ねると、”日本のベンチャー市場の問題点”が見えてきた。
物流オペレーションの最適化やロボット開発をする宮田氏は、米国Amazonが圧倒的なシェアを誇る物流業界を「現状はAmazonかそれ以外、というのが実情」と言う。「AmazonがiOSなら、ぼくたちはAndroidをつくればいい」と日本市場でのビジネスを見据えつつ、ロボット開発において、日本とインドの開発アプローチの違いにも直面したという。
宮田:「インドのGreyOrangeというロボットベンチャーと提携して日本に導入を開始したとき、意見が合わないことがありました。彼らは、70パーセント程度の完成度のロボットを実際のフィジカルなサイトに導入して、残りの30%は改善を積みかさねながら完成に近づけるというアプローチだったのです。これは米国も同じ。日本は99.99%完成したところで納品ですから、スピード感が全然違いますよね」
開発スピードや完成度、品質の捉え方が日本と世界では異なる。宮田氏は「日本だと大企業の導入事例が安心材料と信頼になる。どの企業もその事例ができるのを待っている。その時点で世界の競争に負けてしまう。これは日本企業の構造的な問題です」と根底にある日本企業の体質を指摘する。
シリコンバレーから日本に来たカニ氏は、日本の品質にこだわるものづくりは良い面もあるとしながらも、いわゆる“シリコンバレースピード”について「まずミニマルなプロダクトをどれだけ速くつくり、お客さんの声を聞きながら改良していくかが重要」とし、自身が東海岸のボストンから西海岸に引っ越したときですら、そのスピードの違いがわかるほどだったと語る。「シリコンバレーはお互いにサポートし合うグロースマインドセットを持っています。そのエコシステムは素晴らしい」とシリコンバレーとのスピード感の違いは、その土壌の違いもあると話す。
さらにカニ氏は「日本はソフトウェアをフルに稼働できていない」という点も指摘する。
カニ:「DXのスピードも遅いし、ソフトウェア開発の内製化が進んでないので、まだSler(システム開発会社)に頼っている状態。今後は新しい手法でソフトウェアを開発できるエンジニアが必要になる。あとは英語力。今後、インダストリー関係なくディスラプションを起こし、世界と競争していくならグロースマインドセットをもつエンジニアと英語力は絶対必要です」
一方、常間地氏はベンチャー企業にとって重要な「資金調達環境」に関しても世界との差を感じているという。常間地氏の宇宙開発マーケットは、現在約9割が米国に依存している状態だ。
常間地氏はベンチャーが置かれる現実を次のように指摘する。
常間地:「宇宙で日本と米国企業を比べるとやはり米国のほうが圧倒的です。おそらく他のジャンルのビジネスにおいてもそれは同じ。米国と日本では、投資額が一桁も二桁も違う。欧米が5年先、10年先の未来を描くスタートアップを生み出していけるのは、不確実性の多い世の中において将来予測はあまり役に立たないという認識をもとに、むしろ、必要なものは”マーケット全体”で育てていこうというポリシーがあるから。その点が日本とは大きく違います」
このようなスタートアップを育てる土壌の違いや、宮田氏、カニ氏が指摘するような開発アプローチの違い、スピード感、エンジニア不足、英語力不足が、現在、日本のベンチャー企業が抱える問題点だろう。
グローバルで戦える企業をつくる
出井氏が始動させた「アドベンチャービレッジ」の背景には、こうした彼らが現場で感じている「日本の競争力低下」が大きい。
日本は、1990年代後半からのIT革命での敗北や、過去の成功体験からくる安定志向など、いくつかの要因が重なり、まさに「冬」の時代を過ごしている。この冬の時代は、日本の企業を超安定型の思考に変えてしまった。しかしそれでは常識を一変させるような新しいビジネスモデルや新規事業は生まれない。
冬の日本が春に移り変わるために、「失敗を恐れず新しいことに挑戦していける社会」をつくっていくことが重要だとし、発足されたのがアドベンチャービレッジだ。社会的なムーブメントとして、挑戦しようとしている企業や個人が活発に動ける社会をつくるのが目的だ。
「アドベンチャービレッジ」のネーミングにも、出井氏の強い想いが込められている。「ベンチャー(Venture)」の語源は「アドベンチャー(Adventure)=冒険」。さらに「It takes a village to raise a child. (子どもが生まれたら村全体で育てよう)」というアフリカにある古いことわざからインスピレーションを受け、挑戦者が失敗を恐れずどんどん湧き出て成長しギバーがサポートするような社会(村)をつくりたい、と思ったのが発足の根底にある。
今回参加した三者ともこのネーミングを絶賛し、出井氏の想いに大いに賛同している。常間地氏は「リスクという不確実性のジャングルに飛び込んでいくのがベンチャーのあるべき姿で、それが存在意義。大企業、金融機関、VC、そして我々のようなベンチャービジネス側が、失敗を恐れずにリスクを背負って新しく冒険をしていく。失敗してもそれをリカバリーしてサクセスするまで継続すればいいというこの考え方自体が広がり、アドベンチャービレッジというコミュニティの中で、仲間がどんどん増えていけばいいですね」と期待を寄せる。
一方、比較的若い起業家が多いなか、楽天という大企業を経験したあと43歳で起業をした宮田氏は“起業”のハードルを下げたいという想いがある。
宮田:「起業前は楽天の仕事でフランスに駐在していたのですが、日本に戻り起業する際に、クレジットカードをつくろうと思ったら審査が通らないんです。銀行の融資も同様です。日本ではこれまで個人で経験して成し遂げてきたことは評価をされない。一方、米国のでは50代後半でも起業ができる。米国では個人のキャリアを含め、過去の実績がきちんと評価され、起業を支える環境が整っているんです。日本は大企業主導型の仕組みがあまりにできすぎていて、それがいま老朽化してきているのを感じます」
さらに宮田氏は大企業に潜んだ優秀な人材に対しても「アドベンチャービレッジは、大企業の優秀な人材にとってもチャンスです。彼らがチャレンジをする仕組みをアドベンチャービレッジがリードしてつくることができたらいい」と期待を語る。
カニ氏はアドベンチャービレッジに期待する点を、起業家を支援するエコシステムができることだと言う。
カニ:「世界には有名なスーパースターの起業家もたくさんいますが、彼らを支えるためのエコシステムが周囲に出来上がっています。ぼくがアドベンチャービレッジの構想を聞いたときに一番エキサイトしたのは、『ビレッジ』という言葉。例えば決算の仕方もわからないときに支えてくれる仲間がいるだけでも心強いですよね。起業家をサポートするためのエコシステムができるのはすばらしいです。このエコシステムは日本でどんどん加速していくと思いますね」
経済が停滞したいまをチャンスと捉える
現在、未曾有のコロナ禍で世界中の経済が停滞している。大企業ではレイオフも多く見られるなか、ベンチャー企業を経営する三者はこの危機をどう捉えているのだろう。
宮田:「コロナ禍の影響で、投資は国内のCVC含めて凍結しています。一方で、コロナ禍でも中国のロボットベンチャー「Geek+」は米国で200ミリオンの資金調達をしました。このような時期でも、将来の成長性が見込まれ、インダストリー自体が成長していく方向が正しければ資金調達が可能です」
常間地:「グローバルのネットワークをベースにしてビジネスをしている大企業はこの状況下では動きにくい。どうしても人の移動が制限されるので、社内のコミュニケーションもうまくとれません。これからビジネスをつくっていくフェーズでいうと、ぼくらは身軽で、どんどん挑戦ができる。半年後、1年後までの間に、大企業がどうしてもストップしてしまった部分にどう切り込んでいけるか。現状こそがチャンスだと思います」
カニ氏も同様に日本のビジネスという点で考えると、絶好の機会だと捉えている。
カニ:「働き方改革を推進しても定着しなかったテレワークが、コロナ禍で実現しました。スピード感をもって世界と競争をするのなら、さらにデジタル化は加速させないといけません」
世界で必要になる「日本らしさと価値」
最後にアドベンチャービレッジに今後期待したいことを尋ねると、三者からは「日本らしさ」「日本の価値」というキーワードが揃って出てきた。
常間地:「欧米の価値観は、テーゼ/アンチテーゼという二項対立で物事を捉えることが多い。一方、日本は元来、八百万の神というように多様な価値観を許容できる文化を持っています。二項対立の世界から生み出せない新しいイノベーションが、日本的な価値観の中からも生み出せると、独自のムーブメントが起こるのではないでしょうか」
宮田:「アメリカと中国という対立軸があるなか、日本にしかできないフェアなインフラストラクチャーをつくることにより、誰でもその上で活動ができるようになればいいですね。すべてがフェアで多角的に物をつくるということが日本が世界に提供できる価値だと思います。アドベンチャービレッジでそういうことができればいいと思います」
カニ氏も、この点では同様だ。
カニ:「日本の素晴らしいところはもう溢れるくらいある。あとはアドベンチャービレッジでも女性の活躍を呼びかけてほしいですね。日本でも女性エンジニアがもっと増えるといいと思います。何事にも男性にはない多様な視点を入れるのは重要です。今後、海外のアントレプレナーに『日本でやるのが一番面白いよ』とアピールしていきたいですね」
すべての価値観を欧米に合わせるのではなく、日本だからできることで新しい価値を生み出していく。日本で生まれたアドベンチャービレッジというムーブメントが、多くの挑戦者たちが成長し大企業が変革するための土壌となることを期待したい。
取材・文:野口 理恵
編集:花岡 郁