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世界を襲った新型コロナウィルスの感染拡大。日本でも国の緊急事態宣言が都道府県ごと徐々に解除され、人々の生活に大きく影響を及ぼした外出の規制や自粛も少しずつ緩みはじめている。我々が大いに気になるのは、コロナ収束後にどの程度の日常が戻って来るのだろうかという点だ。
なかでも大きな変革を遂げると見られているジムやフィットネスクラブ。サービス再開の目途は立っているのだろうか、また業界はどのような変化を強いられているのだろうか。
クラスター発生源とされたスポーツジム
新たな感染者数が落ち着きを見せたとして、ヨーロッパでは、スイスなどが隣接国への移動の自由化に踏み切ったほか、フランスでは5月11日に学校が再開している。日本では東京や大阪などを除く多くの地域で、5月14日に緊急事態宣言は解除となっている。
こうした一連の流れの中で、過去にクラスターが発生し、感染リスクが高いとみなされている日本のスポーツクラブ再開への道のりは残念ながら険しい。例えば東京や大阪では、規制の緩和がされたとしてもスポーツクラブやライブハウスは、緩和の対象外とされているからだ。
確かにジムやフィットネスクラブでは、狭い密接した空間で多くの人が汗をかき、通常より大きく呼吸をする上に、共同で使用する機器も多いため、感染リスクは自然と高まると想像がつく。
国家ガイドラインでジムの再開に言及
一方でフィットネス大国のアメリカでは、経済全体の再開にかかるガイドラインで、6つの特別業種別措置に学校や高齢者施設と並んでジムの言及があるほど、ジムは生活に欠かせない存在だ。4月半ばにホワイトハウスが発表したパンデミック収束後のガイドライン「Opening Up America Again」において、ジムはフェーズ1での再開が許可されている。
このフェーズ1とは、ジムが厳格な衛生管理の徹底と、個々の身体的距離を確保できる場合に限って再開してよいとされている一方、学校や青少年活動、高齢者施設や病院の訪問、バーの営業は引き続き禁止されている段階。フェーズ3、最終段階でのジムに関しては、もはや身体的距離について言及されていないほど。
これは、自身と周囲の人たちに及ぼす感染の危険性を十分に自覚したうえで、ジムへ行くか行かないかの最終判断は自己の判断に任せる、といったアメリカならではの国民性のなせる業といえるかも知れない。
このようにしてアメリカのジョージア州では4月24日にジムが再開したほか、アーカンソー州、オクラホマ州、ワイオミング州やテキサス州がこれに続き、スポーツジム経営サイドは感染拡大防止にさまざまな対策を強いられている。
例えば、5月に経営破綻が報道された大手チェーン「ゴールドジム」は4月の時点で、午後1時から1時間を「中休み」と位置づけて、消毒・殺菌作業を行うと発表。「24 Hour Fitness」は1時間ごとのスロットと30分の閉店清掃時間をセットにするとした。
「Equinox」と「SoulCycle」は会員にスマホ用の紫外線殺菌装置を準備、「Orange Theory」ではロビーの家具を撤去し、人が集まらないように配慮した。
そのほか、従業員やコーチに防護服着用を義務付ける店舗、従業員の衛生やソーシャルディスタンスの利用者への呼びかけに関する再研修、そしてマスクを忘れてきた会員へ譲渡するために大量のマスクを確保したジムもある。
何よりもアメリカのジムやフィットネスセンターでの大きな潮流は、人と人との接触を無くした「チェックイン」機能や利用予約の推奨で、今後この方法は世界的に活用されるとみられている。
ジムは逆のイメージの被害者
今回のパンデミックは飲食店やライブハウス同様に、ジム経営者にとっても大打撃だ。施設の閉鎖だけでなく、相次ぐ会員の退会や返金に追われ、従業員の処遇にも苦心している。
何よりのダメージは、健康を促進するはずの場所が、感染拡大の源といったイメージに変わってしまったことだ。
さらにこの時期、さまざまな専門家の研究報告に人々の関心が向いたことによって、スポーツジムは不特定多数の人が出入りし、機器を共有する菌の宝庫、という印象さえ植え付けられてしまった。健康を目指すスポーツジム本来の目的とは真逆のイメージ払しょくに対応を迫られている。
新常態となるか。プラスチックのパーティションとマスク着用
一方、新型コロナウィルスの収束を世界に先駆け宣言している中国では、一部でプールの使用は制限されているものの、入場時の検温や人数制限をしいてジムもフィットネスも再開している。
さらに、米国でジムが次々と経営破綻しているのとは対照的に、香港とシンガポールで展開する「Pure Fitness」は、5月に入ってから香港で新店舗を開業するほど波に乗っている。
このチェーンの試みで注目されているのが、横並びのランニングマシンごとに設置されたプラスチックのパーティションだ。既存のジムが、ランニングマシンやバイクを1人おきに使用させてソーシャルディスタンスを保つ努力をするとしている中で、奇策とも思えるこの形態。土地の狭い香港では1台おきにマシンを使用する対処法では、採算が取れないのであろう。
パーティションの消毒により多くのマンパワーが必要となりうる上、設置そのものよりも、設備の殺菌消毒や空気の入れ替えがむしろ重要なのでは?と問う声もあるが、今後これが標準的な装備となる日が来るかもしれないと密かに話題だ。
今やスーパーマーケットのレジだけでなく、食堂や居酒屋でも利用されているパーティションやビニールの仕切りは今後、新常識として導入されるのかもしれない。
変化を強いられるグループフィットネスの模索
同時に利用できる会員数を制限したり、パーティションを立てたりといった対策のほか、グループフィットネスや各種クラスは完全予約制の少人数に制限することを強いられている。
大人数で密集し、大音量の音楽に乗ってバイクを漕ぎ、参加者全員の一体感と達成感を楽しむエクササイズの代表格LesMillsのRPMなど、もはや過去の遺物となってしまうのだろうか。
こうしたエクササイズは今後、少ない人数で行われるほか、換気のためにドアや窓を開放しなければならないため、大音量の音楽も不可、ハイタッチや大声の禁止もあって、これまでの高揚した雰囲気や参加者のモチベーションをいかに保つかが課題となるであろう。
すでに、サウナのような室内で汗をたっぷり流せると人気のあったホットヨガは、換気や密集を防ぐために窓やドアを開放し、参加人数を制限せざるを得なくなるため、従来よりも温度が下がると案内しているジムもあるほどだ。当然、雑誌や新聞といった共有閲覧物も排除されるという。
再開の始まった日本のジムやフィットネスセンターでは、マスクやネックゲーターを使用して来場するほか、マシンの利用中やクラス参加時にも着用するよう呼びかけられている。
しかしながら、専門家はマスクを着用したままの運動は、熱中症や呼吸困難のリスクが高いと警鐘を鳴らしている。実際、中国の中学校ではマスクをつけて運動した生徒の死亡事故も発生した。運動をしていなくても、マスクをしていると暑いと感じることは日常でもあるから、その暑さは想像に難くない。
なお日本ではスポーツ庁が学校の体育授業に関して「生徒間で2m以上の距離を確保すれば、マスク着用の必要は無い」との見解を示している。
室内のジムがダメなら屋外は?
米国では現在、これまで同様にジムに通うことは間違っていないか、と専門家に問う声が多く寄せられ、様々な見解や議論もなされている。
ジムやグループフィットネスが、密閉された空間で危険とみなされるのならば、屋外の運動は安全なのかという声も多い。
外出自粛中のアメリカでも、ソーシャルディスタンスを保てる場所に限って屋外での運動が許可されていたし、日本でもジョギングや散歩はOKとされてきた。ロックダウン中のフランスでは、自宅から1キロ以内の屋外での運動は1日1時間以内に限って許可されていた。
まず、屋外の運動はOKとされているものの、テニスやサッカーなどの複数での競技や、公園の遊具の利用はまだ制限されているということを念頭に置きたい。
さらに、ヒトからヒトへの感染の懸念が根強いため、外での運動は他人との距離を十分保てる環境下にあるかどうかを考慮しなければならない、と感染学者は注意喚起している。
日本では2メートル、欧米では6フィートの距離を保つよう推奨されているのは、保菌者のくしゃみや咳による飛沫感染の確率が非常に高いためで、ヒトからヒトへの感染は症状が出るより前に確認されているから、とされている。
同感染学者はニューヨークなどの都市部ではアラバマやバーミンガムにいるよりも安全な他人との距離を保つのは困難だと指摘。ソーシャルディスタンスが確保できない場合には、運動そのものについて再考するか、ヒトのより少ない時間に変更するべきだとしている。
また繰り返し提言されているのが、手洗いの励行だ。特に汗をかくと手で顔に触れる機会が格段に増えるため、家を出る前にも手を洗い、マンションやアパートなどに暮している人は公共の手すりやエレベーターのボタンに触れるため、消毒液を持ち歩くことも推奨されている。
家を出た後も、信号のボタンやジョギングのピットストップにする道路わきのベンチを使った腕立て伏せなど、手が触れることによって持ち込むウィルスのリスクは家を出てから戻るまでに山積している。
ソーシャルディスタンスを保ちさえすれば、健康な大人が屋外でエクササイズを行うことにリスクはない、と専門家は結論付けているものの、エクササイズをすることそのものに疑問を呈する声もある。
特に、自宅の周辺に高齢者が多い人は、自分が外出することによって、他人を感染させてしまうリスクがあることも念頭に置かなければならない、とスポーツ薬学の学者が提唱している。
さらに、これまで定期的に参加していたグループフィットネスの代わりに自分でジョギングをしようとする人は、遅れを取り戻そうと無理な運動量を課して、体を傷めるリスクも高いとしている。
フィットネス界のニューノーマルの行方
屋外でも屋内でも、感染リスクがあるとされている今、自宅でもエクササイズや動画配信が人々の生活に定着しつつある。それでも動画配信や遠隔ライブだけでは、実際にトレーナーから直接習うパーソナルな感覚や、グループフィットネスでの一体感、他人と共有できる達成感は満たされない。
運動習慣を継続したいと願っている人が待ち望むスポーツジムとグループフィットネスの再開。残念ながら米国では、経営破綻のニュースが相次ぎ、日本では規制緩和業種から除外されているのが現実だ。
パンデミックを機に新しい形態が求められているジムとグループフィットネス。多くのトレーナーやスタッフを抱えたまま動画配信やヴァーチャル・クラス、商品販売でしのげる日々はそう長く続かない。
コロナ収束後を見据えたフィットネス界のニューノーマルへの試行錯誤は、未知のウィルスの全容が明かされ、ワクチンや特効薬が登場するまで続きそうだ。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)