新型コロナウイルス感染症の感染拡大で社会に閉塞(へいそく)感が満ち、深刻な経済危機にある現在。しかし日本は、大災害に襲われながらもその都度立ち上がってきた。本シリーズでは、逆境に負けない日本企業の技術力やマインドを取り上げ、「コロナ後」のビジネスのヒントを探っていく。

近年、飽和状態といっても過言ではないほどデジタル情報が氾濫し、フェイクニュースやデマが飛び交う中、組織や企業が正確な情報を届けることは難しくなっている。その問題を解決するのが、検索サイトやSNSなどへ情報発信が行えるプラットフォームを提供するYext(イエクスト)だ。今回は、Yextの日本法人で取締役社長兼COOを務める下垣典弘氏に、同社の理念となっている「正しい情報を正しい形で発信する」ことの意味と役割についてお話を伺った。

消費者に正しい情報が届かなくなっている

創業者のハワード・ラーマンが「正しい情報を正しい形で発信する」ことを理念に掲げ、2006年にアメリカで創業したYext。同社の定義する「正しい情報」、「正しい形」とはどのようなものなのだろうか。

下垣 「私たちが掲げている『正しい情報』とは、企業自ら発信している一次情報であり、消費者が求めている情報のことです。しかし、オンライン上では、その情報が間違っていることがあり、その『正しい情報』が、企業が届けたいと考えている相手になかなか届いていない。また、消費者に間違った情報が提供されてしまうといったことがよくあります。

例えば、あるレストランについて検索すると、レストランのオウンド(自社)サイトにたどり着く前に、検索エンジンやマップ、数多くのグルメサイトやソーシャルメディアなどが表示されます。オウンドサイトに加えて、そうしたサードパーティのサイトでもレストランが伝えたい正しい情報が消費者に届くことが『正しい形』といえるのではないでしょうか。

デジタル情報は誰もが手軽に発信、受信できるのが最大の利点ですが、検索プラットフォームがが増えれば増えるほど、インターネット上にある自社に関する情報を企業が掌握し、管理することは容易なことではありません。消費者にとっても、情報が見つからない、誤った情報を鵜呑みにしてしまうという皮肉な現象が生じます。当然のことながら、検索した時に企業の正しい情報が提供されないことによって、企業のブランド認知にも影響を及ぼすことにもなるわけです。

オンライン上の誤った情報という課題は、インターネットの普及が早かったアメリカで顕在化し、Yextが創業するきっかけになりました。SNSの利用拡大、音声検索の登場など、検索プラットフォームも、デバイスも変化していく中で、課題はさらに大きく、複雑化しています」


株式会社Yext 取締役社長兼COO 下垣典弘氏

一次情報が届きにくいことで、フェイクニュースやガセなどの誤った情報に騙される危険性もある。実際にハワード・ラーマン氏はアメリカで福島への「間違った情報」に接したことで、インターネット上に溢れる情報が消費者に誤解を与えていることを再認識したという。

下垣 「『正しい情報を正しい形で発信する』ことができないと、企業活動に影響するだけでなく、誤解や間違った認識を生む恐れもあります。2020年1月、Yextの創業者でCEOのハワード・ラーマンが、福島県郡山市やいわき市を訪れ、日本酒の蔵元やフランス料理店などで福島の酒や食材を楽しみ、その模様を英語版、日本語版の動画にしてYouTubeで公開しています。これはニューヨークの日本料理店で、同席者から『福島の日本酒は安全ではないのでは?』と言われた彼が、間違った認識を正したいという思いから生まれた行動でした。

こうした誤解を生まないよう、デジタルの情報が、求めている人に正しく届けられるようにするためには、数多くのプラットフォームやSNSなどをつないで、情報をスムーズに流通させることが必要です。Yextがこれまで取り組んできたのは、GoogleマップやSiri、Facebook、Amazon Alexaなど、誰もが知っているプラットフォームやSNS、アプリなどをつなぐことで、その数は150以上にも上ります。最近では、中国の百度地図(バイドゥ マップ)とも連携するなど、連携を世界に広げて、企業の情報発信や情報管理のサポートを行っています。

具体的には『Yext Search Experience Cloud』と呼ぶクラウド型のプラットフォームを企業に提供し、正しい情報の発信に活用してもらっています。とはいっても、Yextの仕事をすんなりと理解してもらえないことがあるので、私自身は、わかりやすく『企業のオウンドサイト、多くのプラットフォーム、そして消費者』の三者をつなぐ『プラットフォームのプラットフォーム』と話すようにしています」

検索する消費者にメリットをもたらす情報発信

「プラットフォームのプラットフォーム」の役割を担っているYext。その働きによって、企業や団体、消費者にどのようなメリットをもたらしているのだろうか。

下垣 「例えば大手旅行会社のJTBでは、各店舗ページで個別に情報を発信していたために業務効率が悪く、発信した情報がきちんと顧客に届いていなかったことが課題でした。また、マップに最新の店舗情報が正しく反映されていなかったため、外国人観光客が大きな荷物を抱えて最寄りではない店舗まで足を運んだこともあったそうです。

こうした課題解決のため、クラウド型プラットフォームを提供して、各種の情報を一元的に店舗ページや検索エンジンなどに送れるようにし、顧客に正しい情報を届けられるように役立ててもらっています。さらに、店舗来店の予約機能を活用してもらっていますが、その結果、インプレッション数、コンバージョン率も増加し、検索経由の来店予約件数も増えました。店舗は来店の予約があれば十分な準備を行えるため接客の質を上げられますし、消費者は満足なサービスを受けることができる。双方にメリットをもたらす改善となっています。


Yextプラットフォーム導入例

また、三重県では、観光連盟と連携して、外国人観光客に向けた観光情報発信の実証実験に取り組んでいます。これは三重県内の10の観光事業者が、Yextのサービスを利用し、世界の主要な検索エンジンやマップなどへの情報発信やSNSの口コミ対策などを一括管理のもと行うものです。

バラバラに情報発信をすると、効果が薄くなり、地域の魅力はうまく伝わらないでしょう。また、国外で運用される検索エンジンなどの情報は誤ったものかもしれません。一括でタイムリーな発信を世界の検索エンジンやマップなどへ行うことで、外国人観光客は使い慣れた検索エンジンで正しい情報を簡易に入手することができ、より良い旅行をすることができます。

三重県では実証実験の結果をもとに、県全域でデジタルマーケティングを強化することも検討しています。インバウンド消費は、地域にとって大きなものになっていて、外国人観光客への正しく、統一された情報の発信は欠かせないといえます」

非常時に正確な情報を簡単に受け取れる社会をめざす

正しい情報発信が求められるのは当然ビジネスの場だけではない。新型コロナウイルス感染症の感染拡大、災害の発生時などの人命がかかった非常時には、迷わず簡単に、的確な情報を受け取れる仕組みが必要になる。

下垣 「新型コロナウイルス感染症の感染拡大の局面で、多くの人が求める情報はおそらく、『感染したかどうかの判断、診断をどこで受ければいいか』という、非常にシンプルなものでしょう。

疑わしい症状があるときは、『帰国者・接触者相談センター』に相談することになっていますが、『自分の周囲ではどこにあって、連絡の電話番号は』といった情報が、膨大な関連情報の中に埋没して、なかなか見つかりません。

また、日々の感染者数の推移なども、厚生労働省をはじめ、テレビや新聞、情報サイトやアプリなどがそれぞれ発表していますが、情報を集計する時間も情報を更新する時間も異なるので、数値がバラバラで、情報を受け取る側にすれば、迷うばかりです。こうした非常時こそ、より早く、より正しく、より的確な情報を簡単に受け取れる仕組みが必要です。

日本の事例ではありませんが、アメリカでは、3月21日にニュージャージー州、4月8日にアラバマ州、4月9日にアメリカ国務省と提携して、新型コロナウイルス感染症に関する公式な情報を提供するオンライン情報ハブを立ち上げました。これは新型コロナウイルス感染症に関する質問を入力すると、米国疾病予防管理センター(CDC)、スマートトラベラー登録プログラム(STEP)、大使館や領事ネットワークのサイトなどからのデータを使用して回答するものです。感染症に関する質問をはじめ、渡航勧告に関する質問、米国外から帰国できない米国民の帰還に関する質問などに答えています。


アメリカ国務省 オンライン情報ハブ

ハワード・ラーマンは、『正しい情報を届けることが人命を救うことにつながる』と取り組みについて語っています。こうした困難な状況にあるときこそ、Yextは『正しい情報を正しい形で発信する』ことを継続していきます」

いまこそメディア・リテラシーを高めるタイミング

Yextの事業は、いわば氾濫するデジタル情報の整理役だ。

増え続ける情報を、流れやすく、届きやすくする役割を担っている。情報を発信する企業・組織が一次情報を正しく届ける取り組みは、社会全体にメリットを与えるものとして、コロナ後の世界において、より重要性を増していくことだろう。

一方で、情報を受ける私たちも「正しい情報」についてあらためて考える必要がある。フェイクニュースやガセなどが飛び交ういまだからこそ、多くの人がメディア・リテラシーを高めるタイミングとし、この逆風を少しでも次につなげるものとしたい。