コロナパンデミックが変えるオフィスと都市のデザイン。オープンスペースの終焉、分散するオフィス街

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まだ未知の部分が多い新興感染症、新型コロナ。感染が急拡大した都市と、ある程度制御できた都市を何がわけたのか、その要因はまだ研究の過程にある。

しかし、少なくとも、人と人との距離が感染の制御において重要だという認識は各国で共有され、対人距離を十分に保つ「ソーシャルディスタンシング(社会的距離)」という言葉が世界中で使われるようになった。

日本では特に、密閉空間、密集場所、密接場面の3条件が重なる場所、つまり人との距離が近いことに加え、「多数の人がいる換気の悪い屋内空間」に行かないこと、またそのような状況を作らないことが、感染拡大を食い止めるための行動指針として示された。

このように、感染増につながる主要要因は「人口密度」ではなく、建物内の「内部密度」が重要だという専門家は多い。しかし、内部密度が高くなりがちな場所には、オフィス、病院、公共交通機関や駅など、長期にわたって避け続けるのが困難な場所もある。

ワクチンや特効薬ができるまで、このウイルスとの共存を続ける必要があることが認識された今、このような施設を少しでも安全な場所に変えるためには何ができるのだろうか?

リモートワークや時差通勤などの行動変容はその手段の一つだが、長期的な視点で変わることが求められているのが、都市、そして建物の構造とデザインだ。

感染症の時代とも言われる現代。都市、そしてオフィスは、急速な社会の変化にどのように応えようとしているのだろうか。

ウイルスと共存する社会への対応を迫られる都市デザイン 

これまでも都市や建築物は様々な災害に対処できるよう進化してきた。それには疫病も含まれており、歴史を振り返ると、都市計画が、いかに伝染病のコントロールに大きな役割を果たしていたかには驚かされる。

産業革命期では、チフスやコレラといった経口感染する疾病が社会問題となり、下水道を整備することがその解決に大きな役割を担った。

しかし現代の都市は、新型コロナのような飛沫感染する感染症のパンデミックに十分備えられるようには作られておらず、内部密度が高くなる場所が多数みられることが多い。たとえば、ソウルで発生した集団感染は、高層ビルの1階にある混雑したオープンオフィスで起きた。

大都市には内部密度が高くなりやすい場所が多く存在する  PIXABAYより

そんな都市の中で、まず変化が求められているのは、オフィス街の在り方だ。

ICTの進化や働き方改革に伴って、働く場所を多拠点にわける「分散型オフィス」という考え方がかねてより提唱されていたが、感染症に対するリスク管理においても、その有用性があらためて認識されつつある。

オフィス街の大きな本社ビルに社員を集中させるのではなく、働く場所を多拠点化することで、オフィスの内部密度だけでなく、昼食時の飲食店の混雑や、公共交通機関、駅の混雑を緩和できる可能性があるからだ。

また、公共交通の代替手段としての自転車活用のための街づくり、たとえば自転車専用路の整備やコミュニティサイクルの配置で、駅や交通機関内の利用者をできるだけ減らすという取り組みも検討されるようになっている。

どちらも新型コロナ前から、街づくりの一環として行われてきたことではあるが、これまでは環境問題や働き方改革という文脈で語られてきた取り組みだった。しかし、今は、感染症のコントロールという観点からもその有用性が議論されるようになっている。

内部密度だけでなく、パンデミックによって発生する様々な課題にも、都市は対応を求められている。

感染拡大に伴い、ロンドンや武漢では大規模な仮設病院が作られ、ロックダウンの最中には、各国で鬱症状の悪化や依存症、家庭内暴力の増加が報じられたが、これからは仮設病院の設置スペースや、住民の心身の健康にとって重要な住居エリアに密接した緑地スペースの確保が、都市のデザインにおいて考慮される必要があるだろう。

「見えない」都市機能も変化を求められている。たとえば、感染の広がりを可視化するため、下水から細菌やウイルスを検出するセンサーはこれまでもノロウイルスなどの感染症対策として研究されてきたが、パンデミックにより、このようなIoTの活用が、より多くの都市において検討されるかもしれない。

感染管理のため「病院化」が求められるオフィスデザイン

都市だけなく、オフィスデザインも、より公衆衛生上の安全を重視する方向へと変化することを求められている。

間仕切りのないオープンスペースのワークプレイスは、コストが低く、社員の活発な交流にも寄与するとして、これまで多くのオフィスに取り入れられてきた。しかし、韓国でのクラスター事例からわかるように、多数の社員が同じ空間で働くことは、パンデミック下では大きなリスクを伴う。

パンデミック下で進むハドルルームの活用 PIXABAYより

そのため、小規模でプライベートなオフィススペースがこれまでになく求められるようになっている。

例えば、小規模会議室「ハドルルーム」は、オープンスペースにプライベートなディスカッションの空間を設けるために取り入れる会社が最近増えていたが、パンデミック下では、オフィス内の同じ空間で多数の社員が働くのを避けるという目的で活用されている。

長期化するパンデミックの中で、さらに抜本的なオフィスデザインの変化が今後求められると、清掃、除菌がしやすく、安全な空気の流れの確保ができる構造とデザインを追求することとなり、すなわち、オフィスのデザインは「病院化」していくという可能性が示唆されている。

病院のデザインではこれまでも、疫学と設計、建築工学両方の観点から、感染症の広がりを防ぐ様々な工夫がなされてきた。そのような知見を持つデザインや建築の専門家が、これからは一般のオフィスにも必要とされていくのかもしれない。

手洗い場へのアクセスが感染制御において重要となる  PIXABAYより

スタッフの行動軌跡調査・分析を行った上で、手洗い設備を利用しやすい場所に配置し、手洗いの徹底につなげる、顔に触ることを避けるため、鏡やガラスをできるだけ設置しない、といった病院でこれまで培われてきた知見が、オフィスにも有用なものとなる。 

そして都市と同様に、オフィスにおいても「見えない」部分の進化も求められている。すでに病院では、手でスイッチや壁に触れることを避けるための非接触システム、室内の空気の流れの分析を行う数値流体シミュレーションといった技術が幅広く使われているが、オフィスにおいても、このような技術のニーズは高まるだろう。

いまだ終息がみえない新型コロナへの対処はもちろんのこと、これからがパンデミックの時代になるのであれば、私たちの行動変容に加え、街や建物をウイルスや細菌に対して、可能な限り安全な場所へと変えていく努力は避けられない。

仮に新型コロナが終息し、その後、危険な感染症の拡大が幸運にも起きない時期が長く続くとしても、飛沫感染対策がなされた都市やオフィスは、風邪やインフルエンザの感染者を減らし、労働生産性向上や医療費の削減といったメリットが得られる。また、妊婦やがん患者といった多様な人が働き続けやすい環境づくりにもなるだろう。

今、これまでになく強く求められている感染症に強い街、そしてオフィスづくり。医療の専門家だけでなく、都市計画、建築やデザイン、そしてIoTなどの各種テクノロジーの専門家の活躍が期待されている。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit

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