不安を煽る不況ニュース

新型コロナの経済的影響が広がる中、メディアの見出しには「解雇」や「破産/倒産」の文字が頻繁に登場するようになった。

感染者と死者が急増した欧州。日本よりも経済状況が悪化していることが考えられる。BBCの4月27日の報道によると、航空大手エアバスは従業員3,200人を一時的にレイオフ(Furlough)する計画を発表。航空機受注数が大幅に下がり、減産に踏み切ることになったことが背景にあるようだ。

こうした大手企業関連のネガティブなニュースを見ると、すべての企業がそのような状況なのではないかと錯覚してしまう。しかし、今回の新型コロナ影響は、業種によって様々。個別のレイオフや破産/倒産とは別にマクロな視点で、かつデータを用い全体的・客観的に状況を伝えることで、過剰な消費抑制に歯止めをかけ、適切な消費判断につなげることができるかもしれない。

シリコンバレーに迫る欧州スタートアップ、トップ企業の評価額は急接近

大手企業よりも経済的ショックに敏感なスタートアップ。今回のコロナショックで大きな痛手を被っていることが想定される。

しかしデータを見てみると、予想外に持ちこたえており、一部は通常よりも高い収益をあげていることが示されている。これは、4月22日に発表されたレポート「EUROPE’S STARTUP ECOSYSTEM」で示された欧州スタートアップにまつまる状況だ。

欧州スタートアップの状況をまとめた最新レポート「EUROPE’S STARTUP ECOSYSTEM」

欧州委員会の支援のもと市場調査会社Dealroom.coと欧州スタートアップ専門メディアSiftedが作成した同レポート。EU27カ国におけるベンチャーキャピタル(VC)の投資状況やエコシステム、また新型コロナの影響をまとめたものとなっている。

同レポートが強調するのは、2019年欧州スタートアップに投じられたVC投資額が過去最高を記録、スタートアップの評価額も上がり、状況はシリコンバレーに近づいているということ。また現時点における新型コロナの影響は限定的で、成長促進要因はなくなっておらず、欧州スタートアップの成長機会は依然大きいということだ。

その詳細を見ていきたい。

この数年、中国のスタートアップ関連情報が氾濫し、欧州のスタートアップ状況はあまり報じられてこなかったが、欧州のスタートアップエコシステムは着実に醸成されており、評価額10億ドル(約1,000億円)以上のスタートアップを多数輩出している。

同レポートによると、2000年以降、10億ドルを超えた欧州のスタートアップの数は190社に達した。都市別では、ロンドンが最高で46社。これにベルリン(11社)、パリ(11社)、ストックホルム(10社)などが続く。

ユニコーン企業が多数登場した主要因の1つに挙げられているのが、VC投資の増加だ。2010年時点で、欧州27カ国では12社のユニコーンが存在した。このうち、VCからの投資を受けた割合は20%にとどまるものだった。

しかし、2019年、欧州27カ国と英国を合わせた累計ユニコーン数は190社となり、このうちVC投資を受けた割合は82%と2010年比で大幅に増加したのだ。

この「VC投資を受けたスタートアップ」という軸で見ると、欧州はシリコンバレーに迫りつつある。SAPやSIMENSなどの欧州テック大手トップ5とアップルやマイクロソフトなどの米国テック大手トップ5を評価額で比較するとその差は10倍。しかし、VC投資を受けたスタートアップ・トップ5を比較するとその差は2.2倍に縮まるのだ。

欧州スタートアップ・トップ5に含まれるのは、オランダのフィンテック企業Adyen、スウェーデンのSpotify、ドイツの食品デリバリーDelivery Hero、ドイツのEコマースZaland、フィンランドのゲーム開発会社Supercell。一方、米国側のトップ5は、Uber、Zoom、Stripe、Workday、Square。

欧州最大級のフィンテック・スタートアップ「Adyen」

国別のVC投資状況からも欧州のスタートアップ・エコシステムがイスラエルや米国に並びつつあることが浮き彫りになる。

VC投資資金を国民1人あたりで割った額の世界トップは、529ユーロ(約6万1,100円)のイスラエル。2位は343ユーロ(約3万7,000円)の米国。注目すべきは他のトップ10が欧州の国々で占められている点だろう。3位スウェーデン(273ユーロ)、4位ルクセンブルク(218ユーロ)、5位英国(194ユーロ)、6位フィンランド(132ユーロ)、7位アイルランド(112ユーロ)、8位デンマーク(104ユーロ)、9位オランダ(92ユーロ)、10位ドイツ(81ユーロ)といった具合だ。

スタートアップへ投資資金が流れ込んでいるということは、各社の規模が大きくなり、それに応じて雇用も拡大していることを示唆する。同レポートのまとめでは、欧州の産業別雇用成長率はスタートアップが10%と、2位・情報通信産業の3.8%を大きく上回っている。

また同レポートの推計では、欧州スタートアップによる雇用数は域内全体で200万人に上る。都市別で見るとロンドンが29万人でトップ。次いでパリ10万人、ベルリン7万8,000人、アムステルダム3万8,000人、バルセロナ3万6,000人、ストックホルム3万4,000人。スタートアップによる雇用数を国別スタートアップ数で割った、スタートアップ1社あたりの雇用数は31人でストックホルムがトップとなる。

コロナの影響、現時点では限定的?デジタル・アドプション加速で新フェーズに突入

新型コロナの影響で懸念されるのは、こうしたVC資金の流入が滞ること。

しかしデータが示すところでは、3月と4月の月間VC投資額は2018年や2019年と比べ若干下がってはいるものの、大幅な減少には至っていない。

不確実性の高まりからVC投資はこの先さらに減少する可能性はあるものの、業種によっては成長ドライバーが強化されているものもあり、そこまで弱気になる必要はないとの論調が展開されている。

同レポートは、欧州スタートアップにおける新型コロナの影響を「Net positive(好調)」「Defensible(防御可能)」「Vulnerable(脆弱)」「Most affected(不調)」の4段階に分類。各グループ、どれくらいの割合のスタートアップが該当するのか推計している。

Net positiveは、新型コロナが収益にポジティブに作用したグループ。コンシューマヘルス、食料雑貨、コラボツールなどのスタートアップが含まれる。欧州スタートアップ全体に占める割合は19%に上る。

次のグループ、Defensibleは、Net Positiveではないものの、ネガティブな影響は限定的で、オペレーションの改善やコスト削減で、十分にデフェンスできるだろうと見込まれるグループだ。ディープテック、クリーンテック、オンライン・ペイメント、開発ツールなどの分野が含まれる。驚くのはその割合。欧州スタートアップ全体のうち48%がこのグループに該当するのだ。

残りの2つ、VulnerableとMost affectedは、新型コロナによるダメージが大きなグループ。自動車販売、ファッション・アパレル、観光、モビリティなどのスタートアップが該当。欧州全体のスタートアップのうち、Vulnerableに該当する割合は19%、Most affectedは14%。

これらの数字の解釈はひとそれぞれだろうが、同レポートはポジティブな論調を貫いている。その論拠の1つになっているのが、欧州の消費者の間でデジタル・アドプションが加速している事実だ。食料雑貨のオンライン購入の増加、オンライン教育の普及、デジタルバンキング利用の増加など。

これに伴い関連スタートアップはサービス・人材の補強が求められている状況なのだ。アムステルダムの生鮮食品デリバリー・スタートアップのCrispでは1カ月間でオーダー数が3倍増加したという。

デジタル・アドプション加速でオーダー数3倍増のCrisp

現状を鑑みると、観光やモビリティ関連のスタートアップは人員削減などに踏み切る必要があるかもしれない。しかし、デジタル関連のスキルは汎用性が高く、他の業種でも生かせるはず。デジタル・アドプションによってサービス拡大が求められる業種が、そのような人材を吸収することは比較的容易にできるのではないだろうか。

4月28日には、スウェーデンで製造や建設業を中心に経済活動が戻りつつあるとの報道がなされた。これに応じてスタートアップの状況も改善されることが見込まれる。ネガティブなニュースが続いているが、意識的に上記のようなポジティブな側面に目を向けてみるのもよいのではないだろうか。

[文] 細谷元(Livit