近年、多様な働き方が注目される中、スキマ時間やスキルなど、シェアをテーマとしたビジネスが台頭してきている。
その中でも特に勢いをつけているのが、「知見」のシェアだ。特徴は、労働力ではなく、自身がこれまでのキャリアで得てきた知識や経験を提供する点にある。
500以上の業界業務において、約10万人のプロをアドバイザーとして抱える株式会社ビザスクは、1時間からできるスポットコンサルをはじめ、知見に関するサービスをいくつもリリースしている。2020年3月10日には、マザーズへの上場を果たした。
今回は代表取締役CEO 端羽英子氏、執行役員として事業部長を務める田中亮氏に、知見をシェアするという新たな働き方から、企業そして個人においてどのような働き方の変化が期待できるかを伺った。
新規事業から個人キャリアまで「10万人のプロ」が広く支援
「世界中の知見をつなぐ」をビジョンに、日本最大級のスポットコンサルプラットフォームを運営されているビザスク。同社には500以上の業界業務からその道のプロが約10万人登録している。
支援内容は、業界インタビューやアンケート、サーベイ調査など。依頼者のニーズに応じ、1時間からの利用が可能である。事業会社や大手コンサルから起業やキャリア相談をしたい個人まで、広く相談を受けているのが特徴だ。
端羽:最新の情報を提供してくれる現役の人材から、OB・OGとして知見をシェアしてくれる人材まで、職種に関係なくニーズに応じたアドバイザー紹介が可能です。経営者や役員クラスの登録もあります。
特に専門家の声を必要とする新規事業関係において、知見のシェアは「気づき」という点で大きな力を発揮する。
端羽:専門家の声を仮説検証に取り入れることで、これまでには無かった気づきが得られるんですね。それがきっかけとなり、全く視野に入ってなかった領域や業界も検討するというケースも多々あります。また、自社のコミュニティーとは異なる専門家に相談できることから、セカンドオピニオンの立ち位置で意見を聞きたいという話もあります。
田中:中には、「この新たな技術や素材はどんな形で社会に役立つ可能性があるのか?」のように実用化に悩む企業からも、知見のシェアリングはニーズがあります。気軽な壁打ちや相談ができる専門家って、関係性の構築とかも踏まえると、そう簡単には見つけられないですよね。シェアリングがそのハードルを下げるんです。
そうしたやり取りで誕生した商品の一つが、「ニオイ見える化チェッカー」であるコニカミノルタのKunkun body(クンクンボディー)です。
この製品を作るにあたり、開発リーダーの方は、「においの可視化は、果たしてtoBにおけるニーズもあるのか」と気になっていたそうです。そのため、調香師や臭気判定士の方々にお話を伺えないか資格元の協会に問い合わせていたようなのですが、なかなか機会をつくるのが難しかった。そこで、我々にご相談をいただきました。
早速、調香師と臭気判定士の候補者リストを送り、一週間後には、合計4人との面談が実現します。お互いに本音を語り合い、その後も何度か必要な面談対象者を集め、セッションを行いました。
新規事業はスピードが命です。早く仮説検証したいという思いを抱える、そんな必要な時に、素早くプロの視点から意見を得られることが、繰り返しスポットコンサルを利用することにつながっています。
端羽:サービスを世の中へ出すまでには、フェーズに応じてプロダクト、デザイン、プライシングなど、さまざまな領域のプロが必要になります。問題点をクリアする方法や視点も含め、適切なタイミングで必要な知見を得られるのがスキルシェアの強みです。
「仕事は汗をかいてこそ」ではない。変わりつつある地方企業の当たり前
新規事業など業界を超えた知見のシェアを提供する中、企業の働き方にはどのような変化が生じたのだろうか。その事例として、働き方に対する認識が根底から変わった地方のある経営者の声を教えてくれた。
端羽:「人材確保は時間と労力をかけるのが当たり前とだと思っていましたが、知見シェアを活用するなかで、その意識を改めました」これはある地方の経営者から寄せられた声です。仕事は汗をかいてこそのように、苦労が重視される組織文化を持つ企業は今だに少なくありません。小さなことかもしれませんが、地方からも働き方への認識が変わってきたことを肌で感じた瞬間でした。
シェアリングによって働き方が変わったことで、働く意識も変わりつつある。さらに田中氏が、「事業のアングル(見え方)」について仕事のあり方から次のように続けた。
田中:従来の産業構造が崩れてきているなかで、既存のマーケットや領域を超えた、事業開発に取り組む企業が増えています。
例えば、ある化学メーカーからは、モビリティ領域の未来にフォーカスした新規事業について相談されました。
事業領域を広げようとする企業に対し、私たちは過去の経験等も踏まえ、「そんな組み合わせもあるの!」と驚かれるような知見の提供を心がけています。それは、既存の事業で培ってきたノウハウと新領域の課題を組み合わせることで、自社では気づきにくいアングルからアプローチすることが可能になるからです。
キャリアの棚卸しが「自分の現在地」を指し示す
では、個人レベルではどのような変化を与えているのか。端羽氏は、「自身の知識やキャリアを認識し、自己の現在地をスムーズに把握する」と語る。
端羽:人は直近に担当した仕事や業務しか覚えていないため、実はこれまでの実績などは意識しないとすぐに忘れてしまいます。そのため、定期的なキャリアの棚卸しをすることで、自己の現在地を把握することが可能となります。
さらに、知の共有において、「詳しいスキルやキャリアがないといけない…」と考える必要はないと続ける。
端羽:「皆さんにとって普通の情報でも、その内容が重要な人もいるんです」と、アドバイザー登録に悩む人に話すことがあります。業界内で特別なキャリア、経験をしていないと依頼者の役に立てないと考える人も少なくありませんが、そんなことはありません。
実際にインタビューに参加してもらうと、「当たり前のことを話したつもりが、相手の仮説検証に大きな影響を与えた」といったことがよく起こるのです。
「もっと焦った方が良い」求められる環境にチャレンジし続ける気概
ビザスクは3月10日にマザーズへ上場したが、このIPOによって「サービス知名度の向上、そして稼げる個人がより増えること」について端羽氏は次のように期待を寄せる。
端羽:サービスが知られることは、世間への信用に繋がります。サービス利用を検討している方々はもちろん、スキルを提供する側としてアドバイザー登録を考えている人へ、信頼の担保にもなるのです。それによって、自身のスキルシェアに注目が集まり、知の教授を通して企業と個人にとって双方向に利益のある関係性形成を助けられたらと考えます。
最後に読者へメッセージをお願いすると、「もっと、皆さん焦った方が良いと思うんです」と端羽氏は切り出した。
端羽:昨今、労働人口は減少の一途を辿ります。そんな環境だから、最小限の労力で、業界も市場も効率的に早く変化することが求められているんです。一方で、この変化の波はチャンスです。乗らない理由はないと思っています。
社会が、求められている働き方が時々刻々と変わろうとしているからこそ、自身の持つスキルや経験のシェアを通してこの波を自由に渡ってほしいです。
田中:経験という視点に重きを置くと、若手が能力を発揮しにくいと感じるかもしれません。しかし、日本企業もデジタルトランスフォーメーションが求められる昨今、若手はチャンスだと思います。
それは、新しい情報が常に価値を持つ時代だからです。仕事を創り出す意識を持ちながら事業に関わることで、目の前の仕事が持つ意味も将来的には変わってくるのではないでしょうか。
自身の当たり前が誰かの発見になる——これは、知見のシェアが私たちに与える気づきだ。働き方の当たり前が少しずつ変化してきたのも、企業そして知を提供したい個人のやり取りを通し、その環境では得られない発見や出会いに双方が触れたからに他ならない。
端羽氏の話にもあったように、今の環境では当たり前でしかない経験やスキルも、思いもよらないタイミングで誰かの助けになる日がきっと訪れるだろう。そんな日がいつ来ても構わないよう、ぜひこの機会にこれまでのキャリアを棚卸してみてはいかがだろうか。きっと、自身が思うよりも、蓄えられた経験やスキルや多いはずだ。
取材・文:杉本愛
写真:西村克也