新型コロナウイルス拡大の影響を受け、飲食業界、ホテル業界、エンターテイメント業界などで、閉店や倒産のニュースが後をたたない。その一方で、廃業の危機にあえぐ人々を救おうと、宿泊前売り券やクラウドファンディングなど、さまざまな支援策が誕生している。
そのうちの一つとして30万人以上が加入するのが、Facebookで展開されている「コロナ支援の縁結び」グループだ。これは、赤字覚悟でも商品在庫を処分したい「生産者」と彼らを支援したい「顧客」をマッチングさせる目的で、日々、活発なやり取りが飛び交っている。
この取り組みに対して「日本の貧困化を助長している」と指摘するのは、ロサンゼルスで「和菓子ブランド」を立ち上げた女性起業家であり、2018年にはForbes JAPAN「地球で耀く女性 100 人」最年少で選ばれた三木アリッサさんだ。「生産者へ赤字覚悟の割引を要求することに対して、憤りが隠せない」と語る彼女に、その真意を聞いた。
- 三木アリッサ
- Forbes Japan 地球が耀く女性100人最年少選抜(2018)/ Business Insider Japan Game Changer 2019
1992年生まれ。早大法学部在籍中にプリザーブドフラワー専門ブランド立ち上げに参画し、楽天ナンバーワンブランドに育てる。卒業後外資系メーカーにその企業初の学卒マーケターとして採用されCRMを担当。その後、日本酒ベンチャーで新ブランド立ち上げや、伝統工芸品ECの新規事業立ち上げに参画。さらにはイスラエル専門商社にて、新規事業開発Mgとして、過去最高売上の12倍を半年で更新。現在日本のLVMHの創設を目指して、ロサンゼルスにて和菓子D2C「Misaky.Tokyo」立ち上げを行なった。現在シュレックなど手がける「ドリームワークス」本社での販売他、トランプ大統領保有の高級ゴルフクラブにて30社ほどしか選ばれない公認ベンダーの一つにも認定されている。
赤字覚悟での販売は、支援という名の「搾取」でしかない
——先日、Twitter上での三木さんの発言に注目が集まっていました。この真意を伺えますか?
この発言の発端となったのは、生産者と消費者をマッチングさせる「縁結び」が目的のFacebookグループの存在です。目的は、コロナ禍において苦しんでいる生産者を助けることであり、この設立目的自体はすばらしいと思います。
ただ、問題なのは「赤字覚悟の割引価格でなければ販売できない」という点。例えば、市場に出せないクオリティの商品を大幅値引きで売るなら理解できますが、このFacebookグループで投稿されている商品は、コロナ禍によって突然売り場を失った商品も多い。つまり、品質には何の問題もないということです。
それなのに、主催者が生産者に対して赤字覚悟の値引きを要求するのは、おかしくないですか? 赤字覚悟で販売して誰が救われるのでしょう?
確かな技術とプライドを持ってクオリティの高い商品を作っている生産者の方々に対して、リスペクトがある支援策だとは到底思えなかったし、これは「支援という名の搾取」だと思います。Twitter上ではさまざまなご意見をいただきましたが、それでも「No」と声を上げ続けなければいけないと感じています。
——なるほど。現在、このグループは30万人規模に成長しており、活発な活動の様子が伺えます。三木さんのご指摘どおり、利用の動機は「苦しんでいる生産者を救いたい」ではなく、「いいものが安く買えてラッキー」という方も多いかもしれませんね。
それって、本当の意味での支援だと言えるでしょうか? まるでバナナのたたき売りのようで、安くていいものを欲しがる人たちが群がっているように見えました。
今まで取引していたお客様がいなくなり、やむなく在庫を抱えてしまった、という状況なのだから、生産者が損をしない価格で売るのが本来あるべき支援の姿ではないでしょうか。赤字覚悟の価格でしか販売できない状況が続いたら、一次産業の方々はつぶれてしまいますよね。
——これまでに6社にジョインし功績を残してきた三木さんから見て、いわゆる「たたき売り」や「搾取文化」は、どんな業界、どんな場面で見られましたか?
主にB to Bの業界はその動向が強く、例えばイスラエルの専門商社時代には、日本企業からの値下げ交渉に悩まされました。
私が担当していたヘルステックの領域では、FAD(アメリカ食品医薬品局)認証済で、安全性・有効性のお墨付きがあり、世界中からラブコールを受けているユニークな商材であるにもかかわらず、多くの日本企業は「自社で定められたバジェット以内でなければ買えない」と回答しました。
この背景には、部長クラスの人でも予算の権限を持っていないという企業構造の課題もありますが、根底に「相場に合わせるよりも自社の予算に合わせて買い叩く」という文化が当たり前に根付いているからだと感じています。
アメリカでは「サポートスモールビジネス」がムーブメントに
——では、アメリカでビジネスを展開する三木さんの視点で、アメリカの人々は「消費」に対して、どのような価値観を持っていると感じますか?
前提として、アメリカは日本に比べて貧富の差がものすごく大きいので、貧困層には当てはまりませんが、中流層以上の人たちは、「自分の身の丈にあったものを持とう」とか「クリエイティビティのあるものを持ちたい」という意識が強い気がします。ミレニアル世代は特に。
例えば、日本にも上陸したアメリカのスニーカーブランド「オールバーズ」は、1つの靴を作る工程で排出される温室効果ガスの数字が表示されていて、これをゼロにすることを目指しています。価格帯は相場よりも高いけれど、すごく人気があるのは、顧客がブランドの理念に共感し、環境にいいモノを買える喜びを価値だと感じているからでしょう。
それらを身の回りに置くことで自分自身の価値が上がり、人生が豊かになる。さらには自分が購入することで、そのブランドや職人さんたちの支援になることを肌で感じられているんだと思います。
日本だと、オタクの文化が近いと思います。アーティストやクリエイターを尊敬しているし、存続してほしいから、ものすごく高くても買いますよね。
——今回の新型コロナウイルスの状況を受けて、アメリカでは経済的な影響を受けた企業、人たちを支援しようという動きは出ていますか?
一つユニークだと思ったのは、インスタグラムで「#supportsmallbusiness」(サポートスモールビジネス)というハッシュタグを付けて、自分が好きなスモールビジネスをタグ付けして投稿するムーブメントが起きていることです。
値引き戦略ではなくて、「今だからこそスモールビジネスをみんなで応援しようよ」というメッセージが込められた活動を見て、すごく安心しましたね。というのも、スモールビジネスは多様性を生んだり、独自のクリエイティビティを持っている存在だということをみんなが理解しているんだなと感じたからです。
——アメリカを拠点に生活するようになって、三木さん自身の消費の価値観にも変化はあったのでしょうか?
東京に住んでいたときは、「〇〇していないと不幸」みたいな強迫観念があったんです。脱毛とか美容とか。流行に乗っているのが正義っていう。メイク用品一式やジャケットにヒールなど、好きではないけど「持っておかないと」というソーシャル的に必要なものが多かった。
でも、LAに来てからは周囲に合わせて「自分が心地いいものは何か」を追求できるようになり、たくさんモノを買わなくなった代わりに、1つ1つの好きなモノにお金をかけるゆとりができました。みんな、他人がどんな格好をしていても気にしないんですよね。自己肯定感が高まるような買い物ができるようになり、これは前向きな変化でした。
職人を守りたい「成功事例」を生むためにLAで起業
——今回、三木さんは「赤字覚悟の割引支援」に対して、ハッキリと「No」という意思表示をされています。なぜ、そこまで言及されるのでしょう?
声を上げる目的は「一次産業の生産者、職人、アーティストの方を守りたいから」です。支援とうたいながら買い叩いて搾取するような悪しき文化を根絶しなければ、彼らを支えることはできません。
その思いが生まれた背景には、私のバックグラウンドが紐付いています。私は銀行マンの父と人形作家の母の間に生まれ、アメリカと日本を行き来しながら育ちました。母はいくつも賞を取っているような作家なのに経済的には恵まれず、子供ながらに悔しい思いをしていたんです。それが転じて「職人やアーティストを助けたい」と思ったことが、LAでの起業にもつながっています。
——なぜ、LAでの和菓子ブランドという選択だったのですか?
まず、職人・アーティストの方が十分に稼ぐことができる「器」を作らなければいけない、「いいモノは高くても売れる」という成功事例を作らなければいけないと考え、ブランドの立ち上げを決めました。
和菓子というアイテムを選んだのは、ビーガンメニュー、かつグルテンフリーのものしか食べられない人にもおいしいお菓子を食べてほしいと思ったから。私の友人がまさにそうで、彼女がパーティーで何も口にできなかった姿を見て、ショックを受けた原体験があります。
LAという場所を選んだのは、外貨を稼ぎたいと考えたこと、以前の職場でアメリカ法人の立ち上げに携わりローンチまでを経験したこと、アーティストや職人をリスペクトする文化がベースにあること等の理由からです。
現在は、私がすべて手作りで和菓子を作っていますが、ゆくゆくはすばらしい技術を持つ職人の方を呼び寄せて、共にイノベーションを起こし、弊社で販売してもらえたらと考えています。
——現在は、どのような商品を、どのような戦略で販売されているのでしょうか?
宝石のようなビジュアルの和菓子を5粒1セットとして、ボックスに詰めて販売しています。こだわりは、ビーガン、グルテンフリー、着色料無添加であること。アメリカ人の嗜好に合うよう研究を重ね、200回のレシピ変更を経て、まったく新しい概念の和菓子を作り上げたことです。
通常の和菓子は着色料を多く使用していて、アメリカ人からすると香りが良くない、という声が聞かれますが、弊社の和菓子はハイビスカスクランベリー味、ブルーベリーレモン味、ローズウォーターとドライローズを使ったローズ味など、日本では出会えないフレーバー、味、テクスチャを採用しています。現状、顧客の8割がアメリカ人、かつそのうちの6割が白人です。
価格帯は5粒25ドルで、日本円だと1粒約500円。一般的な和菓子なら1個100円程度で買えるところ、ビジュアルや製法、原材料に独自のこだわりがあるため、約5倍の価格帯ですが、それでも一定層に支持されています。
現在は弊社のWEBサイトの他、アメリカ国内のファーマーズマーケット3店舗、アメリカで著名な映画会社「ドリームワークス」の本社内、トランプ大統領が保持する高級ゴルフクラブ内で販売されています。
ファーマーズマーケットは、通常、店舗を持つのに2〜3年は待機しなければならないところ、「アメリカで求められている健康志向の商材であり、ユニークだから」という理由で、すぐに店舗を持つことができました。
トランプ大統領所有のゴルフクラブでの販売は、飛び込み営業の成果です。アメリカにはコネクションもなかったし、とにかく必死でした。「職人やアーティストを支援したい」という思いで、ここまで海外で最前線を走っている人はほんとどいないし、もし私が失敗したら次に同じことをやろうと思う人が出てこれないと思うから。
すべては鏡。半径10mの人たちの「労働」にリスペクトを
——日本が「買い叩きの文化」と向き合い、より良く変わっていくためには、どんな変化や行動が必要だと思いますか?
他人へのリスペクトを持つことは、イコール自分へのリスペクトがあること、かつ人から自分がリスペクトされていることだと思います。元マクドナルドCMO足立光さんがおっしゃっていた「すべてはリフレクションでしかない、鏡なんだ」という言葉がすごく好きなんですが、人をリスペクトしていたら、自然と自分もリスペクトされていくんです。
日本の特徴として、「変われない文化」が根強いと思います。コロナ禍であっても、リモートワーク導入率は依然低いまま。日本がドラマチックに変われるとは、私も思っていません。
でも、半径10mの人たち、例えば同僚やよく行くコンビニの店員さんなどの労働に感謝していくと、回り回って自分も感謝されるようになる。その連鎖でハッピーな気持ちが満タンになれば、おそらく目に見えない一次産業の生産者や職人、アーティストの方の労働にも目が届くようになるんじゃないかなって。
時間はかかるけど絶対に未来が変わっていくと信じているし、私は誇りを持ってそういう行動を続けている人の応援者で有り続けたいです。何か心ないことを言われたら、いつでも私のTwitterに絡んでください(笑)。私なりに日本人の方にエールを送りつつ、良くないものは「No」と言える人でありたいと思います。
——今後、三木さんご自身が変化を起こすための活動をする予定はありますか?
和菓子に限らず、日本が誇るすばらしい職人技術を海外に持っていくには、ルイヴィトンの日本版を作らないといけないと考えています。これから10年かけて、アメリカでIPO(新規上場株式)ができるまでのブランド展開に本腰を入れていきたいです。その結果、日本のアーティスト、職人の方がより世界からリスペクトされて、新しい外貨を獲得する道筋を作れたらと切に思っているので、どうか楽しみにしていただけたら嬉しいです。
取材・文:小林 香織