世界中が外出禁止、外出自粛を強いられている今回のパンデミック。都市のロックダウンやステイ・ホームの呼びかけにより、家にこもる時間が確実に増えている。

外食は宅配や持ち帰りが推奨され、スーパーなどの買い物は3日に1度に減らし、外出先ではソーシャルディスタンスを保つようになるなど、人々の生活パターンも変化しつつある今日この頃、アルコール飲料業界にも変化が起きてきているようだ。

ロックダウンの中で時間の過ごし方を模索する人々

ロックダウン状態が続く世界各地で人々は、テレビやビデオを見たり、音楽を聴いたり、ゲームをしたりと、工夫のある「おうち時間」の過ごし方を模索している。

家での時間が増えることによって、自宅で料理をする機会が増え、家で出来るエクササイズやワークアウトの動画が再ブームとなるなど、ウィルス感染防止への気配りとともに、ヘルシーな生活習慣をつけるきっかけにもなりそうだ。

しかしながら現実は厳しいよう。夫婦や親子で一緒に過ごす時間が増え、これまでの自由な時間が極端に減ったと感じる人、一人暮らしで通勤や外出を制限されることで孤独感が高まるなど、それぞれにストレスレベルはマックスに達しているという話をよく耳にする。

急増したアルコール飲料消費

© 2020 Union Press Ltd

外出自粛によって影響を受けた飲食店、特にアルコールを提供する店舗は「仕事帰りに同僚と一杯」の需要や、ディナーの後にお酒を楽しむ人たちが街から消え、もろに影響を受けた。一方で急激に需要が増え、売り上げを大きく伸ばしたのが個人消費によるアルコール飲料の販売、家飲み需要だ。

ロックダウンや買い物の回数を減らす動きに伴い、食料品の買いだめやトイレットペーパーの買い占めが問題となった。日本では一時期、米や小麦粉、バターが店の棚から無くなるなど、世界各地で過激な買いだめが社会問題となったが、密かにこの時期急激に売り上げを伸ばしたのが、アルコール飲料だった。

アメリカの調査会社ニールセンによると、アメリカ全国でのアルコール飲料販売額は、3月の第3週の統計で前年比55%上昇した。特に大きく伸びたのが、テキーラやジンなどのスピリッツとカクテル飲料で、売り上げは前年比75%アップ、ワインが66%、ビールが42%の上昇だった。

また今回は特にオンラインによる販売が好調で、店舗での売り上げを大きく上回り前年比243%という驚きの結果であった。ただしこの週は、アメリカの各地で外出自粛が呼びかけられる直前で、人々が買いだめに走った週であったため、極端な数字ではあると同社は付け加えているが、その後4月中旬までの比較においても、売り上げは前年を上回る数字となった。

さらに、より高級なプレミアム飲料を購入する傾向がみられたため、単価も上昇。これはレストランやバーで支払う金額と比べると、割安感のある缶入りカクテルや、ビールよりも長持ちする(より大量の飲み物になる)リキュールの販売が順調であったためとみられる。なるほど、カクテルのミキサーとなるトニックウォーターも飛ぶように売れている。

さらに、缶入りカクテルが3桁の伸び率を記録したのと同様に、売り上げを大きく伸ばしたのがコーヒーやクリーム、アマレットといった甘いリキュールだ。これは、自宅での時間をリッチに過ごすため、コーヒーや紅茶といった日中の飲み物に加えるためではないかと見られている。

外出自粛で増えた飲酒、アルコール飲料デビューも

カナダ薬物使用と依存センターの意識調査。家にいる時間が増え、アルコールの量が増えたか?増えたとしたらその理由は?という質問。

カナダの薬物使用と依存センターが実施した意識調査によれば、ソーシャルディスタンスが推奨されて以来、カナダ人の酒量が増えたという統計がある。35歳から54歳では4人に1人、18歳から34歳では5人に1人が酒量の増加を認め、54歳以上の10%がアルコールを摂取する機会が増えたとしている。

酒量が増え、アルコールを飲む機会が増えた理由のトップは、「これまでの日常ルーティーンが無くなったため」で、「暇つぶし」「ストレス」「寂しさ」が続いた。通勤や帰宅といった日常のスケジュールが無くなり、在宅の気楽さから、テレワーク中やランチの時間にアルコールを飲むことすら可能になったからかもしれない。

さらに、テレワークもなく、自宅で何をしたらよいかわからず途方に暮れている人、強制的にバケーションに出た気分を味わっている人など、理由もなくただなんとなく飲んでしまっている人、これを機に飲み始めた人も多いと報告されている。

パンデミック・カクテルの誕生

家庭内でビールやカクテルを楽しむ時間が増え、登場したのがパンデミックから命名されたカクテルのアイディアだ。

免疫力アップに効果があるとされるビタミンCがカクテルのベースで、ドラッグストアやスーパーで簡単に手に入る、ビタミンCのサプリをミックスするレシピ。だが、ウィルスへの効果はなく、あくまでも遊び心で楽しむものと承知していただきたい。

パンデミック・ジントニック © 2020 MEL Magazine

例えば「クアランティーニ」は隔離を意味するQuarantineとマティーニを合わせたもので、一番話題のカクテルだ。その他にもビタミンCならぬ「ビア・ジン・C」、「パンデミック・ジントニック」、ウィルス名をもじった「Coronegroni(コロネグロニ)」など、ユニークなカクテルのレシピが公開されている。

これも、外出自粛やロックダウンを楽しく過ごすための、アルコール好きならではの工夫だ。

バドワイザーが公開した新CMは1999年の大ヒットCMをオマージュ

また社会情勢に合わせて、アメリカのビール会社「バドワイザー」もCMを一新。自宅にこもる友人同士が電話をかけ合い「どうしている?」「自宅隔離中だよ」「こっちもだ」と家でゴロゴロしながらバドワイザーをそれぞれが飲んでいるという内容で、リアルな外出自粛の生活を表現し話題になっている。

SNS上のハッピーアワー

このように外出自粛や渡航の自粛、さらにはロックダウン下では、オンラインを利用した家族や友人とのコミュニケーションがより密になっているともいえる。インターネットがあれば、実際に帰省したり、仲間同士で集まらなくても、顔を見ながらオンタイムで楽しく会話ができる便利さがブームとなった。

その延長がオンライン飲み会、バーチャル・ハッピーアワーだ。海外メディアでは、日本人が始めた「On-Nomi(オンノミ)」と紹介している記事もあり、このトレンドは世界に広がっている。

オンノミは、ZoomやFeceTime、LINEやインスタといったSNSのツールをダウンロードし、友人同士あらかじめ設定した日時にオンライン参加するグループチャット形式。顔を見ておしゃべりを楽しみながら、それぞれ自宅で飲んだり食べたりするもの。

「始め方がわからない」「やめどきが難しい」などの声も上がるが、このオンライン上のパーティーはソーシャルディスタンスを保ちながら、人とのつながりをキープできる優れもの。好きな飲みものを好きなペースで飲めることや、飲んだ後に自宅に帰らなければならないといった面倒もないと、仲間内での飲み会が主流の日本では評判も上々だ。

欧米では日本と同じような仲間内での飲み会もあるが、バーやパブに出かけて仲間と飲みながら、新しい友人や異性との出会う楽しみ方も主流だ。バーでの出会いが親しい友人関係に発展したり、仕事上の新しいコネクションになったりすることもあるため、社交の場としての役割もあるのだ。

Quarantined Beer Chugs FBページよりLive演奏を配信するメンバー

そこで誕生したのがアメリカ発のFacebookグループ「Quarantined Beer Chugs」。自粛中のビールがぶ飲みグループと銘打って、メンバーとして承認されると、自宅での飲みっぷりを動画や画像で世界中の人たちとシェア出来るというもの。同じ時間に同じ動画を見ながら、チャットを楽しむことも可能だ。

このグループには、「親切で礼儀正しく、ヘイトスピーチやいじめ、政治の話はダメ、未成年の飲酒や飲酒運転、ドラッグ、裸、人種差別を禁止する」など厳しい会則も掲げられているが、現時点で参加者は33万人を超え、過去30日間のアクティビティ投稿は1万件以上と大規模だ。

同グループは、Tシャツやオリジナルビールの販売も開始。毎週開催のコンサートの売り上げや、グッズ販売の収益金は子供をサポートする基金と、バーテンダー協会に寄付するとしている。

同様のグループはアメリカでいくつか立ち上がっており、公演中止を余儀なくされているアーティストや、地元のバーやパブで演奏していたミュージシャンなどが、オンラインでライブ配信をして個人とアーティスト協会への募金も呼びかけている。

WHOや専門家からの警鐘も

ひとり飲みや、友人や家族と会えない寂しさを解消するのに有効なこうしたオンライン飲み会。しかしながら、世界中で広がる家庭でのアルコール消費量の増加に、WHOや専門家は警鐘を鳴らしている。

WHOはまず何よりも「飲酒によるアルコール消毒の効果は無い」と繰り返し警告。そのうえで、アルコール摂取には多かれ少なかれ、体内すべての臓器に何らかの害をもたらし、特に多量のアルコール摂取は免疫力も下げるため、このパンデミックには非常に危険な行為だとしている。

また心理学者たちも、アルコールを飲むことによって解決する不安や寂しさは何一つなく、問題の悪化、家庭内暴力やパートナーへの暴力、アルコール依存症に陥る危険性をもはらんでいるとしている。さらに、依存症を克服するための自助グループ活動も休止せざるを得ない状況から、これらの人たちが再びアルコールや薬物に手を出してしまう恐れもあると懸念している。

家飲みの習慣が長引くと、今後も家庭で楽しむ新しいアイディアが登場するだろうという期待感がある。一方で、飲食業界は大きく転換した消費動向の行方が気になり、心理学者や医療関係者は依存症や精神疾患の増加が気がかりだ。

パンデミックをきっかけに、様変わりしている世界のライフスタイル。危機的状況だからこそ誕生する斬新なアイディアで、新しいお酒の楽しみ方が今後も増えてきそうだ。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit