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パンデミックで急ブレーキがかかった世界の高等教育市場
オンライン授業継続の是非や学期開始時期の変更など、感染者増のピークは過ぎたものの、新型コロナによる教育現場の混乱はまだ続いている。
世界各地の大学もその渦中にある。
パンデミック前、世界の高等教育市場は右肩上がりの成長を続けていた。英調査会社technoviaの推計では、2019年の市場成長率は約12%。パンデミックがなければ、今後数年同水準の成長率を維持し、2023年の市場規模は現在比で337億ドル(約3兆円)分増加すると見込まれていた。
市場成長加速要因の1つとして指摘されていたのが教育セクターの国際化。しかし、パンデミックにより、学生の国際移動は大きく制限されており、加速要因の1つを失った状態となっている。
technoviaによると、世界の高等教育市場は分散化したものではなく、米国や英国など一部のプレーヤーがシェアの大部分を占める市場。その米国と英国では、重要な資金源となる留学生の流入が大幅に減ったことに加え、国内の学生による入学延期などにより、大学の資金繰りが悪化している。オンライン授業の継続是非など既存学生への対応にも追われており、混乱状態はしばらく続くことが予想される。
パンデミックは高等教育現場にどのような影響を及ぼしているのか、米国と英国の大学事情をお伝えしたい。
家賃収入減などで1,000億円の損失を被る大学も、米国の大学事情
米ABC Newsの4月28日の報道によると、米国ではパンデミックによって10億ドル(約1,070億円)に上る損失を被る大学が出る可能性があるという。
学生総数4万6,000人、教授・講師数6,700人、職員数約1万9,000人を誇るミシガン大学は、今年の損失額を4億ドル(約428億円)〜10億ドル(約1,070億円)になると見積もっているのだ。2018年の大学予算は、約90億ドル(約9,600億円)だった。
また、カリフォルニアの大学も3月だけで合わせて5億5,800万ドル(約600億円)の損失を被ったとのこと。
ペンシルベニア大学のロバート・ゼムスキー教授は著書「The College Stress Test」の中で、米国ではすでに全大学のうち10%が閉鎖間際の状況に追いやられていると指摘していた。同教授がABC Newsに語ったところでは、パンデミックによって、さらに10%の大学が窮地に立たされたという。
パンデミックによる大学の損失、現在その大部分を占めるのが、学生への家賃/食費の返金だ。米国の大学では、寮ではなく大学所有の不動産を借りて住む場合が多い。パンデミックによって、大学を退学/休学する学生が増え、そうした学生らへの返金額が積み上がっている。また、スポーツイベントやアートイベントの中止による損失も少なくないとのこと。
大学の損失は、留学生/新入生の減少によっても拡大することが見込まれている。
国際移動が制限されている現在、新たな留学生を獲得するのは非常に困難。留学生は、学費を全額支払うため、米国の大学にとっては重要な収入源といわれている。
AP Newsによると、コネチカット大学では、昨秋約3,000人の中国人留学生を受け入れたという。しかし、パンデミックによって今年の留学生受け入れ数は25〜75%減となり、損失は7,000万ドル(約75億円)に上る可能性があるという。
留学生だけでなく、米国内の学生による入学延期なども影響するとみられる。米国の高等教育コンサルティング会社Art & Science Groupが高校3年生を対象に実施した調査にそのことが示されている。
パンデミックによって、大学進学計画を変更せざるを得ない状況にあると回答した高校3年生の割合は17%、また当初の予定通り第一志望の大学にフルタイム入学するものの学費や学校生活を心配しているという割合は65%に上った。
計画変更を余儀なくされた17%の学生は、どのような選択を考えているのか。最大は、学部入学をフルタイムからパートタイムに変更するというもの。割合は34%だった。次いで、17%が2020年秋入学ではなく、2021年春入学に延期と回答。このほか、ギャップ・イヤー(1年延期)の選択が16%、家から近いコミュニティ・カレッジへの入学が16%などとなった。
ケンブリッジ大は来年もオンライン授業継続へ、英国の大学事情
英国の大学を取り巻く状況も深刻だ。
英ガーディアン紙が伝えた大学労働組合(UCU)の調査によると、国内外の新規入学者の激減によって、2021年英国の大学は学費のみによる損失額が25億ポンド(約3,300億円)に上り、3万人の雇用が影響を受けるという。
QSによる調査では、国外大学への留学希望者のうち57%がパンデミックで留学計画の変更を与儀なくされたと回答。このうち47%が入学時期を1年延期すると答えている。
英国の大学の留学生比率はこの数年増加傾向にあったため、パンデミックによる影響も増大することが想定される。
英国の高等教育機関に所属する学生総数は238万人。そのうち留学生は48万。2030年には60万人に増加することが見込まれている。
ガーディアン紙によると、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのフルタイム学部学生のうち、半数以上は英国外からの留学生という。またUCLとインペリアル・カレッジ・ロンドンでも、学部入学者の半数近い割合が留学生で占められている。
入学延期を検討する国内学生も少なくない。
コンサルティング会社London Economicsの推計によると、国内学生の約17%が2020年9月の入学を諦め、入学時期を延期する可能性がある。これによる大学の損失は、7億6,300万ポンド(約1,000億円)に上る。
5月19日、英ケンブリッジ大学は、2020年9月開始の新学期からも通年でオンライン授業を継続することを発表。他の大学でも、感染予防のための対策を明らかにし、安全性をアピールしている。米国と英国の大学は、この苦境をどう乗り切るのか。教育現場の混乱が一刻も早く収まることを願うばかりだ。
文:細谷元(Livit)