新型コロナウイルス感染症の感染拡大で社会に閉塞(へいそく)感が満ち、深刻な経済危機にある現在。しかし日本は、大災害に襲われながらもその都度立ち上がってきた。本シリーズでは、逆境に負けない日本企業の技術力やマインドを取り上げ、「コロナ後」のビジネスのヒントを探っていく。
近年、台風や豪雨による水害の頻度が高まっている。2019年10月の台風19号では車で避難中に洪水に流され、多くの命が奪われたことも記憶に新しい。水害への対策が求められる中、株式会社FOMMが開発したのは、緊急時には“水に浮く”電気自動車(EV)。このユニークな車が生まれた原点には、CEOの鶴巻日出夫氏が目にした東日本大震災の映像があった。
水に浮く自動車で津波被害から人命を守る
スズキ株式会社でキャリアをスタートし、アラコ株式会社、トヨタ車体株式会社でEV「コムス」の開発に携わっていた鶴巻氏。2013年に株式会社FOMMを設立し、水に浮くコンパクトEVの開発を目指したのは、「自動車がないと、津波から逃げられない人がいるのではないか」という思いからだった。
鶴巻 「東日本大震災時、津波に飲み込まれる自動車の映像を見てショックを受けました。自動車で避難している最中に津波に襲われ、多くの方が犠牲になってしまった。当時、渋滞で逃げ遅れることもあるので、自動車で避難しない方がいいのではないかという議論もありましたが、足の不自由な人や高齢者などのように、自動車が無いと逃げられない方もいます。私の母親も、津波が来たら避難が必要な地域に住んでいますが、走って逃げることは難しい。そこで、水に浮くEVが世の中にあれば、少しでもそういった方の助けになると考えて、実現に向けて起業しました。
水に浮くといっても、完全に水を遮断するのは大変で、開発当初の試作車には少々の水が入ってもいいように水を抜く栓をつけたりもしていました。ただ、これまでの経験からアイデアを持っていたので、技術面での不安は無かったんです。試行錯誤の結果、2014年2月に、水に浮くだけでなく低速で水面を移動することも可能なコンセプトカー『FOMM Concept One PhaseⅠ』を発表できました」
株式会社FOMM CEO 鶴巻日出夫氏
日本市場を諦めタイへ。首相に売り込み法改正を実現
創業から1年後にはコンセプトカーの開発に成功。順調なスタートに思えるが、実は開発の開始時には製造をどこで行うかは決まっていなかったという。
鶴巻 「現在は変わってきていますが、当時の日本では法律の制約などもあり、コンパクトモビリティの市場はB to Bならまだしも、一般の消費者を対象にしたものは見いだしにくい状況でした。そこで海外で生産・販売することを考えていましたが、開発をスタートした段階ではどこで行うかはまったくの未定だったんです。
一方で、普及に向けて量産化する際のコストカットも課題でした。そこで、日本のサプライヤーが多数進出していて、サプライチェーンを構築しやすいタイを製造の拠点に選びました。ところが、活動を始めた当初のタイではコンパクトEVに対する関心が低く、ナンバーすら取得できませんでした。そこで、2015年にタイの科学大臣、翌年には首相に試乗してもらい、コンパクトEVの利便性や将来性、経済性の高さなどを繰り返し訴えました。その結果、法改正が実現してナンバーを取得することができたんです」
粘り強い取り組みで逆風を乗り越え、最初のコンセプトカーの発表から6年が経過した2019年4月に、ようやくタイでの販売がスタート。現地での反響はどのようなものだったのだろうか。
鶴巻 「ガソリン代の高いタイでは、自動車の燃費に敏感なのですが、電気代で計算すると1kmを1円程度で走ることできるFOMM ONEは、経済的に優れているとの評価を受けています。タイの人が『安い!』と喜んでくれたのはとてもうれしい評価でした。
あとはデザイン面でも『かわいい』、『目立っていい』と好評をいただいています。実はコンセプトカーからデザインを変更していて、8つの候補からタイの人に選んでもらったものなんです。だからタイに合っているのかもしれないですね」
コンパクトEVの開発で地球環境の保全に貢献
日本を飛び出し、タイでの事業展開を進めてきたFOMM。さまざまな逆風下でもコンパクトEVの開発にこだわるのは、地球環境の保全に欠かせないと考えているからだ。
鶴巻 「コンパクトEVを事業の軸としているのは、東日本大震災の津波の記憶に加えて、これからの地球環境の保全に貢献できるとの思いがあるからです。ライフサイクル・アセスメントという、商品の原料、部品から、製造、販売、廃棄、リサイクルに至るまでの環境負荷を算出する方法があります。この考え方によると、部品が小さくて軽く、数も少ないコンパクトEVは普通の自動車に比べ、ライフサイクルを通じてCO2の排出が少なく、環境負荷が小さくなっています。
FOMM ONEは交換可能な着脱式小型バッテリーを搭載していますが、これも利便性とともに環境負荷を考えてのことです。大型バッテリーでは運用に大掛かりな設備投資が必要になりますが、小型であれば省スペースでの運用が可能なため、インフラ整備による環境への負荷は小さいといえます。また、バッテリーをクラウドで管理する『Battery Cloud』というサービスを開発して、シェア型のエコシステムの構築を進めています。これにより安定した利用環境を提供するとともに、劣化したバッテリーを回収して、災害時の非常電源など別の用途で使うことも可能にしています」
「Battery Cloud」概要
地域の存続を実現する“スマートエリア”構想
2019年には東京モーターショーに出展を行うなど、FOMMは今後日本での展開を視野に入れている。タイでの生産・販売を選択した鶴巻氏だが、これからの日本にどのようなニーズを見いだしたのだろうか。
鶴巻 「将来、コンパクトEVが活躍できる場として考えているのが『スマートエリア』と呼んでいる循環型の小規模な社会です。太陽光などのサスティナブルなエネルギーで発電するだけでなく、食料や水なども地産地消することを想定していて、エリア内の移動手段になるのがコンパクトEVです。エリア内で発電した電気を貯めたバッテリーで走り、手軽で扱いやすいパーソナルな乗り物として、一人暮らしの高齢者にとって貴重な移動の足となるでしょう。
このようにスマートエリアを規定すると、成立する場所としてまず思い浮かぶのが、日本の地域です。限界集落などがある地域が存続していくためには、スマートエリアとコンパクトEVが必要ではないでしょうか。このスマートエリアを日本で成功させて、それをモデルとして世界に展開したいと考えています。そのため、タイで量産しているFOMM ONEを日本でも導入できるように取り組んでいます。東京モーターショー2019に出展した際にも反応がよく、コンパクトEVのこれからに期待を持っています。
起業時の日本ではコンパクトEVの市場が見いだしにくい状況でしたが、社会と自動車の未来を展望すると、今後のニーズは必ずあると予測できます。夢があれば、何でも変えていくことができると考えていますので、スマートエリアで活躍するコンパクトEVを夢見て、その実現に向けてこれからの日々を歩んでいきます」
東日本大震災による津波被害をきっかけに、世の中にない“水に浮く”EVの実現を目指し起業した鶴巻氏。さまざまな逆風に襲われながらも、明確なビジョンと粘り強い取り組みで前進を続け、FOMMの事業は大きな課題を解決するビジネスへと成長している。
事業に対する熱い思い、未来をしっかりと見据える目、そして日々の取り組みこそが、逆風を乗り越えるためには欠かせないことを鶴巻氏の歩みは教えてくれる。日本経済が深刻なダメージを受けているいまだからこそ、夢を持って世界を変えるビジネスをつくっている鶴巻氏のような存在に期待したい。