私たちの生活、経済を一変させた新型コロナウイルス。想像を超える影響の広がりに伴い、どの企業も戦略、サービスの方向性、打ち出すメッセージを変えざるを得ない状況に陥るなかで、ステークホルダーとの信頼関係を構築する「PRパーソン」の役割、「PRの考え方」が、より一層重要視されている。

とはいえ、未曾有の状況とも言えるコロナ禍で、どのような情報・メッセージを打ち出し、どのように社会とつながり続けるべきか、迷い、立ち止まっている企業も少なくないかもしれない。

そこで、カヤックLiving・みずたまラボラトリーの代表取締役であり、18年以上PRに携わるポートランド在住の松原佳代さんに「With/Afterコロナ時代のPR」と題して、海外企業の実例を交え、指針となる「企業の在り方」「PRの考え方」について伺った。

コロナ禍で求められる「企業バリュー」の問い直し

─── 先日、「PR Table」が主催したオンラインイベント「With コロナ時代のPRについて話そう」には、累計25,019人が視聴し、コロナ禍でのPRの在り方への注目度の高さが伺えました。実際にいま、企業に求められているのは、どんな変化なのでしょうか?

緊急事態宣言が発令され厳しい外出自粛が求められていた状況では、生活者はもちろん事業者も「生活の中でエッセンシャルであるかどうか」が問われていましたよね。食料や生活用品、スーパーマーケット、運送業など生活において重要視されるものです。

企業活動においても、これからは自社のビジョンやサービスが「社会にとってエッセンシャルかどうか」が問われると思います。打撃を受けた経済、世界をここから元に戻していくタイミングでは、本質的な価値の提供が確実に問われるでしょう。

もちろん当面は手前の事業を継続することが課題となりますが、企業は自社のバリューやミッションに今一度立ち返る必要があると思います。メッセージをどう伝えていくかの前に、今一度、自社の事業形態、サービス内容を含め、ミッション・バリューを再定義しなければいけない。これはPR担当だけでは決められないし、企業全体で取り組むべきことですよね。

─── バリューを再定義するために、PRパーソンはどんな情報や指針を参考にすべきだと思いますか?

まずは、一次情報にアクセスして確実な情報を入手することをお勧めします。新聞、テレビ、WEBなどのメディアを通じてキャッチアップしてもいいのですが、それに対して思考をする前に、その全文を見に行ってほしい。

例えば、著名人の発言であれば、それが切り取って紹介されることも多いので、発信源であるその人自身の発言や考え方を本人が発信しているSNSでたどる、あるいは、国や行政が出している数値のデータを見るなど。

また、日本よりも経済の復興が早い国や企業の情報を知るのも、参考になるはずです。できれば、海外の情報は日本語ではなく英語で取れるようになるとベストだと思い、私も英語は得意ではないのですが極力原文を読むようにしています。日本語になることで、若干ニュアンスが違って伝わることも多いので。

─── 松原さんご自身が、コロナ禍で意識して取りにいっている情報はありますか?

近年は、SNSを中心に自分に近いところの情報が集まるようになっていますよね。例えば、私ならPR界隈やアメリカの情報などは自然と目や耳に入るように、アルゴリズムが設計されている。でも、PRをつかさどる人ほど、自分が見ていなかった遠い世界に目を向ける必要があると思っていて、意識して自分から遠い情報を取りに行くようにしています。

─── その意図とは?

Withコロナの社会は「自分の周りだけが良ければOK」ではないので、身近な情報だけで判断すると、大事なことを見落とし、判断を誤る可能性があるためです。今は国境をシャットダウンして鎖国していますが、逆に世界が同じ課題に直面したことで境界線がなくなり、人類が大きなコミュニティになったような気がしています。だから、より広く社会を見るべきですよね。

「I」から「We」へ。海外企業のコロナ対応の実例

─── コロナ禍では、人々の倫理観や物事への感じ方が少なからず変わってきているとも感じます。例えば、松原さんご自身に起きたマインドチェンジや発信する際の指針はありますか?

NY州のクオモ知事が会見で話していた「It’s about ‘us’, not ‘me’.」(それは「私」ではなく「私たち」のことです)という言葉がまさにそうなのですが、人々のつながりを語る文脈の中で、主語が「私」ではなく「私たち」に変わったことが、一番の変化だったと思います。

今回のことで、自分ひとりの行動がさまざまな場所・人に影響を及ぼしていることを誰もが痛感し、コミュニティは自分のためのものではなく、「みんなのもの」であると感じたはずです。身勝手な行動をすれば、社会にいる大勢の人を危険にさらしてしまうことになりかねません。

今、海外企業のメッセージは、ほとんどが「We」で発信されていて、自社利益より他者利益への転換とともに、「私たちは社会のためにある」というメッセージが強く打ち出されています。

─── 海外企業の実例で、わかりやすい「We」の発信例があれば教えてください。

私が「わかりやすい利他の試みだな」と感じたのが、日本に上陸したばかりのアメリカのシューズブランド「オールバーズ」の取り組み。自社から医療従事者へ50万ドル分の靴を寄付したうえで、顧客向けにドネーションのバンドルキャンペーンを開始しました。

オールバーズの公式HPより

要は2足セットの販売なんですが、このアイテムを買うと、バンドルのもう1足がどこかの誰か(医療従事者コミュニティ内)の元に届けられ、かつ価格は2足分買うよりも抑えられています。「最前線で戦っている医療従事者をみんなで支えよう」というメッセージが感じられます。

KEENの公式HPより

また、こちらもシューズブランドなんですが、ポートランドの「KEEN」も、力強いメッセージと共に、医療従事者とエッセンシャルワーカーへの支援を行っています。

現在は外出自粛で靴を履いて外に出られないから、一部の人には靴は必需品ではないことを明示したうえで、でも自分たちのスキルは外に出て仕事をしなければならない人には必要だと宣言し、医療従事者やエッセンシャルワーカー、そしてその家族に10万足をプレゼントしています。

さらに、地元工場でのマスクの製造にも着手し、最初の10万枚はオレゴンのスーパーマーケットの従業員に提供したようです。

─── 他者利益を追求したときに、一時的に自社の利益が減るなど、苦しい状況に陥ることも考えられますが、その犠牲をいとわないという考え方が求められるのでしょうか?

もちろん、スタートアップや中小企業だと資金繰りが厳しいなど、さまざまな状況があると思いますし、雇用と事業と顧客を守ることも企業の責任です。それぞれの企業で判断していくことにはなります。ただ、近年ESG(※)という投資も注目を集めていますが、環境への貢献や社会的意義のある活動をしている企業は、これまで以上に存在価値が高まると思っています。

※ESG・・・環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取ったもの

難しい時代だからこそ、コミュニケーションから逃げない

─── 情勢が不安定であり、人々の感覚が変わっていく中で、ステークホルダーとコミュニケーションを取るのが難しくなったと感じるPRパーソンも多いかもしれません。そんな中でも、メッセージを伝え続けるべきでしょうか?

自社として「どのような方針でやっているか」を説明する責任はあると思います。自粛をするにしても、リモートワークをするにしても、出社に切り替えるにしても、自分たちの存在や行動が他者に影響を与えるからです。

難しい状況だけれど、コミュニケーションから逃げないのは大事。話さなければ、何も伝わりません。こういうときだからこそ、ステークホルダーとしっかり向き合って、企業価値を問い直して、言葉にしていく努力が求められます。

それに、コミュニケーションを止めると思考も止まってしまうかなって。企業も人格のある生命体だとすると、思考を止めないからこそ成長できるし、生き続けられるんじゃないかと思うんです。

メッセージを届けるにあたり、発信する媒体も人もすべて「メディア」だと考えると、そこで大事になるのは「思想」と「ポリシー」です。「周囲からどう見られるか」よりも、「自分たちが何を大事にしているか」を問うのが大事であり、知識や教養、経験を通じて自身のフィルターを磨いていく必要があると思います。

要は、すべての発言に対して「なぜ自分(自社)はその発信をしたのか」を自分の言葉で説明する、その責任を引き受けることが大切だと思います。

─── 例え炎上したとしても、思想とポリシーに則った説明ができれば、その意思を貫いたほうがいいでしょうか?

もし批判コメントが多くあったとしたら、何について謝るかが大事だと思います。事実誤認なら間違えたことについて謝るべきだし、気分を害させたならそのことについて謝ればいい。思想とポリシーを持っていれば、発信したこと自体を謝罪する必要はないと思います。

─── 最後に、With/Afterコロナ時代を生きるPRパーソンは、今後どのようなスキルを身に付けていけば良いか、アドバイスをいただけますか?

繰り返しになりますが、今まで触れていなかった世界にぜひ触れてみてください。今はまだ自由に動けないもどかしさがありますが、物理的に閉じている分、精神的なつながりはオープンにしていくべきかなって。

私自身も、このコロナウイルスが教えてくれた「利他であれ」という指針を忘れずに、社会と向き合い続けたいと思っています。

<取材協力>
松原佳代 株式会社カヤックLiving/みずたまラボラトリー株式会社 代表取締役

取材・文:小林 香織
サムネイル写真撮影:katsumi hirabayashi