デートアプリの普及は世界中の若者の出会いシーンを変えた。しかし、「Tinder」や「OkCupid」といった大手デートアプリは、欧米のカジュアルな恋愛観がベースとなっており、男女関係に保守的なムスリム(イスラム教徒)には、心理的ハードルが高い。
そんな中、ムスリムをターゲットとしたデートアプリが欧米で続々と現れているほか、エジプトではローカルな恋愛観に基づいた、ちょっと保守的なデートアプリが若者の間で大ウケしているという。
結婚相手は自分で選ぶ
「親戚のおばさんが勧める相手に会う時間なんてない!」と謳うのは、ムスリム専門のデートアプリ「Minder」。多くのイスラム文化圏では、家族や親戚を通じた「お見合い」が男女の出会いの機会となっているが、同アプリはそんな伝統的な方法よりも「効率的」な出会いをアピールしている。
欧米で590万人の登録者を持つ「Tinder」と名前も使い方もよく似ており、気に入った人の写真を右にスワイプ、気に入らなければ左にスワイプし、相手も自分を右にスワイプしたらチャットが開始できるシステムだ。
それでも欧米のカジュアルな男女関係をベースとしている「Tinder」とは違って、ユーザーが求めているのは、イスラム法にのっとった「ハラルデート」。
婚前交渉のような「ハラム(禁止)」事項を排除した清い交際が基本となっている。初めからムスリムの恋愛観を共有する相手だけがターゲットとされていることで、一般のデートアプリよりも安心感が高いのだ。
プロフィールの「宗教」の欄では、イスラム教の中でも「スンニ派」「シーア派」といった宗派まで書き込めるようになっているほか、信心度合いも「(イスラム法を)順守していない」から「非常に宗教的」まで表示できるようになっている。
また、「どのぐらい早く結婚したいか」という欄が設けられている点も「Tinder」と趣を異にしている。
「Muzmatch」もムスリムを対象としたデートアプリで、2015年の立ち上げ以来、登録者数はすでに190カ国、200万人に拡大した。これまで両親や周りのコミュニティの圧力にさらされていたムスリム男女の出会いと結婚に、変化をもたらすパイオニアとなることを目指している。
広報担当のSalma Ibrahim氏によると、若いムスリムたちは「アプリをダウンロードして、自分で相手を選ぶ」ことを表明しているという(中東情報専門サイト『albawaba』)。
出会いの媒介が親戚からアプリに代わっただけでなく、人生の決定権を自分の手中に収めたいという若い世代のムスリムの意思が、同アプリの急成長を支えている。
デートの主導権を女性に
デートアプリは、伝統的なムスリム男女の出会いを変えただけでなく、女性の立場にも変化を及ぼしている。2018年に設立された「Eshq」は、アフガニスタン系アメリカ人女性のMariam Bahawdory氏によって立ち上げられたムスリム用のデートアプリで、女性からしかチャットを開始できないのが特徴。
Bahawdory氏はデートアプリで女性がハラスメントを受けているとの不満を聞き、女性に主導権を与えることを考えたという。
同アプリでは各人のプロフィールだけが公開されており、その人を選んだ人のみが写真にアクセスできる仕組みになっている。また、ユーザーは初めからアプリを使う目的として、「デート」「結婚」「友達」を選べるようになっており、同様の目的を共有する相手とマッチされる点も女性に安心感を与えているようだ。
Bahawdory氏によれば、イスラム文化圏では、男女関係において女性が最初にアクションを取るのはタブーと見られてきたが、今では多くのムスリム女性がデートのイニシアティブを取るのを快適と感じているという。「私たちの目標は結婚だけではなく、社会的発見のプラットフォームを作ることなのです」(Bahawdory氏)。
エジプト発の保守的デートアプリが好調
一方、こうしたデートアプリは主に欧米に住むムスリムの間で浸透はしているものの、ユーザーが家族や友人に隠れてコソコソ使用するケースも少なくない。プロフィールの名前はニックネームを使い、写真も非表示にすることで、家族や友人に知られずに使用が可能となるのだ。
しかし、親に対して秘密を持つのは、イスラムの教えに反すること。欧米で生まれた若いムスリムでさえ、まだデートアプリに対する後ろめたさを感じるのだから、中東や北アフリカ、南アジアといった、より保守的なイスラム諸国でのデートアプリ浸透には、一段の工夫が必要となる。
エジプト発の「Hawaya(旧Harmonica)」は、そんな保守的なムスリムの伝統に一層寄り添ったサービスを提供している。
同アプリでは、他のデートアプリのように複数の相手とチャットすることは許されず、一度にチャットできるのは1人だけ。さらに、成立したカップルのチャット内容のコピーを1週間に1回の頻度で第三者に送ることが可能となっている。
伝統的に行われてきたような、親戚のおばさん同伴のお見合いデートをオンラインで実現しているような格好だ。彼らの活動をよりオープンにすることで、家族にも認めてもらいやすい関係をつくることができる。
同アプリではまた、ユーザーが選んだ相手にだけ写真が見られるように公開されたり、専門家のアドバイスが必要なユーザーのために心理学者との連絡が可能だったり、さまざまな心理的ハードルを下げる工夫が施されている。
Hawaya創始者のSameh Saleh氏は、BBCニュースに対し、「私たちは見合い結婚に反対なわけではないのです」とコメント。また、「西欧のデートアプリは私たちのカルチャーとは合わない」として、むしろ伝統にのっとる形で「もっと自分たちの世代に合ったソリューションを見つけた」と語っている。
「グローバルニッチ」の成功例
伝統に根差したローカルカルチャーにマッチしたHawayaは、エジプトの「デートアプリ」ランキングで長期にわたって首位を維持。
大手「Tinder」を大きく引き離し、地元ユーザーの熱烈な支持を集めている。すでにこの快挙は「Tinder」「Match.com」「PlentyOfFish」などを傘下に持つ大手「マッチ・グループ」の知るところとなり、昨年、同グループに買収された。
マッチ・グループのCEOであるMandy Ginsberg氏は、Hawayaについて、「ムスリムのグローバル市場拡大を加速するためのプラットフォーム」と位置付け、向こう5年以内にアジア市場からの売上比率を25%に拡大する意向を示している。
また、Hawayaは現在、エジプト市場のみで展開しているが、近い将来、他国への進出も視野に入れているという。
ムスリム向けデートアプリの成功は、サービスのきめ細かなローカリゼーションが、ニッチながらもグローバルな展開を可能にする好例と言えるだろう。
特にデートや結婚関連といった、文化的影響が色濃く反映されるようなサービスは、ユーザーの文化的背景にいかに寄り添えるかが成功の大きなカギ。
欧米のメインストリームと一線を画する文化的な違いに焦点を当てれば、サービス展開の意外なヒントを見つけられるかもしれない。
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)