「人間・動植物・環境はつながっている」コロナ・感染症の時代を乗り切るコンセプト『ワンヘルス』とは?

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人間・動植物・環境は相互につながりがあるとし、「三者がそろって健康であってこそ、地球全体が繁栄する」とするのが、「ワンヘルス」の考え方だ。人類史上長きにわたり、このコンセプトは存在してきたが、社会に生じたリスクを軽減するための手段として取り上げられるようになったのは、比較的最近だ。

新型コロナウイルスが依然として猛威をふるう中、科学者らは「ワンヘルス」の重要性を強調する。「ワンヘルス」を考慮し、土台として取り入れた社会を早急に構築しなければ、今後も同様のウイルスが頻繁に流行し、今回のような危機に陥ることになると警鐘を鳴らしているのだ。

強みは研究が複数のセクターにまたがって行われること

エボラ出血熱が爆発的に発生した、ウガンダのカクテ村では地元の獣医と米軍所属の看護師とが協働で聞き取り調査を行った © CDC

「ワンヘルス」のコンセプトは、紀元前5世紀~前4世紀に活躍した、ギリシャの医師ヒポクラテスがすでに持っていたそうだ。著作の1つに、「環境要因が人間の健康に影響を与える可能性がある」と記しているからだ。以来この考え方はずっと存在してきた。約50年前に、社会で生じるリスクを軽減する1つの手段として積極的に議論され始めた。

「ワンヘルス」という言葉を初めて使ったのは、米国のウイリアム・カレシュ博士。エボラ出血熱流行の際に「人間・家畜と野生動物・環境を別々に考えることはできない。『ワンヘルス』あるのみだ」という博士のコメントを米『ワシントンポスト』紙が紹介している。

世界保健機関(WHO)、国際獣疫事務局(OIE)、国際連合食糧農業機関(FAO)が共同で、『テイキング・ア・マルティセクトーラル・ワンヘルス・アプローチ』という手引書を2019年に出している。各国で人獣共通感染症の抑制に、「ワンヘルス」を導入するためのガイドだ。人獣共通感染症とは、インフルエンザ、狂犬病、リフトバレー熱などの動物と人間の間で感染する可能性のある病気のこと。

手引書中、「ワンヘルス」を、「複数のセクターにまたがって協調、コミュニケーション、コラボレーションを行い、人間・動物・環境の接点で生じる、三者各々の健康に対する『脅威』に対処するための仕組み」としている。協働するのは、人間の健康を支える医師や看護師、動物の健康を支える獣医や農業従事者、健全な環境を支える環境学者や野生動物研究家といった人々だ。

この「脅威」とは、三者共に影響する「変化」に端を発するものだ。「変化」とは、世界的に人口が増え、居住・活動地域が拡大し、野生動物・家畜と人間との距離が縮まっていることや、動物が衣食住と人間が生活する上でさまざまな役割を担っていること、気候変動・森林伐採・集約農業の実践などの影響で自然環境が変わってきていること、貿易や航空旅行などを通し、人・物品が地球規模でやりとりされていることだ。

国単位で、そして世界がWHOの国際保健規則(2005年)を守り、OIEが策定した動物保健・獣医公衆衛生・人獣共通感染症・動物福祉の国際基準を満たし、健康危機管理を行うために、また国連による持続可能な開発目標と2030アジェンダに貢献するために、「ワンヘルス」のアプローチは大切と考えられている。

WHOや米国疾病予防管理センター(CDC)などは、「ワンヘルス」アプローチの採用が有効な分野として人獣共通感染症の管理のほかに、食品の安全性管理や、抗生物質耐性への対抗策なども挙げている。

「ワンヘルス」アプローチが功を奏した、リフトバレー熱

大雨で洪水を引き起こし、リフトバレー熱を広める蚊が多く孵化した、ケニアはバリンゴ湖の西にある湿地帯 © Doron (CC BY-SA3.0)

CDCが、「ワンヘルス」アプローチを実際採用した中に、1997年に東アフリカで突然発生した人獣共通感染症、リフトバレー熱(RVF)への対応がある。3カ月間で9万人が感染し、500人が死亡。家畜も多くが死んだ。

媒介である蚊に直接刺されたり、感染した動物の血や組織と直接接触したりすると感染する。無症状者がいる一方で、失明や脳炎、出血熱などの深刻な症状が出る人もいた。食料や商品としての価値がある家畜に被害が出て、それが人間生活にも波及した。

東アフリカでRVFが発生するのは、たいてい大洪水を引き起こすような大雨に見舞われた後だ。洪水は、地中の蚊の卵が孵化する絶好の環境を提供する。

大雨の到来を予測できれば、RVFの発生を防ぐ手立てを打つチャンスが生まれる。大雨は、海洋温度の変化が気象パターンに影響して引き起こされることがわかっている。衛星画像を用いて海洋温度の変化を監視するのは、米国航空宇宙局(NASA)だ。NASAのこの情報を利用し、RVFが発生するタイミングを予測。予防に努められるようになった。

CDCの研究員は動物ワクチンを開発し、公衆衛生の専門家が獣医と協働で、家畜への予防接種を進めたところ、家畜も人間も、感染が防げるようになった。

人間がかかる病気の61%、過去10年の間に発見された病気の75%が人獣共通感染症だそう。動物に予防接種をすることは、人間にとっても大切だ © Awadh Mohammed Ba Saleh (CC BY 2.0)

総体的な「ワンヘルス」の利点は多分野に

英国の獣医学や衛生熱帯医学などの研究者が2014年に発表した『ア・レビュー・オブ・ザ・メトリックス・フォー・ワンヘルス・べネフィッツ』という報告書には、「ワンヘルス」を実践するメリットがまとめられている。「ワンヘルス」自体がホリスティックな性質をそなえているだけあり、利点がもたらされる分野も多岐にわたる。

言うまでもなく、健康面と環境面におけるメリットは顕著だ。同報告書によると、健康面でいえば、危険な兆候の早期発見や、時機を得、効果的かつ迅速な対応が可能になること、感染症に関し、改善された、より良く効果的な疾病管理及びバイオセキュリティ対策が可能になること、人間や動物の健康が向上することが挙げられる。

環境面では、生態系に回復力が生まれることや、私たちに野生動植物の保護・環境に配慮する姿勢を身に付けさせてくれること、さらにそれが生態系に恩恵をもたらすことなどがある。

経済的利点もある「ワンヘルス」への投資を

「ワンヘルス」が、人間や動物の健康、環境に良い影響をもたらすことは間違いない。実はそれだけに留まらず、経済面においてもメリットを生み出している。

前述の『ア・レビュー・オブ・ザ・メトリックス・フォー・ワンヘルス・べネフィッツ』によると、例えば、中国における住血吸虫病の緩和プログラムでは、人間の症例検出と罹患率管理、軟体化剤治療、健康教育、サーベイランス、環境管理、家畜管理などの取り組みを統合した結果、効果的な疾病管理の実現に成功したそうだ。おかげで投資額1 USドル(約107円)あたり、6.20 USドル(約666円)の純利益を社会にもたらした計算になるという。

またスペインでのエキノコックス症は犬が主な感染源だった。そこで、住民への疾病リスクに関する教育や、地域で飼われている犬すべてに対する化学療法、野良犬をなくすための安楽死、屠殺場から出る内臓物の衛生的な処理などを行い、緩和を実現した。このケースでは、対策導入後8年目までにかかった費用の回収を完了している。

世界銀行による『「ピープル・パソゲンズ・アンド・アワ・プラネット ボリューム2 エコノミックス・オブ・ワンヘルス』」(2012年)には、人獣共通感染症の予防と抑止を行うための「ワンヘルス」アプローチへの投資は、高い収益を伴う期待通りの利点を得られることが触れられている。

また同じく世界銀行が2018年に発表した報告書、『オペレーショナル・フレームワーク・フォー・ストレンセニング・ヒューマン・アニマル・アンド・エンバイロメンタル・パブリックヘルス・システムズ・アット・ゼア・インターフェイス』には、ハーバード大学の経済学者で元米国財務長官のローレンス・サマーズ氏の言葉が掲載されている。「パンデミックのリスクが高い場合、獣医学や人間の公衆衛生システムへの投資は『人間が行うことができる、最も生産性が高い投資といえるだろう』」――サマーズ氏の「ワンへルス」への評価は高い。

今後増えこそすれ、減ることはないといわれる未知のウイルス感染症の発生。新型コロナウイルスの感染拡大による景気の悪化に、今、各国政府は数兆USドル規模の景気回復策を展開している。しかし、対応策にお金を供出するのであれば、「ワンヘルス」に投資する方がずっと有効だと、サマーズ氏同様、世界の多くの科学者たちが口をそろえる。将来を考えると、「対症療法」を続けるより、「根本治療」に踏み切る方が地球のためになるのではないだろうか。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit

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