ワクチンは開発中ながら、新型コロナウイルスのパンデミックから少し落ち着きを取り戻した国も出始めた。
同時に、ウイルスの発生源はどこだったかが取り沙汰されるようになった。5月初旬には米国で武漢ウイルス研究所もしくは市内の別の研究所がパンデミックの始まりという見方を出したが、中国側が反論するといったニュースが世界を駆け抜けた。
一方、各国の疫学者をはじめとした専門家は、同ウイルス拡散の責任は「人間」にあると指摘している。もし専門家の見方が正しいとすれば、私たちは自分で自分の首を絞めていることになる。これはどういうことなのだろうか。人間が何をしたというのだろうか。
動物の個体数が減ると、人間がターゲットに
米国国立衛生研究所によれば、既知の感染症の60%が動物由来のものといわれ、新興感染症においてはその割合は75%にも及ぶという。動物から人へ、人から動物へ伝播可能な伝染病は、人獣共通感染症と呼ばれている。米国科学振興協会が2018年に発表した情報によれば、人獣共通感染症を引き起こすウイルスの数は60万にも上るそうだ。
自然環境で、人獣共通感染症のウイルスは動物を自然宿主として生存している。しかし、自然宿主である動物の数が減ったり、絶滅したりした場合には、ウイルスは別の宿主を見つけ、移る必要がある。ウイルスの多くが拡散し、新たな宿主に移るのにたいした時間を要しない。そのターゲットになっているのが人間だ。
自然科学を中心とした総合学術雑誌、『ネイチャー』の出版元、ネイチャー・リサーチが取り上げ、2017年に発表した論文がある。「世界的なホットスポットと新興人獣共通感染症の相関関係」というもので、この中で人獣共通感染症のウイルスが多いところとして熱帯の地域が挙げられている。野生生物が生物多様性に富み、特に哺乳類が豊富であるためだそうだ。
しかし、熱帯がホットスポットであるのには、ほかにも理由がある。熱帯林において、人間は土地をさまざまな用途に用いている。実は森林伐採と土地の多用自体がウイルスを増やす原因になっているのだという。
生息地面積の減少で、ウイルスとの距離が縮まる
土地利用の変化が生み出すウイルスの危険性を調査しているのが、英国のユニバーシティ・カレッジ・オブ・ロンドンで環境学・生物多様性を教えるケイト・ジョーンズ教授だ。ジョーンズ氏は劣化した環境に残された生物にはより多くのウイルスが寄生し、それが人間に感染する可能性があると、英国の『ガーディアン』紙に語っている。
生息地面積が減ると、ほかの生物と共に込み合った土地に押しやられる。どの生物にも生息地のスペースが十分ある場合は、人間とウイルスの宿主である生物との間のスペース自体が、「垣根」として作用する。十分ない場合は、人間はウイルスと常に密着することになる。
加えて限られた生息地で生き残った生物は、より多くのウイルスを持つ傾向があるという。これらは動物感染症学や環境科学の専門家も認めるところだ。
どんな動物が人間とウイルスを共有する可能性が高いかを調査した報告書が、英国王立協会の科学誌、『プロシーディングスB』に掲載されている。
「哺乳類個体数の世界的な推移で明らかになる、ウイルスのスピルオーバー・リスクの主な予測因子」では、既知の人獣共通感染症のウイルス約140を取り上げ、その自然宿主である動物を『レッド・リスト』と照らし合わせた結果を明らかにしている。
「スピルオーバー」とは、感染症が動物から人に移り、その後人々の間で拡散することだ。『レッド・リスト』は国際自然保護連合(IUCN)による、絶滅の恐れのある野生生物のリスト。スピルオーバーのリスクが最も高い動物が、リストに掲載されている絶滅危惧種の野生動物と一致することを報告書は示している。
土地を好きなように利用する人間
人間は自分たちの利益を最優先し、土地を利用している。最悪の場合、野生動物を絶滅に追いやってもだ。世界銀行がまとめたところによると、森林が消失していくスピードは非常に速い。1990年から2016年までに130万平方kmを失っている。つまり、ペルーの国土面積より少し大きなエリアが消失したことになる。
森林伐採の半分以上を占めるのが、林業、農業、集約農業、牧畜業、鉱業だ。さらに土地を求めて森林の奥へ行くための道路整備や、都市開発も行われている。人間が自らの利益のために伐採を行い、狭くなった森林でパワーアップするウイルス。そこにさらに足を踏み入れる人間……ウイルスの中に飛び込んでいるも同じだ。
不幸な出来事で終わるか、良いチャンスにできるか
「今回の新型コロナウイルスの流行にあまり驚いていない」と言うのは、疫病生態学者で、エモリー大学の環境科学部の教授、トーマス・ギレスピー氏だ。
氏によれば、地球上に存在する病原体のほとんどがまだ発見されておらず、同ウイルスは氷山の一角に過ぎないという。今後も人獣共通感染症が流行することは避けられないというわけだ。しかし同時に、被害を最小限に抑えるためにどう対処すればいいかも提言している。
それが、「ワンヘルス」をコンセプトとした取り組みだ。人間、動物、環境の三者がそれぞれに「オプティマルヘルス」を得るために、地元、国、世界規模で複数の分野にわたって相互協力し、活動する。「オプティマルヘルス」とは、「各人にとっての最高・最善の健康状態」という意味だ。
短期的には、人々を守り、感染拡大を抑制することが目標であることは確かだ。しかし長期的には動物の生息地と生物多様性を取り戻すこと、そして新たな感染症が都市内に急速に広がる可能性が高いことを考え、都市計画と開発に関し、新たなアプローチを実践していくことが挙げられている。
現在、世界では新型コロナウイルス収束後の経済立て直しについて検討を始めた国も出てきている。英国ロンドン動物学会のアンドリュー・カニンガム教授は、同ウイルスは社会に変化をもたらすための良い機会になるかもしれないと考える。経済ではなく、環境や人々を優先させる社会の構築は今後不可欠だ。
2003年に中国・広東省を中心に流行したSARSの際には、経済的打撃が非常に大きかったため、収まってから社会状況は変化するだろうとカニンガム氏は予測していたそうだ。しかし、結局何も変わることはなく、従来の経済優先の社会に戻ってしまった。
カニンガム氏は「今回は、『もとの』社会に戻ることは不可能だ」と警鐘を鳴らす。5月22日現在、合計で世界の感染者約500万人、死者約33万人が出た。
世界を席巻した新型コロナウイルスを単なる「不幸」と言って終わらせ、次のウイルスがやって来るのを恐れながら暮らすのか、「チャンス」としてワンヘルスを採用し、人間、動物、環境に優しく、ウイルス感染に強い社会を目指すのか。これもまた私たち人間の手にかかっている。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)