居酒屋を中心に広がったレモンサワーブーム。「進化形」と称する、見た目や味にこだわったレモンサワーで各店が競い合うほか、種類を豊富に揃えたレモンサワー専門店なども誕生した。さも涼しげでフォトジェニックなレモンサワーは、SNSで情報が一気に拡散する今の時流にマッチし、進化していったと言えるだろう。
そしてRTD(ふたをあけてすぐに飲める飲料の意。とくに缶入り低アルコール飲料)市場ではまだまだ、熾烈な競争が繰り広げられている。「タカラcanチューハイ」やサントリー「―196℃ストロング・ゼロ」、キリン「氷結」など、コンビニでの定番に加えて、アルコール度数低めでよりフレッシュ感を加えた「本搾り」などが今のレモンチューハイ、レモンサワー市場の元祖、横綱級といったところだろうか。
そして2019年10月、この激戦区に参入してきたのが、ソフトドリンクの最大手である日本コカ・コーラだ。しかも、登場と同時に人気に火がつき、一時は品薄続出で、出荷休止になるほどの売れ行きを見せた。
なぜ、ソフトドリンクの企業が、今レモンサワー市場に参入するのか。そして初参入にして、一躍人気を博したとはどのようなことなのだろうか。日本コカ・コーラに取材した。
レモンサワーへのこだわりが「檸檬堂」として結実
まず、アルコール市場、そして中でも、レモンサワーに着目した理由について、同社ブランドチームの関口朋哉氏は次のように説明する。
「当社では常に“ホワイト・スペース”、つまりビジネスの新しい領域について、機会を探っています。今回の檸檬堂はそのチャレンジの一環。清涼飲料の企業として、我々はマーケットであれ、製造面であれ、ノウハウを蓄積してきています。低アルコール飲料については、我々の果汁飲料や炭酸飲料など、ビジネス領域と通じる部分が多くあります。そして中でも、居酒屋等お酒の市場で消費者に強く求められている、レモンサワーが挑戦するにふさわしいということになりました」(関口氏)
アルコール度数とレモン果汁の配合率などによって味わいにバリエーションを持たせた「檸檬堂」。
なお、レモンチューハイとレモンサワーは、どちらも焼酎などをベースにレモンと炭酸で割った飲み物なので、突き詰めれば同じ意味。
ただし、他の果実などにも広がりを見せているチューハイに対して、レモンサワー専門店が登場するなど、ブームを引き起こしているのは飽くまでレモンを主役としたレモンサワーだ。ここでは、「よりレモンにこだわった飲み物」をレモンサワーと呼ぶことにしたい。
それを示す一つの特徴が、「檸檬堂」の名からも分かるように、レモンに特化していることだ。どんな人にも飲みやすい「定番レモン」(レモン果汁10%、アルコール度数5%)、よりさっぱりと飲める「塩レモン」(レモン果汁7%、アルコール度数7%)、ガツンと飲みたい人向けの「鬼レモン」(レモン果汁17%、アルコール度数9%)、甘さも求めたい人のための「はちみつレモン」(レモン果汁7%、アルコール度数3%)というバリエーション展開。これはレモンサワー市場の中心層である30〜40代男女を包括するものであると言える。
同時に「レモンサワーファン」のニーズにも応えるものでもある。
「製品開発にあたっては、全国の居酒屋を回って調査しました。レモンサワーと一言で言っても、味や度数を変えての楽しみ方は、それこそ星の数ほどあります。10種類のレモンサワーを出しているところもあれば、1種類に絞り込んでこだわり抜いている居酒屋も。さまざまな好みの人に向けて、ということもありますが、同じ人でも、その日の気分によって選べるように、というのが4種類のバリエーション展開の意図です」(関口氏)
進化形レモンサワーがRTDのトレンドに
また味の点では、「前割りレモン製法」を採用し特徴を出した。これは、あらかじめ焼酎を水となじませておく「前割り焼酎」に着想を得たもので、皮ごとすりおろしたレモンとお酒をなじませるという、工程の工夫である。
レモンの皮をなぜ、と思われるかもしれないが、実は、皮は居酒屋で供されるレモンサワーの味わいに欠かせないパーツである。皮に含まれる成分などがその場で放出されることにより、フレッシュで爽やかな香りが加わり、味覚が立体的に感じられるためだ。
ただし、そのまま混ぜるのでは、異質なもの同士のため混じり合わず、ややとがった味わいとなる。そこで「檸檬堂」では、すり下ろした皮ごとのレモンとお酒を漬け込んでおくことで、よりまろやかな味わいを出している。
ちなみに、サントリーのストロングゼロシリーズでは、同様に居酒屋のチューハイを目標にフルーツを皮ごと瞬間冷凍させ、粉末にしてお酒に浸すという手法をとっている。
このように昔から、「皮」をいかにうまく使うかに、各社苦労してきたと言えるだろう。
さらに2019年4月にサッポロビールから発売した「レモン・ザ・リッチ」は、檸檬堂と同様、レモンサワーに特化したブランドだ。この商品では、レモンを丸ごと使うのではなく、レモン果汁にレモンの果皮、レモンオイル、レモンパルプを加えた果汁を採用することで、よりレモン感を高めている。
つまり今のRTDレモンサワーのトレンドは、こだわりの居酒屋で供するような、「進化形」レモンサワーをいかに再現するか、ということのようだ。
こだわりを持たせることが「味」以外での戦略に
では、ブランディングは各社、どのように行っているのだろうか。レモンサワー、チューハイ類では、フルーツを大きく扱いシズル感を重視したデザインが定番となっている。
例えば、冒頭でレモンサワーの横綱級として紹介したサントリー「―196℃ストロング・ゼロ」、キリン「氷結」などを思い浮かべてもらうと、分かりやすいだろう。
サッポロの「レモン・ザリッチ」など最近発売の商品にしても、汗をかいた果実をクローズアップした絵柄は外せないものとなっているようだ。
「檸檬堂」ではこれらとは一線を画し、パッケージにも酒屋の前掛けをイメージしたデザインを採用し、「こだわり感」を演出している。
さらに、2018年5月、九州で先行発売したことも一つのブランド戦略として功を奏している。同社によるとその意識はなく、テスト的に地域を限定して発売したということのようだ。酒好きが多いマーケットで感触を試すことで、全国展開に向けての足固めをしたというところだろう。
実際には、「九州でしか手に入らない」ということがプレミア感となり、購買意欲をかき立てた。口コミやSNSで話題が広がり、「出張で行くからお土産に」「親戚にまとめて送ってもらう」など、無理して入手した人もいたようだ。
そして2019年10月の全国発売時にはすでに全国に話題が広がっており、一時、出荷休止になったという顛末もあった。
「オンライン飲み」が後押しとなるか? RTD市場の可能性
さらに販売再開後の、コロナ禍、外出自粛による巣ごもり需要増、オンライン飲み会ブームも、市場全体の追い風となったようだ。
RTDはもともと家庭で飲まれる比率が高いジャンルのため、外出自粛期間だからといって爆発的に市場が伸びたと言うことはできない。自粛期間のうちのゴールデンウィーク期間は、もともと需要が高まる時期でもある。ただユーザーから選ばれるためのポイントとして、デザイン性は大きな部分を占めていたようだ。
「オンライン飲み会は言ってみれば“オンとオフの中間”。『見た目がおしゃれ』あるいは『やっぱりこれおいしいよね』と、仲間の同意を得る意味合いで、これまでとは違うデザインを用いたことが有利に働いたと言えるかもしれません」(関口氏)
このレモンサワー市場は、今後も伸びる可能性が多いにある、と関口氏は言う。一つには、2018年の酒税法改正による、2026年までの段階的な税率変化により、発泡酒を含むビール類が「発泡酒類」に統合。ビールの税率は今よりは減るものの、第三のビールや発泡酒は高くなる。
そのため同社では、ビールから缶チューハイに移行する大きな流れが生まれると見ている。ただし、受け身でも売れるというわけではない。各社が魅力的な製品を生み出し、市場を活性化していくことが必要だ。お酒は、心を解放し、“ブーストしてくれる(引き上げる)”一面もあるのだから。「安くてガツンと酔える」高アルコールのRTDは今も市場の中で確固とした地位を確保している。
一方で、例えば市販の飲料に自分でひと手間加える「追いフルーツ」など、飲む体験そのものを豊かにし、楽しむ文化の萌芽も感じられる。居酒屋から始まったレモンサワーブームが、オンライン飲み会などの普及を経て、どのように変化をしていくのか。今後もまだまだ、RTD市場が面白くなりそうだ。
取材・文:圓岡志麻