“後進国”の日本でeスポーツが急激に進化
東京オリンピックの新種目とされたeスポーツ。世界的に見て、残念ながら日本は後進国の部類に入るが、アメリカではすでに、国がeスポーツを「スポーツ」として認めており、プロゲーマーがスポーツ選手であることは社会的にも認められている。
また、韓国や中国でもeスポーツが非常に発展しており、市場規模も日本とは桁違いだ。
だがこのeスポーツが、コロナ禍において日本でも大きく注目を集め始めている。
国内最大級のeスポーツイベント「RAGE(レイジ)」は、2020年3月、「RAGE Shadowverse 2020 Spring GRAND FINALS powered by SHARP」を実施。これは東京・渋谷のイベント会場で行われた無観客のeスポーツ大会を配信したもので、のべ1万人超もの人がスマートフォンやパソコンで視聴した。
開催されたのは、サイバーエージェント傘下のCygames(サイゲームス)が運営する対戦型オンライントレーディングカードゲーム『Shadowverse』の大会の決勝トーナメント。
通常は観客が観戦するなかでのリアルイベントと、ゲームに特化した動画配信サイト「OPENREC.tv」でのライブ配信を行っているが、今回はコロナ禍であることを考慮し、無観客試合のみに設定。試合の模様はOPENREC.tvと、eスポーツ専用VR施設「V-RAGE」で配信した。
バーチャルでのRAGEは今回が初めてだったが、参加者からのコメントやSNSでの反応を見ると、ゲームの展開や選手の表情はOPENREC.tvで確認する一方、V-RAGEで会場やイベント自体の雰囲気を楽しむユーザーが多かったことがうかがえる。
主催者側は、今後はV-RAGEならではの特徴を生かしたイベントにすべく、さらに機能を強化していきたいと意欲的だ。
錦織圭、八村塁、大坂なおみもeスポーツに参戦
さらにコロナ禍を受けて、現在ではプロスポーツ選手がeスポーツに参戦する動きも目立っている。
アメリカのプロバスケットボールNBAでは、ワシントン・ウィザーズの八村塁ら各選手が参加して、4月にバスケットボールゲーム「NBA 2K20」を使った「NBA 2Kプレイヤートーナメント」を開催。
ブルックリン・ネッツのケビン・デュラント選手、アトランタ・ホークスのトレイ・ヤング選手を含む、現役NBA選手16名が、Xbox One版「NBA 2K20」上で対決した。
新型コロナウイルスによる被害救済のための10万ドルの寄付先を優勝選手が決定するという内容で、地上波のスポーツ番組などでも広く取り上げられ注目を集めた。
また、4月末には錦織圭選手らプロテニスプレーヤーが参加したオンライントーナメント「マドリードオープンテニス バーチャルプロ」が開催。
これは5月の開催が中止されたマドリード・オープンの主催者が代替大会として開催したものであり、テニスゲーム「テニス ワールド ツアー」が使用された。
5月には、セレナとビーナスのウイリアムズ姉妹、大坂なおみ選手、錦織圭選手、マリア・シャラポワ選手を含む8人のトップテニスに加え、ミュージシャンのスティーヴ・アオキ、モデルのヘイリー・ビーバーらも参加したチャリティー大会「ステイアットホーム・スラム」を実施。
この大会はNintendo Switch用テニスゲームの「マリオテニス エース」を使用し、参加者はそれぞれ自宅からプレーした。
参加者はそれぞれが指定した慈善団体に2万5,000ドルを寄付し、優勝者にはさらに100万ドルが寄付のために送られるという仕組み。
賞金のすべてが新型コロナウイルス感染症対策のための基金に寄付されるという趣旨は、社会的にも非常に高く評価され、そうした試合がゲームを通して行われたことにより、改めてゲームの価値が見直される結果となった。
さらに、モータースポーツの分野においてもeスポーツは急速に進化しており、現役ドライバーやレジェンドドライバーたちがeスポーツの大会に参戦。
そのなかでも最も注目なのが、「F1 eスポーツ・バーチャル・グランプリ」だ。 これは、F1の公式ゲーム「F1 2019」を使って行われており、シャルル・ルクレール(フェラーリ)やアレクサンダー・アルボン(レッドブル)、カルロス・サインツJr.(マクラーレン)など、現役F1ドライバーが参戦した。
その他、サッカー選手やプロゴルファー、そしてユーチューバーなども参加しており、本来ならばレースが行なわれる予定だった週末にイベントを設定。その模様はYouTubeなどで生配信され、世界で大きな反響を呼んでいる。
一方、日本でもeスポーツは注目を集め始めている。
コロナ禍によりプロ野球の開幕戦が延期されたことを受け、その代替として「プロ野球”バーチャル”開幕戦 2020」が開催。
これはNPB(日本野球機構)とコナミの共催によるもので、コナミの人気野球ゲーム「実況パワフルプロ野球」を用いて、「eBASEBALL プロリーグ」2019シーズンで活躍した12球団の代表プロプレイヤーたちが、開幕後に予定されていたカードで対戦した。
コロナ禍で評価が一変。WHOが見直したeスポーツの可能性
スポーツには「見る」「行う」「支える」など、さまざまな関わり方があるが、eスポーツをはじめとしたゲームのプレー動画は、ただ「見る」だけでも楽しいものだ。
これまで、屋内でゲームをすることには、それがどのようなゲームであっても、少なからず批判の目が向けられていた。
2019年5月、世界保健機関(WHO)はゲームのやり過ぎで日常生活が困難になる「ゲーム障害」を国際疾病として正式に認定。
スマートフォンなどの普及でゲーム依存の問題が深刻化している現状から、ゲーム障害をギャンブル依存症などと同じ精神疾患と位置付け、治療研究や世界の患者数の把握を後押ししていく構えを見せた。
だが現在、WHOはその姿勢をくつがえすような態度を見せている。「ゲーム障害」を国際疾病として認定する新基準は2022年1月から発効する予定だが、それを待たずしてWHOは、このコロナ禍において、世界のゲーム関連企業が提唱している「#PlayApartTogether(#離れていっしょに遊ぼう)」キャンペーンを、共に推奨するようになっている。つまりWHOは、1年も経たないうちに評価を改めてしまったのだ。
2020年6月23日、森永製菓はeスポーツ選手の指導を支援することを発表。従来、スポーツ選手のトレーニング指導を手がけてきた同社だが、今回、新たにeスポーツ選手の肉体強化に乗り出すことを決めた。
同社はすでに3人のプロをサポートしており、カードゲーム専門のあぐのむ選手は、フィジカルを鍛えることがゲームにも生きると考え、筋トレや食生活の見直しに着手。その結果、体幹が鍛えられたことで猫背が矯正されるとともに、頸椎の変形(いわゆるストレートネック)から起こる頭痛が改善。結果的に体調不良がなくなり、ゲーム練習が質・量ともに向上したという。
2019年、eスポーツの日本市場は60億円を突破しており、経済産業省は25年に3,000億円程度の経済効果創出を目指している。このような状況を考えれば、これまで“リアル”なアスリートをサポートしてきた企業がeスポーツ選手に注目する流れは、今後も間違いなく増えるだろう。
スポーツ選手のトレーニング指導を手がけてきた各社の知見がeスポーツ選手に向けられれば、eスポーツが示す健康増進への可能性が、ますます注目度を高めるのは確実だ。
eスポーツが見出す新たなゲームと健康の可能性
今後、eスポーツは決して一部の“ゲーマー”や、リアルな試合を行うことができないアスリートだけの話ではなくなってくるのは確実だ。
事実、eスポーツによる企業対抗戦も盛り上がりを見せ始めており、社内の結束を深める機会として、社員が参加してオンライン大会を開催する企業もある。確かに、WHOはゲーム障害を国際疾病として認定した。
それを受けて、2020年4月、香川県では「ネット・ゲーム依存症対策条例」が施行され、18歳未満の子どもはゲームのプレイ時間が1日に60分まで、という目安が定められた。
しかし、ゲームと健康の関係性は時代によって大きく変化し、視点によっても結論が異なってくる。さまざまな要因が複雑に絡み合い、未来を予測しづらいコロナ禍では、そうした多元性を受け入れることが必要であり、「ゲームは必ずしも健康を害するものではなく、使われ方によっては、社会的意義が高くなる」というように、認識を改める人も増えるだろう。
そうした事情を考慮すれば、今後、日本ではeスポーツがますます伸び、新たな市場が開拓されていくことは間違いない。
文:鈴木博子