コロナ収束後、アジア人材市場で起こる「意外な変化」 マレーシア・ミレニアル世代は起業に高い関心?

多くの人命を奪っているだけでなく、甚大な経済損失をもたらしている新型コロナウイルス・パンデミック。感染者数の増加と共に経済へのダメージも増加する一方と今なお懸念は止まらない。

世界経済が混乱している中で、今後復興の立役者となるミレニアル世代、なかでもアジアのミレニアル世代はこの状況をどのように受け止めているのだろうか。

深刻な世界経済へのダメージ

世界銀行が6月に発表した報告書(The Global Economic Outlook)によると、コロナウイルスの感染拡大による経済のダメージは、各国政府のかつてない規模での財政的支援策や努力にもかかわらず、過去最大の傷跡を残す結果になるだろうと予測している。

2020年の世界経済予測でGDPは5.2%のマイナス成長と、2009年の金融危機以来のマイナス、さらに2009年のマイナス数値1.9%を大幅に上回るとされている。さらに、現在起きている失業や学校の閉校措置による将来の人材不足、世界貿易やサプライチェーンの断絶によるダメージは長期的な影響を及ぼすとの懸念もある。

世界経済成長率(2020-2021は予測・EMDEs=新興・途上国)出典:世界銀行

特に先進国の経済成長率は7%のマイナスを見込んでおり、その波及を受ける新興国・途上国の経済は2.5%のマイナス。少なくとも過去60年間で最大の落ち込みとなる予測だ。

世銀は現在の制限措置が2020年半ばで解除され、状況が収束すれば2021年の成長率は4.2%にまで回復するというシナリオを「楽観的シナリオ」としており、パンデミックが長引き制限措置や経済の停滞が世界により拡大した場合には2020年のマイナス成長率は8%にまで拡大するだろうとしている。

ダメージを抑え成長する可能性のある東アジア・オセアニア

世界中に悲観的なデータや予測が飛び交う中、成長率をわずかながら0.5%プラスに保っているのが東アジア・オセアニア地域だ。1967年以来の最低の成長率ではあるものの、このエリアにおける成長幅が若干残っていることがわかる。

ただし、マレーシアはフィリピンやタイと並んで2020年の経済活動の低下は最大の下げ幅となるマイナス3.1%の予測。国内での外出や経済活動制限措置による観光業や輸出入、生産業の停滞と金融市場からの波及によるものだ。

ところが現地の大手人材会社ランスタッド(Randstad)社が3月に実施した調査結果は興味深いものになった。マレーシアのミレニアル世代のうち56%が起業のために現在の仕事を辞める、と回答したのだ。

起業のためなら退職できる

55歳から67歳までのグループでは起業のために現在の会社を辞めると回答した人が28%と低めの数字であるが、定年退職前後にあたるこの年齢グループで、これほどの割合の人たちが起業を念頭に描き、現在の仕事を辞めても良いとしているのは驚きの数字ともいえる。全体を平均すると実にマレーシア人の49%が起業しても良いと考えている。

この調査結果について、同社のマネージング・ディレクターは「ミレニアル世代の数字が高いのは、経済的なしばりが比較的少ないため。より起業を考えやすい環境にあるから」と分析している。

この意識調査はマレーシアのほかに、中国本土、香港、シンガポールでも実施された。起業のために現在の職を辞めても良いと回答した人たちは全世代平均値で、中国本土が50%とマレーシアをわずかに上回ったものの、香港が37%、シンガポールが41%の水準だった。

ではマレーシアの労働者は現在の仕事に満足していないのか、というとそうとも言えない。

同調査で「現在の職で自分は価値があり感謝されていると感じている」と答えた人たちが85%、ミレニアル世代で見ると平均値以上の86%がそう感じると答えているうえ、自身の労働に見合った給料が支払われていると感じているミレニアルが75%、職を失わないためには再び研修を受けることを厭わない、とした人は90%にも上っているからだ。

つまり、起業する気は満々な一方で、現在の仕事に強い不満はなく、失業するのは嫌だと考えているのだ。

このマレーシアでの「現在の仕事に対する満足度」は香港やシンガポールの調査と比べても高く、現在の給料に満足しているとした人は香港で61%、シンガポールでわずか63%という結果からもマレーシアの人たちの満足度は際立って高いといえる。

大打撃を受けた起業家たち

一方でこんなデータもある。国連開発(UNDP)とシティ・ファウンデーションが共催する、若者のソーシャルイノベーションと起業を支援するプログラム「Youth Co:Lab」が、今年3月にアジア・太平洋州の18カ国にある410人の若い起業家へ実施した調査結果だ。

それによると86%の起業家が、今回のパンデミックによりネガティブな影響が出たと回答。そのうち3人に1人が事業に大きく影響を受け、4人に1人は完全に事業を停止したと答えている。

例えば、マレーシアのケータリング会社は「シェフが隔離され、予約はキャンセル、投資が凍結、共同出資者は立ち往生している」状況で、ビジネスを保留せざるを得なくなったと語っている。

経営悪化の理由は、顧客の減少(86%)、仕入れの停滞(34%)、政府関連事業の滞り(26%)、流通障害(25%)に直面しているから。なかでも最も影響を受けた分野は、消費者製品、観光業、アート、イベントとホスピタリティで、影響が少なかった分野はテクノロジー、テレコミュニケーションと教育部門であった。

スタートアップの体制が整ったマレーシア

MEDC(マレーシア・デジタル経済公社)ホームページ 

起業のために現在の仕事を辞めるとしていたマレーシアのミレニアル世代は、76%が起業家になることによってより多くの機会に恵まれるとしており、Z世代に至っては82%が同じように感じている。この起業家への高い関心の背景には、マレーシア政府の後押しもある。

スタートアップや起業とは一見縁遠いイメージがあるASEAN諸国だが、マレーシアやタイはシンガポールに続く経済発展を遂げている。特にマレーシアは2018年の世銀調査で「ビジネスのしやすい国」の24位にランクインし、良好なビジネス環境があると認識されており、またスタートアップに対する政府の厚遇が国民に浸透していることもその要因の一つ。

特にハイテク分野におけるスタートアップには、法人税の10年間免税措置や、外国人へのビザを発行し、外資の100%出資を認めているなど支援策がある。その上、政府が安価なコワーキングスペースを提供し、積極的なセミナー活動の支援をするなど起業家にはうれしい条件が整っているのだ。

こうしたマレーシアのスタートアップのビジネス・エコシステムは、学校や公立組織、一般企業、コミュニティが一体となって形成されている。

例えば学生は在学中から、起業の可能性を探ることが出来る。アイディアが固まればその道の専門家や投資家とのマッチング支援が受けられ、実際の市場で安全に商品やサービスの「試運転」をすることが可能なエコシステムがある。

またこうしたシステムを利用することによって、学生や若い世代は新しい経験を通じて、人とのコミュニケーション能力やネゴシエーション・スキルなどといった社会人に必要な技量を身に付けることが出来るため、卒業後の就職活動や面接にも良い効果があると考えられている。

既存企業の課題は人材確保

一方で彼らの起業へのパッションは同時に、雇用側にとっては頭痛の種にもなり得る。

それは人材の確保問題だ。新卒で将来有望な社員を採用したとしても、有能でエネルギーに満ちた社員ほど起業への気持ちが高まり退職してしまいがちだ。こうした社員をいかに維持できるか、また同様に有能な新入社員をどう確保していくか、企業側の努力が問われる。

前述ランスタッド社のマネージング ・ディレクター は「企業側は社員の期待に沿うよう、就業環境を改善したり、ミレニアルが重要視する『ブランド力』について理解を深め、彼らが企業と共に成長できると感じられるような努力が必要だ」と提唱している。

ミレニアル世代、Z世代は常にデジタルスキルのアップデートをしており、このペースに企業側が合わせて行かなければ、転職者が増える。この世代の人材確保は非常に難しくなるだろうと警告している。

新型コロナウイルスの感染拡大が止まらず、世界全体が悲観的なムードに包まれている今、これからを担っていくミレニアル世代の楽観的な展望はたくましく思える。国や組織が勢いあるこの世代を支援し、彼らが活躍できる場をサポートする仕組みづくりをすることによって、これまでになかったほどにダメージを受けた経済がこれまでになかったほどに急回復するかもしれない。

そのためにも感染拡大が落ち着きを見せ、さまざまな制限措置が解かれる日が1日も早く来るよう願っている。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit

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