LGBTや同性婚にまつわる法整備、及び女性活躍推進の遅れが目立ち、GGI(Gender Gap Index:ジェンダーギャップ指数)ランキングでは153か国中121位と、ジェンダー問題について課題が多い日本。

多様性を認める風潮は年々高まっているように見えるものの、当事者のリアルな悩みを理解している人は少ないだろう。

そこで今回は、1989年に世界で初めて登録パートナーシップ制度を導入したLGBT先進国・デンマークで働くデンマーク人男性、オノ・フォラスさん(27歳)にインタビュー。物心ついたときからゲイを自覚し、生きてきたという彼に、当事者の視点で考える「LGBTの人たちが働きやすい職場」について聞いた。

〜オノ・フォラスさん プロフィール〜
デンマークの国家公務員(エネルギー庁)勤務。コペンハーゲン大学大学院修士課程(政治学・国際関係論専攻)卒業。北ドイツのデンマーク少数民族出身で、18歳のとき、ドイツからデンマークに移り住み、現在は彼氏のマルテさんと一緒にコペンハーゲン市に在住。10代の頃から日本語を勉強し、在日デンマーク大使館でのインターン経験がある。副職として日本語教師の顔も持つ。
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約8割が満足。LGBTを取り巻くデンマークの職場環境

—— デンマークでは、2012年に同性婚にまつわる法律が可決されていますよね。デンマークをはじめとした北欧が「LGBT先進国」と言われる所以は、法整備が整っている影響が大きいのでしょうか?

それも、一つの大きな要因だと思います。近年、デンマークでは平等担当大臣が、LGBTをはじめとした平等分野の問題に対して解決策を講じたり、関連する活動・プロジェクトを実施、あるいは支援したりして、ジェンダーの課題を解決に導いてきました。2017年からは、その動きがさらに加速しています。

2019年8月に、平等担当大臣からの調査依頼でデンマークの研究機関が発表した数字がとても興味深かったので、ぜひ紹介させてください。

<デンマークで働くLGBT約1,400人への調査結果>

78%・・・職場での幸福度が高いと回答

69%・・・職場でカミングアウト済(LGBTを隠していない)と回答

27%・・・職場で性的指向をオープンにすることが「ある程度ならできる」「あまりできない」「まったくできない」と回答

8%・・・職場で性的指向による差別にあったことがあると回答

この結果を受け、平等大臣は「カミングアウトできていない」31%の数字に着目し、「まだ目標を達成していない」と発言。大臣は、すべてのLGBTがカミングアウトできる社会でなければいけないと考えるからです。

それでも、近年のLGBTの生活状況改善に向けた取り組みの影響もあり、過半数以上の人が職場で過ごしやすいと感じられるまでに改善されているようです。私自身も、インターン期間を含めてすべての職場でゲイであることをカミングアウトしています。

—— 8割近いLGBTの人が「職場での幸福度が高い」と感じているということは、周囲のデンマーク人たちに多様性を受け入れるマインドが備わっているのだろうと察します。柔軟なマインドはどのように育まれたと思いますか?

デンマーク人は、基本的に人の生活に善し悪しをつけない個人主義の国なんです。例えば、政治家が浮気をしたとしても、それが辞任にはつながらないと思います。浮気は私生活の問題であり、仕事の才能や能力の問題ではないからです。他人の生活に口出しするのはタブーという価値観が古くからあります。

さらに、同性婚の法律が整備されたり、LGBTの権利向上を目指すプライドパレードが毎年開催されたりすることで、よりLGBTを受け入れる風潮が高まってきているように感じます。

©Tanya Randstoft

毎年、夏に行われるプライドパレードは大きな盛り上がりを見せており、2019年には約4万人がパレードに参加しました。道沿いでパレードを観ていた観客は30万人にも上ります。

©Kenni Flink Gosmann

さらに、自宅の窓から手を振って参加した人もいますし、首都の住民はほとんどの人が目にしたのではないかと思います。近年は首相がパレードに参加することもあり、コペンハーゲンではLGBTが広く受け入れられている印象ですね。

職場での「カミングアウト」に欠かせない2つのこと

—— オノさん自身のことについて教えてください。「恋愛対象が女性ではない」と、いつ頃気づきましたか?

12歳前後だったと思います。ちょうど周囲の男の子たちが、異性に興味を持ち始めたタイミングでしたね。ただ、「男性が好きだ」という自覚はしていたものの、自分がマイノリティであることは明らかでしたし、イジメを恐れて周囲にカミングアウトはできませんでした。

ゲイという言葉は、小・中学生の間では「きもい」「女々しい」という意味に近い罵倒として使われることもありますし……。唯一、話していたのはインターネットで知り合った友人だけです。

—— 現在はご自身がゲイであることをオープンにされているそうですが、いつ、どんなタイミングでカミングアウトしたのでしょうか?

僕は北ドイツ出身のデンマーク少数民族なのですが、ドイツの田舎からコペンハーゲンに移り住んできた18歳のタイミングで、オープンにしようと決めました。移住して大学に入学するという環境の変化により新しい出会いもあるし、いいキッカケだと思ったので。田舎より都会のほうが柔軟な思考の人が多いから、という理由もありました。

もし受け入れてくれない人がいても、その人とは関わらなければいいだけのこと。友人と恋愛の会話をする中で、自然にゲイだということを伝えました。

—— 友人に打ち明けるよりも、職場でカミングアウトするほうがハードルが高い気がしますが、いかがでしょう? もしネガティブな反応をされても、仕事では関わらなければいけないですし……。

人によっては、そうかもしれませんね。私の場合は、同僚と雑談しているときに、ごく自然な流れでカミングアウトしました。「週末はどこかに出かけた?」「彼氏と一緒に遊びに行ったよ」という感じで。そうしたら、「そうなんだ」と相手は自然に受け入れてくれました。

オノさん(写真右)と彼氏のマルテさん(写真左)

—— これまでの職場で、自然な流れでカミングアウトできたのは、なぜだと思いますか?

僕の経験から、カミングアウトしやすい職場には共通する2つのポイントがあると思っています。1つは、社内にフランクな雰囲気があること。メンバーたちが友人同士のように仲が良く、ラフなコミュニケーションができることは、言いづらいことを伝える上で非常に重要です。

もう1つは、LGBTへの理解度が高いこと。私の場合は、環境省やエネルギー庁など行政機関で働いているので、同僚にもLGBTの人がたくさんいるし、そもそも理解が浸透しているんです。

僕の場合は、入庁面接の段階で多少自分のパーソナリティを見せて、そのときの面接官の反応が良かった職場を選びました。面接時にLGBTだと伝える必要はありませんが、少し反応を試してみることは、LGBTの人たちに必要な気がします。

—— LGBTの理解を深めるために、職場内に関連制度を作る必要はあると思いますか?

制度を作るのは問題があるからですよね。制度を作らなくても問題が起きないのがベストな状態だと思います。ただ、どうしても対策が必要だと感じたら、制度を作ってLGBTを受け入れる体制を作るというのはアリかもしれません。もっとも良くないのは、職場に問題があるのに、トップの指向により制度を作ることを避ける状態ですね。

—— ただ、LGBTへの理解はあっても、免疫がないとどう反応していいかわからない、ということもあるかもしれません。どこまで聞いていいのか悩んでしまうなど。

どこまでオープンに話したいかは人それぞれですが、LGBTの人に質問するときに目安にしてほしいのは、「LGBTではない人にも同じ質問をするかどうか」です。

例えば、親しい間柄の同僚なら「恋人はいますか?」「普段、恋人とどんなところでデートしますか?」などとフランクに聞けると思いますが、「あなたの恋愛関係では、どちらが男性でどちらが女性の役割ですか?」とは聞かないですよね。

LGBTではない同僚と会話するときと同じように考えてもらえれば、相手を不用意に傷つけてしまうことは避けられると思います。

恋愛関係・家族の在り方には、人それぞれの選択がある

© Darren Gambrell

—— オノさんは、これまでの職場でカミングアウトしたことをキッカケに、嫌な思いをしたことはありましたか?

社員が数名の小さな一般企業で働いていたときに、上司から「彼はゲイだから女性の気持ちがわかるんだよ」という類の発言をされたときは、少し嫌でしたね。悪質な差別ではありませんが、ちょっと小馬鹿にする感じの言い方だったので。

—— 日本だと、「うわさ話をされそう」「評価に悪影響がありそう」といった懸念からカミングアウトを避ける人もいるようですが、デンマークではそういったことはありませんか?

職場の雰囲気や業界によって、一部カミングアウトしづらい企業は存在しますが、カミングアウトしたことによって、大きな問題が起きるというのは少ないと思います。

デンマークのほとんどの職場には、職場委員と呼ばれる労働組合の職場担当者を務める社員が存在していて、もし職場内で解決が難しい問題が起こったら、彼らを通じて労働組合のサポートを受けて解決を図ることができます。

この労働組合の存在もトラブル回避に役立っていると思いますが、それよりも大事なのは、その国の過半数の国民がLGBTを理解しているかどうか。過半数以上が受け入れていれば、差別をした企業側が悪者になりますし、職場での日常生活においては差別する側が少数派になります。

デンマークのようにLGBTフレンドリーな国で、もしジェンダーの差別問題が起こったなんて新聞にでも載ったら、その企業は世間からバッシングを浴びることになるでしょう。

ただ、悪質でない小さなうわさ話は、もちろんデンマークにもありますよ。でも、それは仕方がないことだと私は思います。LGBTの話題に限らず、会社には何かしらのうわさ話が起こるものなので。例えば、事実と異なり誇張されて伝わっているなど、悪質な内容でない限り、避けられないものだと思って気にしないのが良いのではないでしょうか。

—— 日本では、まず社員をマネジメントする立場である管理職の社員がLGBTへの理解度を深める必要があると感じるのですが、知識を得るためにお勧めのツールはありますか?

身近に取り入れられるものとして、ドラマやドキュメンタリーを観るのはどうですか? 気軽な雰囲気を好む方には、『Grace & Frankie』というアメリカドラマがお勧めです。ゲイであることを隠して結婚生活を送っていた2人の男性の元妻の離婚後の状況をコメディタッチで描いたドラマです。

ネットフリックスより

シリアスな内容を求める方には、1980年代のアメリカを舞台にエイズとの戦いを含むセクシャルマイノリティの過酷な状況を容赦なく描き、かつ彼らの文化を華やかに紹介する『POSE』がお勧めです。どちらもネットフリックスで鑑賞できます。

ネットフリックスより

—— よりLGBTの人たちが生きやすい世の中にするために、これからどんな変化が必要だと思いますか?

LGBTの中でもゲイはもっとも受け入れられていると言われていますが、それでもプロサッカー業界、工場作業員、自動車の整備業界など、特定の業界においては理解が進んでいません。

ゲイ以外のレズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダーは、さらに状況が良くないのが現状です。特にトランスジェンダーの人は差別にあうことが多く、まだまだやるべきことがあると感じています。

さらに言及すると、ゲイと一言でいってもすべての人が男性同士の1対1の恋愛を望んでいるワケじゃない。3人で恋愛・家族関係を育んでいる人もいれば、僕と彼氏のようにオープンリレーションシップといって、浮気や不倫とは違い、互いの合意のうえで他の相手と恋愛関係や性的関係を持つことを受け入れる関係性も存在し、関係性の定義はカップルによって異なります。

ゲイやレズビアンのような同性同士のパートナー関係、結婚は世間に受け入れられつつあるものの、必ずしもそういった関係を望んでいる人ばかりではないと知ってほしいし、それを“おかしいこと”とみなさないでほしいです。

どんな人間関係を持つ人でも、それを職場でオープンに話せるような雰囲気があれば、彼らにとって働きやすい職場になるはずです。

制度の面で言うと、同性同士のカップル、特にゲイカップルの場合、子供を育てたいと願っても養子を取るのが非常に困難です。デンマークの場合、アフリカやアジアなどから養子を取ることが多いのですが、それらの国はLGBTのカップルにはほとんど養子を与えてくれません。これは、デンマーク側ではどうにもできないことです。

また、教育現場にも課題が多いと感じています。僕自身も18歳になる前まで身近な人たちに本心を言えず、苦しい思いをしました。正しい性教育を通じて、学校にもっとカミングアウトしやすい雰囲気を作るべきだなと。

このように、まだまだLGBTの課題は山積みです。でも、一番に覚えていてほしいのは、周囲にいる人たちが、すべてヘテロセクシャル(異性愛の性質を持っている人)だと決めつけないこと。ひょっとしたら相手がLGBTかもしれないという視点を持っていれば、自然と差別的な言動を避けるようになるはずです。

取材・文:小林 香織