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新型コロナウイルスは私たちの生活に多くの「制限」をもたらしたが、一方で身体に障害を持つ人たちに門戸を開くことにもなった。
美術館やコンサートからキャリア開拓のためのワークショップまで、これまで障がい者は諦めなければならなかったことがオンラインで可能に。一部からは「なぜ今までこれができなかったのか?」と批判の声も上がっている。
一方、コロナ危機下でさまざまな不便が生じる中、障がい者にとってはさらに厳しい状況も生まれており、私たちの気付きが求められている。
夢の美術館巡り
「英サリー州のワッツギャラリーに“行った”後、ルーブルに行きました。アムステルダムの国立美術館はインスタグラムでバーチャルツアーも提供しています」――神経痛で17年間自宅に閉じこもっていた二コラ・ウェルシュさんは、コロナウイルスの影響で可能になったオンラインでの美術館巡りを楽しんでいる。「これまで自分の制限の中で封印してきたことを取り戻すことができた」と喜んでいる(『ガーディアン』紙)。
新型コロナウイルスの影響で閉館を余儀なくされた美術館や博物館は、オンラインによるバーチャルツアーやセミナーを実施。英「ナショナル・シアター」や「ロイヤル・オペラ・ハウス」、オランダの「コンセルトヘボウ」でも無料のライブストリームで様々な催しやコンサートが提供されている。
筋肉痛性脳脊髄炎(MS)のポーラ・ナイツさんは過去2年間寝たきりで、コンサートへの参加を諦めなければならなかったが、お気に入りのバンド「Low」がインスタグラムでウィークリーショーを展開したため、ベッドの上でも楽しむことができた。「私はベッドで一人だったけれど、ほかの人も同じだったから、オーディエンスの一部になることができた。突然、“健常の世界”がアクセス可能になった感じ」と語っている。
一方、二分脊椎症で寝込んでいるブライアン・スパルディングさんは、友達とのオンラインコミュニケーションが広がった。「ロックダウン以降、社会全体が“ベッド生活”になっているから、僕は気分がいい」とコメント。不安やストレスを抱えている人に、どのように隔離状態と向き合うか、アドバイスも与えているという。「すごく遠いと思われていたコミュニティが、今や文字通りすごく自分に近いんだ」(スパルディングさん)。
キャリアのドアも開く
ロックダウン状態は、障がいを持つ人たちに仕事のチャンスも広げることになった。
エーラスダンロス症候群のローラ・エリオットさんは作家を目指しており、2016年以降、家に閉じこもりながらいくつかのショートストーリーを雑誌に掲載する傍ら、小説の執筆に取り組んでいる。
彼女はかねてから作家デビューのサポートを受けるための「Penguin’s Write Now」スキームに参加したいと思っていたが、同スキームには常にワークショップへの参加が義務付けられていたため、恨みがましい思いでこの機会を眺めていたのだ。
しかし、新型コロナウイルスの影響で突然オンラインでの参加が可能になり、エリオットさんは今回初めて、同スキームへの申し込みを送った。「選ばれない可能性も十分にあるけれど、これまで試すことすらできなかった代わりに、今は(自分のポジションを)知ることができる」(エリオットさん)。
ロサンゼルスのエマ・デュークさんは体位性頻脈症候群により、立ったり座ったりするたびに心拍数が異常に上がるという障がいを持つ。
彼女は映画のクラスを受講しようと、過去3年間、大学に対してリモートアクセスを求めてきたが、何度も「実現不可能だ」と断られてきた。しかし、コロナ危機で状況が一変すると、すべての大学の講義がオンラインに移行。「やっと教育が受けられるようになってすごく嬉しく思うと同時に、これまでもできたのに……と裏切られた気持ちもする」とコメントしている。
「私たちは真っ先に忘れられる存在」
一方、コロナ危機で健常者にも不便な生活が強いられる中、障がい者の置かれる状況はさらに厳しくもなっている。
「以前よりも状況が悪化した」と言うのは、MSを患い、オランダ南部で車椅子生活を送っているヤニー・アウターリンデンさん。重度の障がいを持つため、自宅での介護サービスは減らされなかったが、病院でのケアは減らされた。高齢者に加え、障がい者や慢性的な病気を持つ人たちは、新型コロナウイルスで重症化する可能性の高い「リスクグループ」に属する。
スーパーマーケットのデリバリーサービス利用でも不便が生じている。こうしたサービスはこれまで利用していなかった健常者の間でも需要が一気に高まったため、ウェイティングリストができており、以前から恒常的に同サービスを利用してきた障がい者の人たちも商品が届くまで待たなければならない状態になっている。
ただ、一部のデリバリーサービスは「お得意様」を優先するシステムになっているため、アウターリンデンさんはこうしたサービスを利用して、何とかしのいでいるという。
軽度の障がい者の場合、自宅で受けていた介護サービスの頻度が減らされるなどの弊害も出ている。NHKによると、日本の一部地域では障がい者福祉施設が新型コロナウイルスの感染拡大を怖れ、「休業」または「事業を一部縮小」などの措置に出たため、障がい者本人の心理的苦痛や家族の負担が増えるという問題が生じている。
また、英BBCが報じたところによると、複雑な投薬を必要とするある女性は、「障がい者」としては認定されておらず、わずかな介護サービスを受ける中、政府から12週間の「外出自粛」を要請されている。孤独な毎日の中、彼女は「自分や介護要員がウイルスに感染したらどうすればいいのか」と不安を訴える。
イギリスではこうした事態を受け、党を超えた国会議員のグループが5月、ジョンソン首相に対して「障がい者を含む」コロナ対策を求める書簡を提出した。「人々が私たち(障がい者)がここにいることをどんなに簡単に忘れるか、私たちはもう知りすぎています。人々の生死がかかっている状況下では特にね」アンドリュー・プルラングさんは『Forbes』に寄稿して、こう語っている。
外出制限、リモートワークの挑戦、病気になるリスク、長期の隔離生活――考えてみると、ロックダウンによって私たちが感じた不便や制限は、障がい者が日ごろから向きあってきたことだった。
コロナ危機で制限のある生活を経験した今、私たちは今までよりちょっとだけ障がい者の目線に立って物事を考えられるようになったのではないだろうか。私たちは自分達が不便を感じる状況下で、さらに不便や制限を強いられている人が隣にいることを忘れてはならない。
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)