仕事中のネットサーフィン、損失は90兆円?

同僚や部下が仕事中にネットサーフィンをしたり、SNSを見ていたらどう思うだろうか。企業の経営陣やマネジャーなどからすると、生産性を下げる行為であり「とんでもない」との返事が返ってくるだろう。

そのような行為ができないように、社内のネット利用を厳しく管理・監視するシステムを導入したり、特定のサイトにアクセスできないように設定したりする企業も少なくないはずだ。

しかし、このような対策が逆に生産性を下げてしまうかもしれないということが、海外の最新研究で明らかになりつつある。

英語圏では、仕事中に仕事とは関係のないネットサーフィンをしたりSNSを利用したりする行為は「cyberloafing(サイバーローフィング)」と呼ばれている。「ネット上」を意味するcyberと「ぐずぐずする」というloafによる造語だ。

このサイバーローフィングと生産性の関係は、ビジネスマネジメントや組織論、心理学の分野で研究が進められている。企業のネット利用の普及にともない、生産性に対する影響が懸念され始め、ビジネス関連分野で関心が高い研究テーマになったと見られる。

インターネット・バブルが生じた2000年代初期頃から、さまざまな研究が発表されてきた。「サイバーローフィング」という言葉が初めて登場したのは、シンガポール国立大学のビビアン・リム教授による2002年の論文といわれている。

2006年にネバダ大学の研究者らが発表した論文は、サイバーローフィングの時間を算出、経済損失に換算するとその額は850億ドル(約89兆円)に上ると推計。

このほかにも複数の研究で、損失時間と経済損失が算出され、それらがメディアで引用されることにより、もともとネガティブな印象だったサイバーローフィングが一層ネガティブなものとして捉えられるようになっていった。

しかし、サイバーローフィングに対する認識は少しずつ変化している。

英シェフィールド大学・心理学部のフスキーア・シロイス博士がBBCに語ったところによると、同分野の研究は当初、サイバーローフィングを「ぐずぐずして先延ばしすること」としてネガティブに捉える傾向があったが、一定のサイバーローフィングは、集中力を回復させる小休止としての役割を果たしていることが、最近の研究で明らかになりつつあるという。

おもしろ動画で仕事のやる気アップ? サイバーローフィングの効用

2019年12月に発表された米パデュー大学などの研究者らによる共同論文は、サイバーローフィングがポジティブな効用をもたらす可能性を主張。

職場ではストレスを抱えるのが常。そのストレスが発散されないままであると、高い離職率や不満足度につながり、後々人材確保が困難になったり、レビューサイトなどを通じて評判を落としてしまうといったリスクを抱えることになってしまう。

同論文の著者らは、サイバーローフィングはストレスフルな状態からの一時的な避難場所となり、ストレスに対応する「coping mechanism(心理的対処メカニズム)」として機能する可能性があると指摘している。

この機能を鑑みると、一定のサイバーローフィングを許容することは、社員のストレスレベルを下げ、生産性を維持する手段になりうることが示唆される。

一方で、職場のストレスレベルを下げる努力が必要であるとも指摘している。ストレスレベルが高いと、ストレスを軽減するためにサイバーローフィングの時間や頻度が高まる可能性があるからだ。

サイバーローフィングは、職場のストレスレベルが低い場合でも必要になるかもしれない。

人間が集中できる時間は限られており、一定間隔で小休止を取ることが高い生産性を保つカギになるからだ。この小休止において、サイバーローフィングが高い効果をもたらす可能性があるのだ。その中でも、よくツイッターなどでバズっているおもしろ動画は効果があるかもしれない。

米オールド・ドミニオン大学の心理学研究者らが2019年8月に公表した論文では、興味深い結果が示された。

同論文の分析対象は、仕事中の小休止(micro break)が休憩後にどのような効果をもたらすのかだ。研究者らは、232人の大学生を3つのグループに分け、それぞれに異なる小休止をとらせた。

1つ目のグループはおもしろ動画の視聴、2つ目はマインドフルネス動画の視聴、3つ目は心理的テストの実施。各グループは、1分、5分、9分の長さの小休止をとった。

これら3つのグループのうち小休止後に疲労が最も回復したのが、おもしろ動画だったのだ。しかも視聴時間が長くなるほど、その効果は高まる傾向が観察されたという。また、おもしろ動画、マインドフルネス動画それぞれに「psychological detachment(心理的デタッチメント)」効果を高める効果も観察されたようだ。

「心理的デタッチメント」とは、心理的に職場・仕事から離れることを意味し、燃え尽き症候群やうつ病対への効果があるとして国内外の心理学会などで注目されている言葉だ。


おもしろ動画で仕事への活力アップの可能性(写真はイメージ)

サイバーローフィングが離職率を下げる可能性

サイバーローフィングには、離職率を下げる効果も期待できる。米インディアナ大学の研究者らの研究でそのことが示された。

同研究によると、パワハラなどを経験し職場に不満を持っている社員は、当然ながら満足度が低く、仕事を辞めたいと考える割合が高い。

しかし同じ状況下でも、サイバーローフィングができる環境にある社員の満足度はそうではない社員に比べ高く、離職する可能性は低減することが示唆されたという。この研究でも、サイバーローフィングがストレス低減機能を持っていることが確認できる。

もちろんサイバーローフィングを乱用してしまえば、集中力を取り戻すことができないなどのリスクをともなう。サイバーローフィングの最適な時間に関しては専門家の間でも意見が分かれるところ。

個人差はあるだろうが、一般的には10〜20分の小休止が効果ありといわれている。10〜20分のサイバーローフィングが自身やチームの生産性にどれほど影響を与えるのか、試してみるのもおもしろいかもしれない。

文:細谷元(Livit