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オンラインゲームを通じて行われるeスポーツ。世界各地で盛り上がりの様相だが、依然「所詮ゲームで何の役にも立たない」「勉強がおろそかになる」「ゲーム依存を助長する」などの批判的な意見は少なくない。
ビデオゲームにそのようなネガティブな側面があるのは事実かもしれないが、eスポーツという切り口で捉えた場合、まったく異なった状況が浮き彫りになる。それは、米国の高校eスポーツを取り巻く状況に如実にあらわれている。
米国では、野球やバスケットボールなどと同様に、高校地区リーグや全国リーグが創設され、各高校では公式のeスポーツ部が続々誕生、高校生による厳しい練習や熾烈な競争が繰り広げられている。
トッププレイヤーには、大学からeスポーツ奨学金が付与されることもあり、高校生の取り組む姿勢は「単なるゲームプレイ」を超越したものになっているのだ。学生のリーグ参加条件として一定の成績を課す高校は多く、学生eスポーツプレイヤーの成績が向上しているとの報告もなされている。
eスポーツを巡って、米国の高校ではいったい今何が起こっているのか、その動向を追ってみたい。
全米州立高連盟もeスポーツ推進、高校eスポーツ部が続々誕生
数年前からZ世代を中心に注目を集めてきたeスポーツ。米高校におけるeスポーツ活動が本格したのは2018年頃だろう。
この頃、全米州立高校連盟(NFHS)と米国eスポーツ企業PlayVSが提携し、スポーツクラブに所属しない学生のコミュニティ参加を促すことを目的にeスポーツ高校リーグを創設。2018年10月には、人気オンラインゲーム「リーグ・オブ・レジェンド」による初の高校州リーグ「シーズン・ゼロ」を開催する運びとなった。
同リーグが開催されたのは、コネチカット州、ジョージア州、ケンタッキー州、マサチューセッツ州、ロードアイランド州の5州。10〜12月の約3カ月間に渡って実施された。NFHSによると、全米でスポーツ活動に参加していない高校生の数は約800万人いるという。
同リーグに参加した生徒数や視聴数に関する公式統計は発表されていないが、多くの学生に注目されたことは間違いないだろう。その後すぐに2019年春シーズンが開催されたが、このシーズンでは当初の5州に、アラバマ州とミシシッピ州の高校が加わった。また、プレイできるゲームも「リーグ・オブ・レジェンド」に、「ロケットリーグ」と「スマイト」が追加された。
NFHSの調査によると、上記の高校eスポーツリーグに参加した高校生の42%が、これまで学校のスポーツアクティビティに参加したことがなく、今回が初のイベント参加になったと回答している。
米国ではもう1つ大規模な高校eスポーツリーグは存在する。マイクロソフトなどがスポンサーを務める「Hihg School Esports League」だ。全米3,000校、8万人以上が参加する全国レベルのリーグ。科学技術教育を推進する機関STEM.orgに認定されており、リーグ参加は、科学技術教育の一環として認められることになる。
米メディアNPRによると、2020年1月末時点、公式の高校eスポーツリーグは17州とワシントンDCに拡大したとのこと。PlayVSウェブサイトでは、2020年10月開始のシーズンは全米50州の高校が参加すると予告している。
eスポーツをスポーツたらしめる「構造的な環境」
NFHSによるeスポーツ推進の動きを前後して、米国ではeスポーツクラブを創設する高校が増加。クラブ活動の様相は大きく変わってきているという。
バージニア州のワシントン・リバティ高校もその1つ。2017年にeスポーツクラブを創設。以来、クラブの顧問/コーチは、教頭であるマイルズ・キャリー氏が務めている。バージニア州では、2019年10月に州レベルの高校eスポーツリーグが始まった。
キャリー氏は、eスポーツクラブの活動と周辺で起こる変化について、NPRの取材で詳細に語っている。
取材の中でキャリー氏が強調するのは、「structured environment(構造的な環境)」という言葉。練習や分析によってパフォーマンスを向上させる構造的な環境としてゲームを捉えるなら、それは野球やバスケットボールなどの一般的なスポーツと変わらないということ。
eスポーツで用いられるゲームは、5対5や3対3など、チームプレイを前提としたものがほとんど。戦略やフォーメーションなど状況に応じ最適化することが求められるため、コミュニケーション能力やチームワークについて多くを学ぶことができると説明している。
バージニア州におけるeスポーツリーグの登場がeスポーツクラブの所属学生とその家族にもたらした変化も興味深い。
「構造的な環境」の中で、eスポーツとしてゲームをプレイする学生ら。リーグが開催されるようになり、勝利へのプレッシャーや勝ちたいという欲求は増大したという。これに伴い、ゲームのプレイ時間も増えることが想定されたが、実際はリーグ開催前に比べプレイ時間は少なくなったというのだ。
通常のゲームプレイは、だらだらと同じようなプレイを続けがちで、プレイ時間も長くなってしまう。一方、構造的な環境においては、どの部分を徹底的に向上させるのか目的が明確になっており、それに特化した練習のみに集中する。集中力や思考力を消耗するため、必然的にプレイ時間も少なくなったことが考えられる。
同クラブに所属する学生の親は当初「所詮ゲーム」との認識があり、いい顔はしなかったが、リーグ開催などがきっかけとなり、eスポーツを見る目も変わり、支援モードになったとのこと。
eスポーツプレイヤーは成績が高い?学業促すeスポーツ
eスポーツクラブやリーグ参加を学校のアクティビティに取り入れることは、学生のコミュニケーション能力向上だけでなく、いくつかの恩恵をもたらす可能性がある。
学生の本分である学業の向上もその1つ。
eスポーツクラブを創設し、州や全米リーグに参加する高校では、クラブ参加やリーグ参加にいくつかの条件を設けている。その条件の1つが、一定以上の成績を得ていること。
カリフォルニア州オレンジ郡・教育部のトム・ターナー氏がサンディエゴ・ユニオン・トリビューン紙に語ったところでは、eスポーツクラブを持つ高校では、クラブに所属する学生たちの成績や出席率が向上しているという。
米スポーツネットワーク企業Big Ten Networkのエリン・ハルベゴ氏がNPRに語ったところでは、大学のeスポーツプレイヤーはSTEM専攻が多く、その多くが平均より高いGPA(成績)を持つ傾向があるとのことだ。
現在、米国ではeスポーツで好成績を残した高校生に対し奨学金を与える大学が170校以上となり、その総額は1,600万ドル(約17億円)に達したといわれている。
eスポーツ産業の拡大に伴い、関連人材の需要も高まることが想定される。進学やスキル向上を見据え、eスポーツに取り組む高校生は少なくないはずだ。米国の高校eスポーツはこの先一層の活気を帯びることになるだろう。
文:細谷元(Livit)