人々の平均寿命が延び、人生100年時代と言われる昨今。60歳で定年退職し、余生はゆっくり過ごすというこれまでの一般的な人生プランの概念が崩れかけている。日本でも年金の支給年齢は60歳から今や65歳へと後送りにされており、これからさらに繰り下げられるとの見方もあるほどだ。
こうした中、海外では余生をゆっくり過ごすのではなく、テクノロジーを活用してスマートに過ごす「スマートエージング」という言葉が聞かれるようになっている。
米国で増加する団塊の世代、アクティブシニア
米国のAARP(米国退職者協会)によると50歳以上の経済活動は7兆6,000億ドル規模にのぼり、2050年までには50歳以上の人口が倍以上に増加することから、経済規模は拡大の一方だと試算している。
団塊の世代は、これまでの高齢者とは違い、アクティブに自立した老後を送りたいと考えている世代であり、こうした世代をはじめ今後も成長する分野を称して「アクティブ・エージング産業」と呼ばれ注目を集めている。
しばしば、シニア世代とは相容れないものと決めつけられがちなテクノロジー。しかし、これらの技術を利用して身近なシニア世代を援助したいと思う気持ちから始まるイノベーションも多い。
例えば、アルツハイマー型認知症を発症した50代の母親のケアをする19歳の娘が、病気をより理解し、ケア方法を改善したいと考えて開発したVRは、アルツハイマーやパーキンソン病といった病がどのようなものかを体験できるもの。VRを通しての実体験をもとに、より親身なケアやサポートが可能になるとしている。
またアメリカでは、孤独感や社会的孤立による健康障害の予防に開発されたAIもある。呼びかけなくても、AIが自発的に高齢者との会話を始め、家族や友達と連絡したり、薬の服用を促したり、天気が良いので外出するよう奨励したりするものだ。
高齢者でも負担にならないロボットのペットや、バイタルサインや転倒事故などを自動検知するスマートウォッチも開発されている。スマートウォッチは、従来の「見張り型ペンダント」の装着を高齢者が嫌がったことから開発されたもの。若い世代が利用しているスマートウォッチの形で、従来と同じような見張り機能を装備しているので、抵抗なく受け入れられているという。
こうした高齢者を年寄り扱いしない、彼らの感情に寄り添った対応も今後より必要になって来ることであろう。
欧州のプログラムAAL
欧州では、イノベーション組織AAL(Active Assisted Living Programme)がデジタル社会で良い年の取り方をしよう、と銘打ちさまざまなプログラムを展開している。
同組織はテクノロジーを利用したシニア世代の健康で安全な余生をサポートするだけでなく、家族やケアテイカーの援助やサポートも同時に行っている。というのも、欧州での高齢化社会問題も日本以上に深刻で、2070年までには人口の半数が65歳以上で占められると試算されているからだ。
そのAALがこのほどサポートしているテクノロジーのコンペに注目が集まっている。「スマートエージング賞」と題されたこのコンペは、シニア世代とアントレプレナーシップの懸け橋となるべく、賞金総額5万ユーロ(約580万円)を設定し、現在セミ・ファイナリストが選ばれている。勝ち残っている15社はどれも革新的で興味深いものばかりだ。
スマートエージング賞 セミ・ファイナリスト
「50 to 100」や「Bravestarters」は高齢者のアントレプレナーシップを養成するプラットフォーム。関係者とのコネクションや、シャドー・ワークを通じて経験やひらめきをシェアし、夢をかなえる企業関連のネットワークを構築し、50歳を過ぎてもアクティブに参加できるというもの。
また「Diaspo」は食を通じて伝統文化を継承し、異なる世代を繋げる役割を果たすとしている。経験値の高い年上世代が、慣れ親しんだ自分たちの台所からビデオ会議を通じて、伝統料理を教えるというもの。
自宅にいながら参加できるクッキングクラスは、同時に講師のストーリーを聞くことやレシピの秘密や伝統も学べる場としている。参加希望者は講師のプロフィールや料理名を参考に、サインアップして材料を用意し指定された時間にビデオ会議で参加するだけ。Youtubeのような一方通行の動画とちがって、一緒に料理をすることで参加している感じが大いに楽しめるのも特徴だ。
また特別なスキルがなくても、シニア世代が生きがいを持って働ける場がある。イギリスで展開する「Grandnanny」だ。自らの子供を育てた経験をもとに、組織が提供する基本的なファーストエイドや安全知識、面接のアドバイスといったサポートを受けたシニア世代が、近所の共働き世帯へと派遣され、放課後の子供の面倒を見るというもの。
共働き世帯は、安心して仕事に就ける一方、グランドナニーで派遣されたシニアは、コミュニティでの生きがいを見つけられる上に、報酬も支払われるというウィンウィンの関係が構築できる。保育園や保育士不足の日本でも、活用出来そうなプログラムだ。
「Mirthy」は高齢者施設での、インスピレーションあふれるシニア世代の講演会をサポートするプラットフォーム。
高齢者施設がこうした講演会を開催することによって、居住者と講演者を繋ぐ役割を果たすとともに、施設そのものがコミュニティの社会的中心となり得るとしている。これから街に増え続けていくであろうシニアホームの在り方も近い将来問われてくると見据えているのであろう。
「Moving Well」はシニア世代を中心に活動する舞踊劇場で、この世代のデジタル分野への進出と、体を動かすことによるウェルビーイングを推奨。「PACE-2-Face」はフランスを拠点にした、高齢者向けのビデオ会議ツールを提供している。
ユニークな語学習得方法として紹介されているのが「Parlangi」だ。年上のネイティブスピーカーから、生きた語学が学べるとして、現時点では学ぶ側に課金されるプラットフォーム。
1年間の利用料を支払えば使用頻度は自由で、いわゆるビデオチャット形式でコミュニケーションをとりながら語学が身に付くとしている。先生となるシニア世代は、世界の人たちと交流することが出来るので、高齢者にありがちな孤独感や無力感からも解放されるとしている。
その他にもスイス発の60歳以上限定の「Senior@Work」や「Silverskills」はシニア世代のボランティアやヘッドハンティングと人材斡旋、「Third Power Consulting」は特に役員職の経験があるシニア世代を、コンサルタントとして斡旋するプラットフォーム。「Silver Starters」や「The Beehive」はシニア世代がスタートアップの原理を学ぶ場を提供している。
その他、在宅ケアなどが必要な家庭をサポートするシニア世代の人材を斡旋するルーマニアの「The Care Hub」や、知識の共有をすることによって学びの場を提供する「ThirdA」。教える側になったり、教わる側になれると同時に、生涯学習も推奨している。
求められる、双方に負担のないプラットフォームづくり
これらのシニア世代とテクノロジーを繋げる試みは、今後成長が見込まれ、注目されている産業分野でもある。アプリの開発、デジタルテクノロジー、アントレプレナーシップというと、ミレニアル世代を中心ターゲットにとらえられがちであるが、実はシニア世代にも活躍と活用の場がある分野だと気づかされる。
特に人材派遣の分野においては、経験を生かしつつ地域密着型のものが多く、シニアの側にも身体的負担がなく、無理なく参加できるのも特徴だ。
今回選考の最終審査に残っているビジネスモデルは、シニア世代の知識や経験を活かして若い世代と交流するものが主流。退職したシニア世代が、職場を離れた後も社会から必要とされ、自分の存在と人生経験に価値を見出せるという利点と、若い世代が経験豊富なシニア世代から学ぶ機会を提供する。
特に、平均年齢の若いIT企業などで、これまで必要と思われなかった「上の」世代の知恵や意見が、新しい発見やイノベーションにつながる可能性もありそうだ。
デジタル世代で人と人との交流が薄れ、デジタルコミュニケーションに疎外感を感じているシニア世代と、デジタルを駆使したコミュニケーションに抵抗のない世代が、ウィンウィンの結果を生みだせるからだ。
世界的パンデミックでさらに注目が集まるシニアのテクノロジー利用
人生が100年と長いスパンになってきた今、より一層いかに健康に年を重ねていくかに注目が集まり始めている。時代は折しも、新型肺炎のウィルス感染で世界が混乱中だ。外出自粛の動きが広がりつつあるなか、日本では「オンライン帰省」といった新しい手法が推奨されるなど、必要にかられたシニア世代のデジタルテクノロジー利用も増加中。
日々進化を続けるデジタルテクノロジーが、すべての世代により身近な存在となれば、健康で有意義な余生を送ることも可能であるし、楽しみも増えるだろう。誰もがこの先老いていくという事実を念頭に、デジタルはビジネスとしてだけではなく、人間味のあるものに傾倒していくのも興味深い動向のようだ。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)