デマに踊らされないために。アフターコロナでも鍛えるべき「海外ニュースを追う力」

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新型コロナウイルスに関連した緊急事態宣言が多くの都市で解除された。第2波は心配だが、首都圏、関西も踏ん張りどころだ。

この1~2カ月、通勤や飲み会がなくなり、時間ができた人も少なくないだろう。オンライン飲み会、筋トレ、読書が盛り上がっていたが、今回のコロナ騒ぎを通じて、デマだけでなく、ソース不明の海外ニュースが大量に拡散しているのを見て、個人的には情報リテラシーの底上げが必要だと感じた。

正確な情報に早くアクセスできれば、大事な判断に生かすこともできる。生み出された時間のいくばくかを、語学力や読解力のブラッシュアップに使ってほしいし、自分もそうしたいと思っている。

国の動きが遅いときは海外の情報収集が必要

私自身は英語ニュースと中国ニュースのウォッチャーで、経済ニュース執筆をメインの仕事としている。だから新型コロナウイルスも1月下旬から「自分の生活に関わる問題」と考え、我が家と実家の分のマスクを確保していたため、数カ月続くマスク不足問題とは無縁で済んだ。

新型コロナが「自分事」になる時期は人によって差があり、早い時期に対応を取った人たちには、「外国語のニュースを読むのに苦がない」、あるいは「海外からダイレクトに情報が入ってくる」という共通点があった。

X JAPANのYOSHIKIさんは、AER dot.のインタビューで「アメリカは3月13日に国家非常事態が宣言されたのですが、その時点ではLAのみなさんはまだあまりピンときていなかったと思います。(中略)でも僕は昨年から今年にかけてほとんど毎週のように飛行機で世界中を飛び回っていたので、状況を何となく察知していて」と、2月下旬に入っていたヨーロッパでの仕事をすべてキャンセルしたと明かしている。

ソフトウエア開発とデザインを手掛けるフェンリル(大阪市)は1月29日、2月に予定していた7つのイベントを全て中止・延期すると決めた。既にホテルの会場を予約していたものも、キャンセル料を払って取りやめたという。広報の藤本陽子さんは、日本は平常モードだった1月に中止を決めた理由について、「当社は中国の大連と成都に開発拠点があり、リスクを身近に感じた」と話した。

オーディオブックを配信するオトバンクの久保田裕也社長は1月下旬、出張でオーストラリアを訪れた際に、周囲にいた中国人の会話から新型コロナの深刻さを感じ取り、同月27日に原則として「全社テレワーク」に切り替えた。同社は1月時点で受け付けにアルコール消毒液とサージカルマスクを設置している。

厚労省や政府の動きが遅かったので、国内ニュースだけウォッチしていても、2月や3月初めの段階では日本でも休校、休業要請に発展することを想像しにくかったはずだ。だが、中国だけでなく欧州の動きを見ていると、2月中旬には「遅かれ早かれ休校になるだろうなあ」と予測できた。飲食店の休業も同様だった。政府の対応が遅く、政策が二転三転するため、個人として防御する必要を痛感した。

判断材料がロンダリングされる海外ニュース

海外のニュースは日本でも大量に報じられている、と思うかもしれない。だが、ネットで流れる「海外発のニュース」は、引用や編集、翻訳の過程で何重にも加工され、ソース元の原形をとどめていないものも珍しくない。という事実さえ、ソース言語を読めなければ気づけない。

日本発のニュースなら、「バラエティ番組からそのまま抜き取られた記事だ」「一部の発言が切り取られている」と簡単に調べられるが、外国発のニュースだと、最初に報じたメディアのスタンスや、どの程度取材しているのか、記者の力量はおおむねロンダリングされてしまう。

新型コロナは世界共通の話題なので、日本のニュースも海外で頻繁に報じられているが、「NHKのニュース」と「東京スポーツの記事」が「日本メディア」の報道として同列に紹介されていたりする。報道スタンスや得意分野がまるで違うのは、日本人なら分かるだろうが、海外では一括りだ。日本でも、「独メディア」「米メディア」などという引用で、同じことが起きている。

新型コロナは人の移動を制限するため、一次情報を直接取るのは難しい。私も海外メディアの報道をしばしば引用するが、例えば著名人の発言などは動画か発言全文まで探すようにしているし、ニュースソースの確かさは慎重に判断し、信頼性に自信を持てないものは使わないようにしている。

ただし、海外ニュースをソースに記事を作成する日本メディアの全てがそうしているわけはない。問題意識を持って報道しているところももちろんあるが、PVを取るためだったり編成のすき間埋めだったり、向き合い方はさまざまだ。海外ニュースは言語の壁があるため、記事で取り上げた人からのクレームもつきにくい。極端な切り取り方やチェックが緩くなることは、ままある。

今回あふれる情報の前に、「何が本当か分からない」と疲れてしまった人、あるいはニュースのシェアをよくする人は、「ソースを探す」習慣を持ってほしい。「こんな重要な情報をなんでマスコミは報じないのか」と、海外ニュースをシェアする投稿を時々見るが、そのニュースのソースが不明、あるいは書き手の何等かの意図によって誇張されて、元のニュースからかけ離れていることも少なくないのだ。

メディアもファクトチェックが緩くなる海外記事

8年ほど前だが、東京外国語大学の亀山郁夫学長(当時)がインタビューで「(言語の)両利き人材を育成する」と発言していた。

「第一外国語は右手(使えて当たり前)、もう一つの外国語が左手」というような趣旨だったと記憶している。ウイルスだけでなく情報が世界をぐるぐると回るコロナ時代に、同氏の言葉は一層説得力を持つ。

新型コロナは世界中で起きていて、スウェーデン、ブラジル、ロシア、韓国の状況が日本でも大きく報じられている。だが、情報のニーズが高まっており、かつ移動が難しい中で、直接取材による報道は少なく、大半は現地ニュースの翻訳か引用だ。

そして、英語圏以外の国のニュースは、その国のニュースがまず英語に翻訳され、その後日本語に翻訳されて日本に入ってくることが多い。

この場合、言語A→英語、英語→日本語で、2回のノイズが入り、その都度編集されることもある。日本の編集部が情報を裏取りするのは、かなり難しくなる。

そういった制約で英語記事の怪しさを見抜けないまま、多くの後追い記事が生み出され、既成事実化された「誤報」もある。コロナ関連のニュースは今や政治的分断も生んでいるため、客観的に判定できるフィンテック分野から、典型例を紹介したい。

後追いが生み出す誤報の連鎖、現地情報の重要性

2019年8月27日(現地時間)、米フォーブスが「中国人民銀行がアリババ、テンセント、中国銀聯、4大国有銀行などと組んで、数カ月以内、早ければ11月11日にデジタル人民元を発行する」と報道した。

情報のソースは中国建設銀行で2012年まで要職を務めていた人物など2人と書かれていた。

結論から言えば、中国人民銀のデジタル通貨は2020年5月時点でも発行されていない。フォーブスが記事を公開した数時間後には、ニュース元の中国でも「デマに近い飛ばし記事」と判断され、結果的には裏取りがしっかりしていない誤報だった。

だが、このフォーブスの報道は、ロイターやコインテレグラフジャパン、コインポスト、コインデスク・ジャパンなどが翌28日に日本語で後追い記事を出し、かなり拡散した。各記事の第一パラグラフは、ソースが他メディアの引用であるにもかかわらず、ほとんど疑いを持たない書き方になっている(コインテレグラフジャパンは1文目に「フォーブス」と「関係者の話」というソースを明示しており、自媒体としての判断を保留している)。

●ロイター
「中国人民銀行(中央銀行)は、早ければ11月11日に独自の仮想通貨(暗号資産)を発行することを計画している。 米経済誌フォーブスが関係筋2人の話として報じた。」

●コインデスク・ジャパン
「中国政府の中央銀行にあたる中国人民銀行が、独自のデジタル通貨の発行を計画しており、数カ月以内にアリババやテンセントなどを通じて配布される見込みであることが分かった。Forbesが報じた。匿名の情報源によると、早ければ11月11日までに発行される見込み。」

●Coinpost
「中国の中央銀行が独自のデジタル通貨(仮想通貨ではない可能性が高い)をローンチする準備が整い、大手企業7社が活用に動くことがわかった。米フォーブス誌の報道で明らかになった。」

●コインテレグラフ・ジャパン
「中国人民銀行の独自仮想通貨を最初に受け取って使うのは、アリババやテンセントなど7つの企業であるとフォーブスが関係者の話として報じた。」

コインデスク・ジャパン、ロイターの記事が公開されたのは28日午後3~4時台だ。だが、同日午前には複数の中国メディアが人民銀幹部に取材し、「フォーブスが報道したような情報は聞いていない。デジタル通貨プロジェクトに関する情報は行内で共有されているが、具体的な発行日は通知されていない」「発行時期、発行機関のいずれの情報も根拠がない。飛ばし記事もいいところだ」とのコメントを報じている。

それらをチェックする時間はあったし、チェックしていればもう少し抑制的な報じ方ができたはずだが、そうはならなかった。

そもそも、このニュースは中国の情報を米国メディアが報じている。本国のニュースをきちんと追っていれば、フォーブスの記事には疑問点を複数見つけられる。

デジタル通貨は早ければ「11月11日に発行」とあるが、その日は世界的に有名になったアリババのECセール「独身の日」だ。フォーブスも追いかけたメディアも、中国最大のECイベントにデジタル通貨をローンチするのは筋書きとして通りがいいと思ったのだろう。

ただし、中国事情を知っていれば、そこがおかしいのだ。「独身の日」は物流や決済業者にとっては膨大な取引が殺到する、1年で最大の「試練の日」と言われる。試験運用の話もなく、なぜ1年で1番リスクが高い日に全く新しいシステムをぶつけるのか。合理的な判断とは思えない。

また、人民銀幹部はデジタル通貨についてかなり積極的に発言しており、建設銀行を7年前に退職した人物から先にローンチの日程が出て来ることは、これまでの流れから相当な違和感、唐突感があった。

当時私はブロックチェーンの原稿も多く書いており、このフォーブスの記事や後追い報道についても各所から照会が入ったが、以上の分析から「フォーブスの記事は危ない」と判断した。むしろいくつものメディアがフィルターにかけずに後追いしたことに驚いた。

ちなみに、Coinpostは一報後すぐに「中国メディアは否定的」と追記し、コインテレグラフジャパンも翌日、続報で「中国メディアによると、人民銀は否定」と報じている。ロイターとコインデスク・ジャパンが「人民銀総裁が否定」という記事を出したのは、9月下旬だったと記憶している。日本ではそのあたりで、各社が引用したフォーブスのソースは「誤報」ということで決着したが、中国のデマ判定プラットフォームではもっと前に、複数の検証を経て「デマ」と認定されていたことも付け加えておきたい。

メディアの質は国民の情報リテラシーを反映する

怪しい記事をしっかりチェックすることなく複数のメディアが後追いしたのは、「フォーブス」の看板が大きかったことに加え、ファクトチェックに英語と中国語、経済知識の3スキルが必要になり、そこまで追いきれなかったからだと思われる。

新型コロナはデジタル通貨とは比較にならないほど人々の関心が大きいため、数えきれないほどのメディアが、海外ニュースを引っ張って日本語で発信している。同時に、その情報のファクトチェックには、英語力だけでなく、他の言語、あるいは医学知識、経済知識など複数の物差しが必要になるが、それを徹底しているメディアはどれくらいあるだろうか。

あと半年経てば「あれは根拠がない報道だった」「専門家が発信していたけど思い込みに基づいていた」というものがごろごろ出て来るだろう。

だから、良く知られたメディアの発信でも、個人としての精査や防御は必要だ。

私は2008年のリーマンショックのとき、新聞社の経済部で記者をしていた。あの時も米国サブプライムローン問題がくすぶっていたとき、それが世界を巻き込んだ大不況につながると早く気付いた人は少なかった。日本に火の粉が降ってきてようやく、「経済のグローバル化」が認識された。

今回も全く同じだ。グローバル化が進むと、遠いところで起こっているように見える嵐は、気づけば自分の足元に迫っている。そして環境の急変時には、情報が急増する。それらを適切にフィルタリングし、自分にどんなリスクが及ぶかを算出する力は、個人やスタートアップのサバイバル能力に直結する。

外国発の怪しいニュースだけでなく、新型コロナでソース不明のチェーンメールも大拡散した。フェイクニュース、裏取りの甘い情報、誇張した情報が沸いて出る現状は誰も歓迎していないだろうが、それらの情報を発信するメディアが生き残るのは、そこにニーズがあり、拡散してくれる人がいるからだ。外国語でニュースを読める人、おかしい部分を指摘する人が少ないから、読まれればなんだっていいコンテンツが面白いようにSNSをジャックする。

コンテンツやメディアの質の向上には、読み手自身の情報リテラシーの向上も欠かせない。
「これが本当ならば許せない」と、海外ニュースが日本語に翻訳された情報をシェアする人もいるが、「本当かどうか」くらいは自分で確認してほしい。「フェイクかもしれないけど、自分は判断できない。そして本当のニュースだったら許せない」と、色んなものを丸投げしてシェアする行為は、情報リテラシーを高める努力を自ら放棄していると言えないだろうか?

取材・文:浦上早苗

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