野菜などの生鮮食品の原産地表示はもはや常識になった。加工食品の原材料もしかり。消費者がサプライチェーンの透明性を求めるようになり、その傾向は食品からアパレルや化粧品、トイレタリーなど、多岐にわたる商品分野に広がってきた。

この消費者トレンドを無視するかのように、旧態然としているのが、フレグランス業界だ。時代に後れを取る同業界に物申すと2019年に誕生したのが、フレグランスブランドの「ヘンリー・ローズ」。米国女優ミッシェル・ファイファーが立ち上げた。

ヘンリー・ローズは製造工程上の透明性を徹底し、環境・倫理面に優れたアイテムであることを証明する認証2つを携え、既存のブランドによるものとは一線を画す。フレグランス業界の希望の星といっていいだろう。

フレグランス業界は「ミステリアス」? それとも「謎だらけ」?

フレグランス業界といえば、華やかなイメージがある。しかし販売慣行についていえば、良くいえば「ミステリアス」、悪くいえば「謎だらけ」というのが、正直なところだろう。

香水のボックスに書かれた原材料名を見ていくと、難しい化学物質名の中に、理解できる言葉が。「Parfum/Fragrance(香料)」という表示だ。しかし、よく考えてみれば、あいまいな言葉だ。一体これは何を意味するのか、具体的には何なのか、一般消費者は知る由もない。

しかし、香水を使うのであれば、「香料」とひとまとめにされたこの情報の中身を知っているべきだ。というのは、発がん性、生殖毒性、神経毒物など、危険性が指摘される化学物質が、「香料」の1つとして入っている可能性があるからだ。「Parfum/Fragrance」という、ソフトな言葉の響きにだまされてはいけない。

例えば米国では、ブランドは香水の原材料となる物質の情報を一般に開示する義務はない。そのため、詳細を書かずに「Parfum/Fragrance」のまま、まかり通っているわけだ。

医療品規制や食の安全を管理している、米国食品医薬品局(FDA)であれば、何らかの規則を設けてもいいはず。しかし、香水を含む化粧品に関する権限をFDAに与える法律にそんな記述はない。

つまり米国には国家単位、州単位を問わず、フレグランス業界を取り締まる規制は存在しない。

それでもまったく規制がないわけではない。フレグランス業界自体ともいえる、世界的にフレグランス業界を管理する、国際香粧品香料協会(IFRA)が担当しているからだ。スイスに本拠地を置き、自主的に業界の安全基準を設けている。自らの業界に甘くしようと思えば、幾らでも甘くできる状況だ。

おまけに専門家同士による香水の相互評価が行われる頻度は低く、基準作りに用いられるデータも過去のものの流用が多いという。

香水の原材料の詳細データを所有しているにも関わらず、すべてを一般公開しているわけではない。

化粧品や生活用品における有毒化学物質に警鐘を鳴らす米国NPO、ウィメンズ・ヴォイセズ・フォー・アースが2018年に発表した報告書によれば、香水・香料に含まれる物質の3分の1が、有害な化学物質の可能性があると指摘されている。

ヘンリー・ローズの香水は50ミリリットル入りが120USドル(約1万3,000円)、8ミリリットル入りが50USドル(約5,400円)
(ヘンリー・ローズのフェイスブックより。Photo: whollybeautiful)

ヘンリー・ローズは隠すことなく、すべての原材料をウェブ上で公表

フレグランス業界に警鐘を鳴らすのが、ヘンリー・ローズを立ち上げ、香水作りをする大きな理由であったミッシェルは、香水作りのための原料集めから、顧客が香水を使い終わるまで、配慮を怠らない。

ヘンリー・ローズの香水はすべて、原材料を1つももらさず、ウェブサイト上に掲載し、透明性を徹底的に追求している。これができるのは、米国の2つの認証団体の協力のおかげだ。

エンバイロンメント・ワーキング・グループス(EWG)は、商品の安全性、透明性、製造規範において優れているかどうかを確認・認定する環境NPOだ。認証を行う対象の一分野に、香水を含むパーソナルケア商品がある。

また、サーキュラーエコノミーを目指し、よりサステナブルで安全な商品製造を促すのが、クレードル・トゥ・クレードル・プロダクツ・イノベーション・インスティチュートだ。

クレードル・トゥ・クレードルの認証は、商品の環境面・倫理面に焦点を当てるもので、ベーシックから銅、銀、金、プラチナまでの5段階で評価される。

ヘンリー・ローズが2組織の基準を用い、約3,000種類ある香水の原材料から、安全性が確認された約300のみを調香。300種類だけで、多様で深みがある香りを創り出すのは難しいといわれる中、ヘンリー・ローズは見事にオリジナリティあふれる香水を生み出している。

ヘンリー・ローズはこうした努力を評価され、「EWG」 「クレードル・トゥ・クレードル」金賞という認証を受けている。香水ではヘンリー・ローズが初めてという快挙だ。

サステナビリティの追求も怠らない。香水のボトルは90%リサイクル素材製だ。使用後は100%リサイクルすることができる。キャップの素材である大豆は、サステナブルな方法で育成され、廃棄後は業者を通して堆肥にする。パッケージは段ボール製。言うまでもなく、使用後リサイクルが可能だ。

香水の購入者にも、サーキュラー経済実現に一歩近づくために協力してもらう。香水を受け取った際や、使い終わった後、正しく分別し、リサイクに回せるものは回してほしいと、購入者に呼びかける。

さらにヘンリー・ローズは、社会責任を負うことにも積極的だ。ウッディノートを香水に与えるベチバーを産出する、ハイチに収益の一部を還元している。ベチバーの収穫時期は12~18カ月に1度と間隔が空くため、人々がその間に必要とする収入を補っているのだ。

ベチバー農家が自ら起業したり、ビジネスを拡大する際の回転ローン・プログラムを通した支援も行う。ハイチの地元経済の強化に加え、ハイチ政府による識字クラスもサポート。読み書きできる人材の育成に努める。

全香水を試すための「ディスカバリー・セット」は各々1.5ミリリットル入り。6種類で25USドル (約2,700円) だ
(ヘンリー・ローズのフェイスブックより)

洗練された香りとシンプルなルックは、ほかのブランドにひけを取らない

ヘンリー・ローズは、危険な化学物質が含まれておらず、すべてにおいて透明性が高いだけの香水ではない。ほかのブランドのものにひけを取らない、洗練された雰囲気と香りをも持ち合わせている。

今年に入ってから1種類増え、現在香水は6種類ある。

●「クィーンズ&モンスターズ」
ビターレモンの枝葉から採れる、フレッシュなプチグレインと滑らかなビャクダンの香りが相まった、リッチなウッディノート

●「ダーク・イズ・ナイト」
エキゾチックで土の香りも感じさせる、パチョリのウッディノートと、バニラビーンズの豊かさが調和した、退廃さを感じさせる仕上がり

●「ラスト・ライト」
フローラル・ノートが、ムスクとパチョリと出合い、スムーズなウッディノートを醸し出す

●「トーン」
土のような香りのベチバーとバニラビーンズの濃厚な香りで、スパイシーかつフローラル 

●「フォッグ」
ほんのりと漂う、しっとり濡れた土のような香りを持つベチバーと、柔らかなムスクが相まって、両方のバランスが取れたフレッシュさを生み出す

●「ジェイクス・ハウス」
ハニーネロリと水のようなクリーンな清々しさが出合い、フィニッシュは軽くてクリーンなムスクの香り

今のところ、商品の送付は米国本土とカナダのみに限られるのは残念だ。

若いころから、父親が使っていたメンズフレグランスに興味があったというミッシェル。市場の大半を占める、有名ブランドの香水はほとんどが女性らしさや、男性らしさを強調するものだ。ヘンリー・ローズの6種類の香水は違う。すべてが性別に関わらず楽しめるユニセックス向けだ。

ミッシェルは、ファッションやコスメのトレンドを追うウェブサイト、『アルア』のインタビューで、「いい香りは、いい香り以外の何ものでもないわ。男性がつけても素敵だし、女性がつけても素敵」「もしメンズ用の香り、レディース用の香りというレッテルを貼らなければ、香水と性別を関連づけることはないはず。香りを性別ではなくて、身につける人と結びつけると思うのよ」と話す。

香水は、つける人の人となりと捉えることもできそうだ。

2020年4月初旬 時点の情報です。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit