フェイスブックが6,500億円投じたインド企業
このところ新型コロナ関連ニュースの氾濫によって、人々の関心事は目先の問題に向けられがち。長期的視点で世界情勢を考える機会が少なくなっているような印象だ。フェイスブックや大手投資機関がこぞって投資するインド企業Jio Platformsの話題は、長期的視点で世界情勢を見る目を取り戻す手助けとなるかもしれない。
Jio Platformsは、日本では話題になることが少ないインド企業であるが、今後10〜20年後の世界を見据え、先見の明のある企業や投資会社が多額の資金を注入している。
直近で話題となったのは、米投資会社KKRによる大型投資。2020年5月末、KKRは約16億ドル(約1,700億円)をJio Platformsに投資し、2.32%の株式を取得したと発表。これに続く6月には、アラブ首長国連邦の政府系ファンドMubadala Investment Companyが12億ドルを投じ、株式1.85%を取得している。
これらに先立ちJio Platforms投資の先陣を切ったのがフェイスブックだ。2020年4月に、61億ドル(約6,500億円)を投じ、Jio Platforms株9.99%を取得したことを明らかにしたのだ。少数株主としては、最大の取得率となる。
伸びしろ大きなインドのデジタル産業
このJio Platformsとはどのような企業なのか。
インドGDPの10%に相当する規模といわれる同国3大財閥。その一角であるリラインス・グループが2019年11月に創設したデジタルサービスを統括する完全子会社だ。インド最大のネットワークプロバイダJioやリラインス・グループの各デジタル事業を傘下に持つ。時価総額はインドで4番目の大きさに達したと報じられている。
Jio Platforms傘下の各デジタルサービスの規模がすでに非常に大きいことに加え、伸びしろもまだまだ残っていることが投資の魅力になっていると思われる。
ネットワークプロバイダのJioにおいては、2019年末時点の加入者は3億8,800万人。インドにおけるネット普及率やスマホ普及率を鑑みると、まだまだ伸びる余地は残っている。インド・ネットモバイル協会(IAMAI)のデータによると、同国のネット普及率は2019年時点で33%、約4億5,100万人だった。Ciscoの予測では、インドのネット利用者は2023年に9億人と、現在の2倍に増加する見込みだ。
インドは若年層が多い国。現在の人口は約13億5,000万人と推計されているが、人口は増加傾向にあり、2050年には16億5,000万人に達し、中国を抜き世界最大になるという試算もある(US Census Bureau予測)。
Jio Platforms傘下の音楽ストリーミングサービス「JioSaavn」に関する数字も同社の可能性を示すもの。
音楽ストリーミングに関して、英語圏ではSpotifyが幅を利かせているが、インドでは様相が異なる。インドの音楽ストリーミング市場では、国産のJioSaavnとGaanaの2大サービスが人気を博しているのだ。
音楽メディアMusic Business Worldwideが伝えた情報筋の話によると、2019年4月末時点におけるJioSaavnの月間アクティブユーザー数(MAU)は1億400万人、同時点でJioSaavnがインド最大の音楽ストリーミング・プラットフォームだと伝えている。
少子高齢化で労働力失う中国、若年層多く労働力増えるインド
このところインドに関しては、ロックダウン解除による感染者増の話題で持ち切りになっており、インド経済へのネガティブな印象が醸成されている。一方、上記フェイスブックやKKRのJio Platforms投資は、長期的視点でインド経済を見ることの重要性を再確認させる出来事といえるだろう。
数年前からアジア経済/世界経済の中心は中国からインドにシフトするだろうとの議論が持ち上がっている。こうした議論を再考する良いタイミングになるかもしれない。
上記論調の中でよく知られているものの1つがデロイトが2017年9月に発表したレポート「Ageing Tigers, Hidden Dragon」で主張している議論だ。
同レポートは、アジアではこれまで2つの大きな経済成長の波があったと指摘。第1の波は1980年代に日本がけん引した経済成長。第2の波は中国主導の経済成長だ。今まさに、中国企業や中国経済の話題で盛り上がっているところだが、ピークはすでに過ぎており、アジア経済の中心は第3の波としてインドにシフトするだろうとの見立てだ。
経済シフトを起こす要因、それは若い労働力だ。日本と中国はともに高齢化社会を迎え、少子化も相まって、労働人口は大きく減少。日本の労働人口率はかつて70%近くあったが、1990年頃をピークに下降トレンドに入り、現在も下降を継続している。2050年頃には50%近くまで下がる見込みだ。中国も2000年代まで労働人口率は上昇していたが、2007年頃の約73%をピークに下降トレンドに突入、2060年頃には55%まで下がると予想されている。
一方、インドの労働人口率は、日本や中国と反対の動きを見せ、今も上昇を続けている。ピークを迎えるのは2050年頃だ。
各国の国民年齢中央値を見ても、その状況があらわになる。年齢中央値で見た高齢化国別ランキング。1990年代初頭、スウェーデンを抜き世界で最も高齢となった日本。2017年時点の国民年齢中央値は47歳。アジア太平洋諸国おいては、これに香港44歳、韓国42歳、シンガポール41歳、台湾41歳、タイ39歳、中国38歳と続く。
一方、最も若い国は25歳のフィリピン。そしてインドが27歳、インドネシア29歳、マレーシア29歳と続く。
1960〜90年代、日本に続き東アジアの国々が次々に急速な経済発展を遂げ、「東アジアの奇跡」と呼ばれるようになった。その経済成長の奇跡を起こした韓国、台湾、香港、シンガポールは「アジアの虎」と称されるようになった。しかし、これらの国々における労働人口率は、中国と同じ動きを見せ、同様に経済成長の勢いを失っている状況だ。レポートのタイトル「Ageing Tiger」とは、このことを指している。
奇しくも現在インドでは、印中の係争地での小競り合いを発端に、国内で大規模な中国製品のボイコット運動が発生し、今も拡大を続けている。中国製のアプリの削除に加え、スマホなどのハードウェアに関しても中国依存を軽減しようという動きが活発化している。2020年6月16日には、係争地で新たな小競り合いが発生し、インド兵士が3人死亡したとの報道があった。
インドにおける中国製品のボイコット運動はさらに拡大する可能性がある。世界中で中国離れが起こっているといわれているが、インドにおける運動がそれを加速させることも考えられる。今後アジア経済はどのような変化を見せるのか、中国離れとインドシフト、その動向から目が離せない。
文:細谷元(Livit)