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性的暴行被害を受けたジャーナリストの伊藤詩織さんが、事実と異なるイラストで名誉を傷つけられたとして訴訟を起こしている。漫画家のはすみとしこさん等3人に、計770万円の損害賠償と投稿の削除を求めて、東京地裁に提訴したのだ。
伊藤さんは、「TERRACE HOUSE TOKYO2019-2020」(フジテレビ系)に出演していたプロレスラーの木村花さんが、SNSで誹謗中傷を受けて亡くなったことが、急ごうと思った理由だったとしている。
ネット・SNSでの誹謗中傷は社会問題となっており、未成年が加害者になる例も多い。内容によっては罪に問われることもある。未成年の誹謗中傷実態と問われる罪、対策までを解説したい。
ネットで人格が変わる未成年投稿者
未成年が誹謗中傷の加害者になる例は少なくない。筆者も生徒から、「Twitterで自分とわかる悪口を書かれた」「ネットに名誉毀損に当たるデマを書き込まれた」などの相談を受けたことがある。
「ほとんどみんな、悪口を書かれた経験があると思う。アカウントもないのに、LINEやインスタとかでなりすましされてひどいことを書かれてた子もいる」とある中学生女子はいう。「私も小学校時代に書かれて、書いた相手はわかってたから次の日から無視した」
未成年はSNSネイティブであり、普段から利用が多いため、誹謗中傷したりされたりは多くの子が経験があるようだ。
ある男子中学生は、「ネットで知らない他人と口論したり、気に食わない芸能人のことをたたいたりしたことがある」という。驚いたのは、彼がとても穏やかで、普段はどちらかというと物静かで、とてもそんな発言をしそうに見えなかったことだ。
「死ねとか、消えろクソがとかは普通。ネットを前にすると人格が変わる気がする。普段言えないことが言えるし、好き放題書くとすっきりする」と言われ、複雑な気持ちになった。同席していた担任教諭も複雑な顔をしていた。
「芸能人は攻撃してもいい」と“有名税”を肯定
お笑い芸人のスマイリーキクチさんが、「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の実行犯であるとして、まったくの無関係だったにもかかわらず長期間に渡って誹謗中傷された事件は有名だ。
キクチさんに対して誹謗中傷を行ったうち、特に書き込み内容や犯行回数が刑事違反レベルにあると判断された19人が検挙されている。犯人たちの年齢は半数が30代後半だったが、最年少は17歳だった。実に、自分が生まれる前の無関係な事件に対して、執拗に攻撃的な書き込みを繰り返していたというわけだ。驚かされるが、これは特殊な例ではない。
ある大学生は、気に入らない芸能人やタレントには普段からリプライやダイレクトメッセージを送っているという。「才能ないブスのくせに調子に乗るな、早く消えろ」と送ったときには、怒ったタレントからリプライ返しがきたそうだ。「リアクションがきてちょっと嬉しかった」。
「芸能人だから我々より恵まれているはず。非難批判をもらうから大金が稼げているんだと思う。だから、そのくらいは有名税で当然だと思う」。有名税とは、有名であることと引き換えに起きる代償を税金に例えたものだ。相手が著名人の場合、誹謗中傷しても罪悪感をほとんど覚えていない人は多いが、有名人だからといって攻撃しても許されるはずはない。罪に問われる可能性があることを忘れてはならないだろう。
アカウント削除しても個人は特定可能
法務省の「平成30年における『人権侵犯事件』の状況において」によると、インターネット上の人権侵犯情報に関する事件数は平成29年に2,217件と5年連続で過去最高件数を記録した。平成30年も1,910件で、前年に次いで過去2番目に多い件数を記録している。平成20年と比べると約4倍に増えている状態だ。
インターネット上の人権侵犯事件の内訳を見ると、「プライバシー侵害」と「名誉毀損」、つまり誹謗中傷が多くなっており、この2つが全体の79.4%と約8割を占める。
匿名性が高いと、攻撃性が高くなることが知られている。芸能人などの恵まれた環境の人に対して嫉妬したり、一方的な正義感で徹底的に攻撃したり、鬱憤を晴らしたりするために誹謗中傷が行われることが多いようだ。
Twitterなどでは匿名で安全圏から攻撃できるため、特に加害者側に都合よくできている。インターネットを使った誹謗中傷事件は、残念ながら増加傾向にある。しかし、匿名でもネットの書き込みは個人を特定することができる。
誹謗中傷された場合、プロバイダ制限責任法に則って、プロバイダに対して相手の氏名などの情報を開示請求できる。誹謗中傷の書き込みがあったサービスの運営会社に対してIPアドレスを開示請求し、プロバイダに対して契約者情報の開示請求をすることで、書き込んだ人物の氏名・住所などがわかるようになっている。
通常のサービスは3ヶ月程度、Twitterなら一ヶ月程度ログが残る。木村花さんの事件では、誹謗中傷したアカウントが続々削除されたが、実はアカウントを削除しても、アクセスログが残っていたら情報開示請求は可能だ。
どこから誹謗中傷に当たるのか?
先程の大学生に「誹謗中傷と判断されると訴えられることがある」と伝えたところ、「え、このくらいなら大丈夫ですよね?」と言いながら、青くなっていた。実際、どこから誹謗中傷と判断されるのだろうか。
誹謗中傷は、刑事訴訟や民事訴訟の対象となる。刑事訴訟の場合、社会的評価を下げる内容を投稿していれば「名誉毀損罪」や「侮辱罪」に問われる。強く脅していれば「脅迫罪」、書き込みにより業務に支障が出れば「業務妨害罪」などの可能性がある。民事訴訟の場合は、損害賠償請求されることになる。
たとえば名誉毀損罪は、不特定多数が見る場で、具体的な事実を挙げ、社会的評価を下げる内容を投稿している場合に認められる。この場合、3年以下の懲役もしくは禁錮、または50万円以下の罰金刑となる。一方、事実を挙げていない場合は、侮辱罪に当たり、拘留または科料を科せられる可能性がある。
感想や意見などはもちろん問題がなく、違法かどうかは「受忍限度を超えたかどうか」で決まることになる。具体的には、人の社会的評価を著しく下げたり、人格を否定するような内容だったり、書き込みの頻度が著しく高ければ該当することになるだろう。
実際に、未成年が誹謗中傷して逮捕された事例もある。2017年には、滋賀県内の高校男子生徒が(18)をSNSで中傷したとして、無職の少年(19)が名誉毀損の疑いで逮捕されている。男子高校生は、SNS上でなりすましをされて、ウソの内容を書き込んでいると悩んでおり、その後自殺。少年は、「様々な女ユーザーに迷惑行為を行い、最終的にはそんなことをやっていないと逃げ惑っている」などと書き込んでいたという。
問われるモラル、誹謗中傷を書き込むリスクをどう教えるか
木村花さんの事件を受け、Facebook Japan、LINE、Twitter Japan、ByteDanceなどが参加する一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構(SMAJ)は、名誉毀損や侮辱するコンテンツ禁止を利用規約に記載することを発表した。禁止事項についての啓発広報を実施する他、禁止事項等に該当する行為を把握した場合、全部または一部のサービスの利用停止などの措置を徹底するという。
既に述べてきたように、未成年は気軽な気持ちで誹謗中傷してしまっていることが多い。しかし他人を深く傷つける上、罪に問われる可能性がある。
子どもは文章力や読解力が低いことが多いため、トラブルにならずにやり取りするためには十分な練習が必要だ。そもそも話し言葉と同じつもりで書き込んでいることが多いので、話し言葉より書き言葉の方がきつく感じること、他人を傷つける可能性が高いことを教えよう。
子どもには匿名でも個人は特定されること、誹謗中傷は人を深く傷つけること、罪に問われる可能性があることをしっかりと教えてあげてほしい。
文:高橋暁子