新型コロナウイルス感染症の感染拡大で社会に閉塞(へいそく)感が満ち、深刻な経済危機にある現在。しかし日本は、大災害に襲われながらもその都度立ち上がってきた。本シリーズでは、逆境に負けない日本企業の技術力やマインドを取り上げ、「コロナ後」のビジネスのヒントを探っていく。

新型コロナウイルスの影響により貧困や健康、教育、経済など、さまざまな課題が顕在化した。予期せぬリスクによって社会生活の持続が困難になる危険性が浮き彫りになったいま、「持続可能な社会」の実現を目標とするSDGsは、これまで以上に注目される考え方となっている。

事業の継続性が問われている中、いまは企業にとってもSDGsについて改めて考えるべきタイミングではないだろうか。今回は、日本のSDGs研究の第一人者で、慶應義塾大学大学院教授・同大学SFC研究所xSDG・ラボ代表の蟹江憲史氏に、企業の視点から考えるSDGsの最新事情について伺った。

日本の消費者はサステナブルな商品を求めるようになってきた

電通が2020年4月に発表した第3回「SDGsに関する生活者調査」によると、SDGs認知率は全体の29.1%で、2019年調査から13.1ポイント上昇した。中でも男性10代では26.2ポイント増の55.1%、女性20代では22.4ポイント増の31.7%となるなど、若年層において急激な認知の高まりがみられる。このような状況の中、経済界では何か特徴的な動きが出てきているのだろうか。

蟹江 「日本では、近年、金融分野において、SDGsの観点から企業を評価する動きが強まっています。その背景には、CSV(共有価値の創造)を重要視する傾向があると思います。

また、地方自治体と金融が組んでさまざまな施策を始めているというのも、最近の特徴です。政府が『SDGs未来都市』のスキームを2018年度に立ち上げたこともあり、自治体がオリジナリティーを持って構想を練っていますが、その中で、金融に焦点を当てた施策が増えています。例えば、長野県は金融機関と連携して『SDGs推進企業登録制度』を創設しましたし、神奈川県では『SDGsつながりポイント』というコミュニティ通貨を使った取り組みが始まっています」

慶應義塾大学大学院教授 蟹江憲史氏(Photo:Maruka Ichimura)

さらに、蟹江氏は「消費者の選好にも変化が現れている」と、次のように指摘する。

蟹江 「消費者が『サステナビリティ』という言葉に敏感に反応し、サステナブルな商品を求めるようになってきています。

xSDG・ラボが企業、自治体とコラボして共同研究を行う『xSDGコンソーシアム』のメンバー企業でもある楽天が、国際的な森林認証制度である『FSC』や『国際フェアトレード認証』などSDGsの理念に合致した認証を取得した商品を中心に扱うサイト『EARTH MALL with Rakuten』を、2018年11月から始めました。このサイトは、訪れる人の数も、売り上げも順調に伸ばしています。

ファッション業界の動きも活発です。『サステナブルファッション』という考え方が生まれ、ハイブランドもその考え方を取り入れるようになってきました。また、東京ガールズコレクションも、昨年1月に『SDGs推進 TGC しずおか 2019』を開催するなど、SDGsの推進を掲げています。

若年層も含めて、日本の消費者が、SDGsに貢献することをポジティブなものとして捉えているといえるでしょう」

企業側はSDGsの取り組みを市場にアピールし、消費者側がSDGsに貢献する商品・サービスを選ぶ。——今、日本ではそうしたサイクルが形成されつつあり、SDGsへの貢献が市場メカニズムの中で自然と進むようになり始めたようだ。では、今の流れを続けていけばよいのだろうか? 日本のSDGsの取り組みは十分なのだろうか?

SDGsは2030年の経済社会モデル

SDGsの取り組みに対する評価は、ドイツのベルテルスマン財団とSDSN(持続可能な開発ソリューションネットワーク)が発表している、「世界のSDGs達成度ランキング」が参考になる。その調査によると、最新(2019年6月発表)の日本のランキングは、前年と変わらず15位。「達成できている」と評価されたのは、17の目標のうち、わずか2つに過ぎなかった。

SDG Index「Sustainable Development Report 2019」

蟹江 「日本が『最大の課題』と評価された目標は、4つあります。その中で、目標12『つくる責任つかう責任』についての評価は厳しすぎると思いますが、ジェンダー(目標5)、エネルギー(目標7)問題への取り組みは、確かに日本はまだまだ遅れています。加えて、気候変動(目標13)に対する取り組みも弱いと、私は思います。

逆に、教育(目標4)は『達成できている』と評価されていますが、現在の新型コロナウイルス対策の中で明らかになったように、IT化・ネットワーク化の面で、日本は立ち遅れているといえるでしょう」

こうした評価を、企業の立場からは、どのように解釈すればよいのだろうか。蟹江氏は、「取り組みが遅れている目標の中にこそ、企業にとっての新たな成長のヒントがある」と語る。

蟹江 「SDGsの取り組みの評価は、私たちに“今、やれていないこと”が何なのかを教えてくれています。そして、その“今、やれていないこと”をやれるようにするビジネスモデルを構築すれば、企業は、他社との差別化を図ることができ、競争力強化や新たな成長につなげていくことができます。その意味で、将来のビジネスチャンスのありかを、私たちにわかりやすく示してくれているのがSDGsなのだといえます。

SDGsの17の目標、169のターゲットは、全世界共通の2030年の経済社会モデルを示しています。企業には、そこに並んでいる課題をそれぞれの事業環境に当てはめて考え、SDGsの目標達成に貢献するビジネスをカスタムメイドしていただきたい。それは、2030年のビジネスモデルを先取りすることを意味し、企業にとっても十分にメリットがあるはずです」

蟹江氏が強調しているのは、「グローバルな目標であるSDGsを、それぞれの企業が置かれた環境にローカライズする」ことの重要性だ。言い換えれば、「SDGsを自分ごと化する」ことが大事だということだろう。日々のビジネスの中ではSDGsを遠い目標のように捉えてしまいがちだが、実際に日々のビジネスの中で「SDGsの自分ごと化」に取り組んでいる企業があると、蟹江氏はいう。

SDGsを社会貢献として捉えてはいけない

蟹江 「先ほど触れた『xSDGコンソーシアム』には、SDGsに感度の高い企業が参加しています。そのひとつ、良品計画も、SDGsに先進的に取り組んでいる企業です。SDGs研究所との共同研究を通じて詳細に点検をした結果、海洋プラスチック問題への取り組みが弱いことが分かり、新たな取り組みを始めました。他にも、再生可能エネルギーの使用比率が低いなどの課題が発見され、対応策を取ろうとしています。これは、SDGsをチェックリストとして活用した事例だといえます。

SDGsを使って弱みを強みに変えた企業もあります。富士ゼロックスは、かつて、『用紙の調達先企業が森林を破壊している』と批判を浴びたことがあります。それを契機に、用紙調達基準を見直したほか、調達先基準を設け、サステナブルな用紙調達の体制を構築しました。このケースは、SDGsを指針・指標として活用した事例といえます」

こうした事例を通じて分かることは、「SDGsに取り組むことが、企業のサステナビリティを高めることにもつながる」ということだ。そこで大事になってくるのが、「本業の中にSDGsを組み込むこと」だと、蟹江氏は指摘する。

蟹江 「残念なことに、SDGsを社会貢献や従来型のCSRの一つとして捉えている企業が、まだ多くあります。資金的に余裕があるからSDGsの取り組みを行っているということでは、その取り組み自体がサステナブルではないのです。企業の本業をSDGs推進に貢献するかたちにして、全社的にSDGsに取り組むことが、企業のサステナビリティを高め、企業価値を高めていきます。

冒頭でも触れましたが、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視した投資)を重要視する方針を示しているように、今、金融を通じて企業のSDGsの取り組みを評価する傾向が強まっています。先進的な企業はこの傾向に対応するべく、本業を通じてSDGsに取り組む事業モデルを構築し、ESG投資を呼び込むように努めています」

投資する側は「ESG投資」を通じて企業を選別し、投資を受ける側は「SDGs」を通じて企業価値を高めていく。この対応関係が、社会的な課題解決を促すメカニズムとして働き始めているのだ。

Green Globe On Moss – Environmental Concept

SDGsは、コロナ後の社会を持続可能なものに変えていく道しるべ

ここまで見てきたように、SDGsの取り組みはその重要性を増してきており、それらをめぐるさまざまな動きも活発になってきている。そして、これから先、“コロナ後”の社会のありようを見据えたとき、SDGsが果たす役割はさらに大きくなっていくと考えられる。

蟹江 「新型コロナウイルスのパンデミックによって明らかになったことは、私たちが暮らしている今の社会が持続可能ではなくなっているということです。ポストコロナで一番大事になってくるのはサステナビリティであり、サステナビリティを目指す社会に向けて一気に変わっていくと思います。

これまでの持続可能性を高めていく取り組みがもっと行き届いていれば、パンデミックがもたらすインパクトはより小さく済んだはずです。そして、今の社会・経済の混乱のしわ寄せは“取り残された人々”により大きなダメージを与えていて、このままでは社会が壊れてしまいかねません。

SDGsは『誰一人取り残されない(No one will be left behind)』ことを理念として掲げていますが、今こそ、その理念の実現が求められているのではないでしょうか。その意味では、SDGsがポストコロナで社会を変えていく一番の“道しるべ”となるでしょう。

企業は事業の中核にSDGsを位置付ける必要がありますし、各国の政府は政策の中心にSDGsを据えるべきだと思うのです」

SDGsは、2030年をゴールにした目標だ。そのゴールの時点でどういった社会になっているかは、現在の社会の中核を担う世代の責任が大きいといえるが、蟹江氏は、若い世代の柔軟な発想に大きな期待を寄せている。蟹江氏は「2011年の東日本大震災を10歳前半の時に経験した世代は、社会が一体となって取り組むことをごく自然なこととして捉えている」と感じるという。

危機を乗り越えてきた経験から学び取った英知と、若い世代のマインドで、ポストコロナにどのような社会をつくり出せるのか、日本の力が問われている。