世界中を混乱に陥れている新型コロナウイルスが子どもたちの教育に影を落とし始めたのは、2月上旬にさかのぼる。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の統計によれば、中国が地方によって学校閉鎖を行ったのが始まりだ。
以後ウイルス感染の拡大、感染者の増加に伴い、4月1日にはピークを迎え、世界191カ国、就学者の91.4%が学校に行けず、自宅での学習に切り替えざるを得ない事態になった。この1カ月間はあまり変化が見られない。4月22日現在で191カ国、就学者の90.2%が自宅学習を強いられている。
近年、高等教育においてオンライン学習が一般的になっているが、新型コロナウイルス禍でさらにそれは初等・中等教育にも飛び火。すっかり浸透の様相を呈している。
以前から学校教育の補助としてオンライン教育を小・中・高校生に提供してきた企業は組織はもちろん、大手メディアも参入してきた。メディアならではの特色を生かし、他者とコラボの上、企業活動を展開している。自宅学習でも、登校時と何ら変わりのない学力を身に付けてもらうべく、子どもはもちろん、保護者に対しての支援も進めている。
新型コロナウイルスの子どもの教育への影響を心配する親は、米国で90%、英国で77%
学校閉鎖も最初のうちは休暇気分で楽しんでいる子どもたちも、学校に行けない不満がだんだんに出てくる。その一方で、保護者たちは国を問わず、ウイルス感染の不安と、子どもの学習に対する不安のダブルパンチを受けている。加えて自らは自宅勤務の身ときている。ストレスを感じるのも当たり前だろう。
休校が急に決まり、学校側も十分な準備を整えられないまま、子どもたちが自宅学習に突入したケースは世界的な傾向だ。保護者たちは、教育環境を教室から各人の自宅に迅速に替えるにあたっての教師の努力を評価し、感謝するものの、心配事は付きまとう。
例えば、米国を拠点にすべての子どもたちが学業成績において成功を収めることができるよう支援するNPO、エデュケーション・トラストと、エデュケーション・トラスト・ウェストが4月上旬に新型コロナウイルスがどのように教育の公平さに影響しているかの調査報告書を発表した。
それによると、カリフォルニア州とニューヨーク州の各1,200人ずつの保護者の90%が学校の勉強に遅れをとることを心配しているそうだ。
また、英国の慈善団体で、子どもの教育に深く関わる親を支援するペアレントカインドが3月中旬に約1,200人の保護者を対象として行った調査では、77%の親が新型コロナウイルスが子どもの教育に影響を与えるだろうとを懸念していることがわかった。
英国では、5~6月に行われる予定だった全国統一試験(GCSE)や、一般的に「Aレベル」と呼ばれる上級一般教育資格試験の取りやめが3月中旬という早い時期に決定した。これは、英国はもちろん、これらを導入する国の保護者にショックを与えた。
メディア会社が支える、オンライン学習いろいろ
「学校」という教育環境を子どもに与えることができなくなった、新型コロナウイルス禍で、唯一残された学びの場が「自宅」だ。
米国においてはすでにオンライン教育は、高等教育向けには1980年代から開発され、2018年には公立大学の98%がオンラインコースを用意しているまでになっている。
一方、幼稚園から高校までのいわゆる「K-12」の子どもたち向けには、2006年に非営利でオンライン教育を行うカーンアカデミーが創設された。2007年にはインターナショナル・アソシエーション・フォー・K-12・オンライン・ラーニング(iNACOL。現オーロラ・インスティチュート)が、小・中・高校生向けのオンライン教育の質を高く維持するための基準を設けている。
このように学校教育を補うことを目的に、小・中・高校生向けのオンライン教育は少しずつ前進してきた。そして、新型コロナウイルスの感染拡大による学校閉鎖に伴い、オンラインで学習リソースを無償提供する国や企業が一挙に増えた。
この流れに呼応し、企業の中でも大手メディアが同様の動きを見せている。メディア会社の強みは、ニュースや映像など、社内に蓄積したリソースを教育に結びつけて活用できる点にあるだろう。
ニューヨークタイムズ
4月6日から7月6日の間、米国内の高校生にデジタル版の『ニューヨークタイムズ』へのアクセスを無料提供する。国内でも加入者数一、二の携帯電話事業者、ベライゾン・ワイヤレスとのパートナーシップによるものだ。
新型コロナウイルスがもたらした変化と社会的な制約を把握・理解し、前向きに進んでいくために必要な各分野のニュースを、『ニューヨークタイムズ』で得てもらおうという考えだ。
たとえ自分が自宅から出られなくても、ベテランジャーナリストが深く掘り下げ、発信する、国内はもとより海外各地のニュースを通して、常に新しい情報を頭に入れておくのに役立つ。
米国では18世紀末から、新聞を教材として用いることが浸透している。その伝統を受け継いでいるのが、『ニューヨークタイムズ』だということができる。2017年には一般購読者に、高校生のデジタル購読のスポンサーを募ったり、2019年には貧困層出身など、恵まれない学生が多く在籍する高校にデジタル版へのアクセスを提供したりしている。
ナショナルジオグラフィック
事実を物語形式で読者に提供するという、長年蓄積したストーリーテリングのノウハウを持っているのが、『ナショナルジオグラフィック』誌だ。それを利用しているのが、「NatGeo@Home」という、子どもとその家族や、教育関係者向けの新たなプラットフォームだ。
新型コロナウイルスがもたらした新しい環境に馴染むにあたり、子どもたちにやる気を起こさせ、保護者を支援するのが狙いだ。新型コロナウイルスのパンデミックの収束まで無料でアクセスできるようになっている。
プラットフォームは教育者と科学ジャーナリストにより開発され、「知識を得よう」「インスピレーションを得よう」「楽しもう」の3つのカテゴリーに分けられている。
自然界とその現象を起こしている科学についてをクイズ、ビデオ、ゲーム、アクティビティなどを通して解説している。実用的で教育を意識し、娯楽面でも充実した紹介を行うよう心掛けているそう。
ウィークデーの午後6時 (世界協定時刻+1) からは、「エクスプローラー・クラスルーム」を生放送する。野生動植物、海洋保全、写真、宇宙探査などの内容の番組だ。
保護者と教師のための情報は、子どもたち向けのものとは別枠で用意されている。ユニークなのは新型コロナウイルスの情報が載っているところだ。子どもたち用には易しく解説されている。また子どもからの質問に答えられるよう、大人も知識を身に付けられるようになっている。
BBC(英国放送協会)
「BBC史上最大の教育への取り組み」が4月20日から14週間の予定で開始された。5~14歳を年齢別グループに分け、行われるバーチャルクラス、「BBCバイトサイズ・デイリー」だ。政府との協力を得ており、教育カリキュラムに沿い、毎日の授業が設定されている。
内容は、教師や各分野の専門家が手がけており、毎日20分ずつのプログラムが6つ用意されている。あまり堅苦しくならないように、ビデオ、アニメーション、実験、クイズ、ゲームなどが散りばめられている。
教師役を務めるのは、著名な教師をはじめ、人気のある俳優や歌手などだ。インターネット経由のテレビ・ラジオ視聴サービスBBC iPlayerや、デジタル・インタラクティブ・テレビ、BBCレッド・ボタンなどで、朝9時から見ることができる。
BBCバイトサイズ・デイリーで学んだ後は、既存の「BBCバイトサイズ」に移り、関連のビデオ、クイズ、ポッドキャストに挑戦。そして最後に基礎科目である、算数、国語(英語)、科学のワークシートに取り組む。
GCSEや、Aレベルの試験の準備のための高校生向きプログラムもあり、ウィークデーにBBC4で放映されている。シェイクスピア劇を採用したり、カリキュラム内容をドラマ化したりし、内容に工夫が凝らされている。
ワイド・オープン・スクール
新型コロナウイルスのパンデミックがなければ、実現しなかっただろうといわれる、米国の小・中・高校生向け教育の無料「ワンストップ・ショップ」がワイド・オープン・スクールだ。こういわれるのは、本来であれば競合関係にある企業が協力し合って参加しているからだ。
パートナー企業・組織は、コムキャスト、セサミワークショップ、タイム・フォー・キッズ、ナショナルジオグラフィックなどの大手メディアのほか、オンライン教育、テクノロジー、学校社会の代表組織など、業種もさまざま。30社がパートナー関係を結び、協力している。
学校閉鎖のため、教育に関して通常のサポートを得るのが難しい子どもや家族、長期にわたる自宅学習に初めて対応する教師のための、頼れる教育リソースのプラットフォームとして重宝がられている。
年齢により5つの時間割を用意しており、午前中、午後、夜と各々3つずつのプログラムを用意している。時間割は日替わりになっており、逐次新しい授業やアクティビティを取り込んでいる。
必ずしもデバイスを使っての勉強とは限らず、実験なども含まれている。実験には材料などが必要になるが、一般家庭にあるものを利用していることが多く、わざわざ用意しなくても、その都度対応するので、十分間に合う。材料をそろえるのに必要なコストや、準備にかかる時間、実験時間などの細かな事柄も網羅されている。
数学や社会、読み書きなど、いわゆる「科目」以外にも目が向けられている。例えば、「精神的な安定」のクラスではストレスを克服するためのテクニックを学んだり、「ライフスキル」のクラスでは洗濯の仕方を身に付けたりする。また運動の時間も必ず1日に1回とられている。
「ライブ・バーチャル・イベント」が豊富なのも特徴だろう。特別イベントが必ず1つ設けられ、そのほかに、ストーリーテリング、演劇、ポップミュージックからオペラまでの音楽コンサート、ミュージカル鑑賞、絵画・デッサン・マンガ教室、ディスカッション、ウェビナー、料理教室などが目白押しだ。
どれも始まる時間とリンクが明記されているので、時間に合わせてクリックするだけで、簡単にイベントに参加できる。
時間割で取り上げられているものは、パートナー企業・組織が各々の得意分野を生かし、分担して運営している。イベントも一部はパートナー企業や組織関連のものだが、そのほかはフェイスブック・ライブやインスタグラム・ライブ、ユーチューブなどをフル活用。
保護者としては、ビデオ放映などの際に、子どもの年齢に合ったものかどうか気になるところだが、その点はコモンセンスが主催しているため安心だ。
さらに「アクセス・フォー・オール・スチューデンツ」というページでは、教育分野以外でも子どもと家族をサポートしている。コストを抑えたデバイスやインターネット・サービスを提供する企業や、どの家庭の子どもも、学校閉鎖中にもきちんと食事をとれるよう、無料で食事を配布している校区やフードバンクのリストなどを紹介している。
おなかがすいていれば、勉強に身が入らないし、デバイスやインターネットがなければ、自宅学習の場合、にっちもさっちもいかない。直接学習とは関係なくても、子どもの教育には大切なことだ。
ワイド・オープン・スクールのパートナー企業の1つ、アンプリファイの最高経営責任者、ラリー・バーガー氏は、米国の教育についてを取り上げる、非営利・超党派のニュースサイト、『ザ・74』に、「米国社会は、皆が集まり、団結して素晴らしいプロジェクトを成し遂げることを今、求めていると思う。ワイド・オープン・スクールはその一例だ」と語っている。
新型コロナウイルスのパンデミックは、各国がいかに相互に関係し合っているかを示している。一国のみに限られた問題はあり得ないし、一国のみに有効な打開策もあり得ない。地球上にある国々は「運命共同体」なのだ。
プロジェクトを構成する企業も同じで、お互いの「協力」が必要だ。メディアを手がける企業1社のみしか参加協力していなかったら、内容を充実させることができない。しかし複数が集まれば、ワイド・オープン・スクールのような、奥行きのある内容を提供することが可能になる。
今、つながり合う誰もが求めているのは、「協力」ということになりそうだ。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)