終息への道筋がいまだみえない新型コロナパンデミック。外出・営業の禁止や自粛要請が行われている各国で、飲食店関連ビジネスは非常に困難な状況に追い込まれている。
これは、厳しいロックダウンがなされたアメリカやイギリスといった国ではもちろんのこと、ロックダウンなしのスウェーデンですら例外ではない。ストックホルムからは4月〜5月の売上が約80%減少していることを嘆く、ミシュランレストラン「Oaxen Krog」のオーナーシェフの声が届いている。政府の方針にかかわらず、多くの飲食店はパンデミックによる打撃を避けることはできないのだ。
そんな中、アメリカやイギリスでは、グロサリー(食料・日用品店)へと姿を変えるレストランがみられるようになった。
客席を商品棚へと変え、人気シェフプロデュースのレシピキットや、シェフセレクトの高品質な食材、手作りの保存食、ダイニングを彩る雑貨やブーケを並べ、こだわりのある食品や雑貨を扱うセレクトショップとして生まれ変わることで、人々が自宅ですごす長い時間に癒しと気分転換を提供している。
外出制限下で、自宅で凝った料理やおかし作りをする人が増えているのが、その背景にある。休校中の子供と楽しむためや、自身の不安感を解消する手段、または暇つぶしとして、多くの人がケーキやパン、ピザを焼きはじめ、イタリアでは小麦粉の需要が戦後最高を記録した。
また、ヨーロッパでは、少しおしゃれをして、ワインと特別な食事と共に会話を楽しむ、そんなレストランならではの雰囲気を自宅に少しでも届けるために、常連客に向けたバーチャルディナーイベントを企画するレストランもあらわれた。
パンデミックによるビジネス環境の激変に挑む、各国の飲食店や卸業者のストーリーを紹介する。
ロックダウン下で生まれる、元レストランのグルメグロサリー
多くの地域で「生活に不可欠な業種」以外に厳しい営業規制がなされたアメリカ。閉鎖した店も多くあるなか、一部の店は「生活に不可欠な業種」へと変わることを選んだ。生活必需品や食材を扱うグロサリーだ。
しかし、ただの小規模スーパーマーケットになったわけではない。手の込んだ料理や美しい食卓の演出といった、家庭においても豊かな食事時間を求める人に向け、自家製パン・ピザ生地、シェフプロデュースのレシピキットが並ぶ個性あるグロサリーへと変わったのだ。
「打撃を受け止め、状況を把握すること、そして迅速な決断を下すこと」、そんなモットーを持つサンフランシスコのレストラン「Prairie」のオーナー、ストロング氏は、新型コロナがもはや東アジアだけの問題でないことに気づくと、すぐにデリバリーを始めたが、その利益率は十分なものとはいえなかった。
しかし、パンデミックによるデリバリー市場の競争激化と同時に、スーパーマーケットでは商品がごっそり消え失せる様子を、ストロング氏は冷静に観察していた。
そして、3月なかば、市内のレストランの店内飲食禁止が決定された時、「Prairie」はすでにグロサリーへと姿を変え、店の特製料理やデザートを家庭で再現するための材料キットを元客席に並べ、調理法の解説をするYouTubeの配信を始めていた。
アメリカ版料理の鉄人の優勝者によるレストラン「The Stove」も同様の取り組みで注目される他、ロサンゼルスのアジアンレストラン「Porridge and Puffs」は、テイクアウトに加えて、シナモン&バジル風味の大根ピクルスや、レモングラスのジャムといったユニークな食品、花束、コスメなどの雑貨を総合的に扱うグロサリーになっている。
通常はレストランのみに食材を卸していた業者もその多くが、一般家庭向けオンライングロサリーへと方向転換している。食料品売上高が3月に大きく増加し、108億ポンドに達したイギリスでは、多くのレストラン専門卸売業者が家庭向け宅配サービスを開設した。
Smith & Brock社は通常高級ホテル・レストランに食材を供給しているが、WhatsAppを使って一般家庭から多数の注文を受けるようになり、一時解雇を余儀なくされていた従業員を再雇用することができるようになった。
世界中の高級レストランに食材を卸していたNatoora社は、「シェフ品質の食材」をテーマにしたデリバリーサービスを開設し、1日に数百人の新規顧客を獲得。2週間足らずで3万人以上の顧客に宅配サービスを提供するようになり、新規採用まで行って高まるニーズに対応している。
ロンドンの魚卸業者Pesky Fish社は、Instagramの投稿2件から4,000を超える家庭への宅配申し込みを受けた。売上高は今ではコロナ前を上回っているという。
コースディナーにレストラン体験をセットでデリバリー
厳格なロックダウンは選択せず、自粛ベースで対処している国もある。その代表選手スウェーデンに加え、筆者の住むエストニアも、基本的に外出自粛要請と社会距離の導入にとどまり、レストランの営業はモール内を除き禁止とはならなかった。
しかし、収容人数の半減や、消費行動の変化、観光客の激減は、このような国でも外食産業に大打撃を与えた。
地元の客に支えられた店であっても、状況はかなり厳しい。
首都タリン住宅街のカフェ「Faehlamanni」は9割の顧客を失い、営業を一時停止した。中心部商業エリアのカフェ「Rost」は、感染拡大後も休まず営業を続けているが、客足は5割減となり、焼きたてパンのデリバリーなどで、なんとか従業員の解雇や給与減額を免れている状態だ。
しかし、もっとも大きな困難に直面しているのは、デリバリーに馴染みづらい中〜高価格帯のレストランだ。多くのレストランが完全な自主閉店を選ぶ中、風変わりなサービスを始めたのが、ワインレストラン「Salt」だ。
地元の常連客に人気だったこのレストランは、「バーチャルポップアップ」と名付けられたイベントを企画。常連客にデリバリーで59ユーロのディナーとオプション料金のワインを届けると同時に、お店のスタッフや他の常連客とオンラインでつながるイベントを行なった。
ディナーの宅配を受け取った後は、少しおしゃれをしてZOOMイベントに参加、シェフからのディナーメニューの説明や常連客やスタッフとのおしゃべりを楽しみながら食事をする。外食ならではの雰囲気を感じる体験を届けることで、長引く非常事態下の変化のない在宅生活にうんざりしていた常連客たちに気分転換の機会を提供した。
5月現在、多くの国で外出制限が徐々に緩和されつつあるが、第二波到来のリスクはいまだ大きく、ワクチンや特効薬もない現状では人々の不安は尽きない。
外食、旅行、航空、イベント産業だけでなく、このパンデミックは、今後さらに様々な産業に影響を与えるだろう。様々な生き残り術ともいうべき取り組みも、実際に売り上げ維持を達成できるのは一握りの店だけだという。それでも、冷静な状況分析と迅速な判断で、この危機に挑むビジネスオーナーたちのストーリーには励まされる。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)