新型コロナウイルスの影響拡大を受け、世界中の企業が休業や事業縮小など、不確実な未来への対応が迫られている。混乱によって日本の経済活動も衰退していく中、今社会に対してどのような活動ができるかを、企業そしてそこで働くメンバーひとりひとりが向き合っている。
こうした最中、「日本企業はどのような形で今の世界経済と向き合うべきか」というテーマで、4月12日に日中企業対談フォーラムが開催された。ゲストは、コーポレートガバナンスの研究を行う一橋大学ICS教授の名和高司氏、UNDP(国連開発計画)SDGs Impact 運営委員会委員を務める渋澤健氏だ。
この中で名和氏は、「CSRで得た気づきを事業に転換することで、企業はCSVを行うことができ、サステナブルな事業拡大が可能になります」と話す。
つまりこの不確実な現状と向き合うためには、コンプライアンスの遵守や社会貢献など、事業ではない部分を通して社会的な責任を果たそうとするCSR(Corporate Social Responsibility)から、事業を通して経済的な価値を創出し、さらに社会と共有する価値を創造することが求められるCSV(Creating Shared Value)への変化が必要になるということだ。
では今後、日本企業は新型コロナウイルスの影響によって、不確実性が高まる世界経済とどのように向き合っていくか必要があるのか。名和氏による中国・日本の企業事例を通したCSV活動の事例紹介、そして両名の対談から、その方法やあり方を探っていく。
- 名和 高司
- 一橋大学ICS教授、ハーバード・ビジネス・スクール卒(ベイカースカラー)、ファーストリテイリングなどグローバル企業の社外取締役を担当。(写真右上)
- 渋澤 健
- UNDP(国連開発計画)SDGs Impact 運営委員会委員、コモンズ投信株式会社会長を担当。渋澤 栄一の玄孫に当たる。(写真 中央下)
「外圧が日本を強くする」危機に直面したからこそ生まれる企業生存の可能性
日本は、世界でも、地震や台風、洪水などの自然災害の比率が多い。2004年には、梅雨前線による集中豪雨、10個の台風の上陸、そして複数の地域で生じた地震など、自然災害が重なったことを受け、災害の年と呼ばれたぐらいだ。
そんな中で日本企業が活動を続けてこられたのは、天災はもちろん、経済危機など「自分たちでは制御できない外圧に日頃から対応する力が身についていたから」と名和氏は話す。
名和「古くは江戸時代の黒船来航、直近ではリーマンショックなどの世界的な経済危機、阪神・淡路大震災に東日本大震災など、多くの外圧が数年ごとのインターバルで日本を揺るがしてきました。こうした危機を乗り越えながら、日本企業は成長してきたのです」
名和氏は、これまでにあった危機に際立つ対応をした企業の取り組みを紹介する中で、再開を視野に入れた迅速な事業縮退と並行して、「サプライチェーンをバージョンアップしていく必要性」を訴えた。
名和「例えばユニクロは、自社の世界における物流状況を“生産から販売まで見える化”するために、アリババを参考にしながらIT技術を活用した有明プロジェクト(※)という改革を立ち上げました。
特にこれまで人力が中心だった物流業務にRFID(非接触型電子タグ)を導入、荷積みや梱包の無人化などといった、デジタル化を進めたんです。それによって世界中の工場生産状況の把握、店舗や顧客との情報共有が円滑となり、注文から出荷までがスムーズとなりました。
他にも中国でビジネスを伸ばしている日本電産というモーター企業は、ディープチャイナを合言葉に、中国内の複数の地域に拠点を立てています。これは、拠点を分けることで、万が一震災などでどこかの工場が動かなくなっても生産ペースは落とさないようにと、製造リスク分散を考えた行動です」
(※)IT(情報技術)を活用し、商品の企画・生産、物流、社員の働き方までの一体改革を目指すプロジェクト
危機にあった際に事業撤退などの判断は企業にとって大事となるが、サプライチェーンを強靭にすることで、非常時でもいち早く通常に近い動きや判断決定が迅速になる。
ただし、問題が過ぎた後に以前と同じ環境へ戻れるかは分からない。そのため、問題に向き合うのと並行して、「どのような存在であることが、企業そして顧客に良いことかを想像してほしい」と続けた。
名和「日本電産は現在、環境マスクを外資系医薬品企業に提供するなど、健康軸も視野に入れた事業展開を進めています。狙いは、製品・顧客・市場を既存事業から“ずらし”していく三新戦略と呼ばれ、新しい事業の開拓に一役かっています。また、ユニクロは『究極の普段着(ライフウェア)』をキーワードに、どうやって日本を世界を応援できるかを考え、キャンペーンを進めています。コロナの影響で在宅の人が増えたからこその取り組みです」
各社が、自分たちが今できることを念頭において行動をしている。それによって、新しい切り口への気づきや視点が生まれ、新型コロナウイルスの影響下でも企業活動を継続できるのだ。
ビジネスチャンスを握る「CSRからCSVへ」の変化
一方、中国はこれまでに新型コロナウイルスを始め、SARSや鳥インフルエンザなどの感染症の影響を受けてきた。事例の一つとして、アリババは、物理的に人や物が動けない環境だからこそ、「オフラインからオンラインへ」の舵取りをしてきたという。
名和「アリババ創業者のジャックマーは、常に社会への価値提供、どうやって企業が成長するかを考えています。アリババが展開するスーパーマーケットの『盒馬(フーマー)』は、有事の際にワークシェアリングという形で飲食業などの人材を、従業員やECの配達員として受け入れています。それによって、社会と市場に新たな価値を提供し、経済循環を生み出しているのです。
また、同企業の金融子会社であるアント・フィナンシャルは、アリペイから申請が可能な、新型コロナウイルスの特殊保障を追加しました。この効果で、2020年2月に顧客が30%増えたと報告されています。アリババは中国社会にとって良いことを実践しながら、企業成長を推し進めているのです」
新型コロナウイルスは経済活動において脅威であることに変わりはない。しかしそんな危機的状況でもアリババは、社会そして顧客が求めることを提供してきた。それがブランド向上、顧客獲得へ繋がったのだ。
また、中国の有名化粧品メーカーであるJALA(ジャラ)は、コロナ問題に奮闘する医療従事者に向けて、マスクの跡が残らないような商品の開発、消毒やアルコールが入ったジェル状クリームの試作品を社員やパートナーに提供をしている。こうした話も踏まえ、「企業の社会的責任を根底に置くCSRから、社会と共通の価値創造を目指すCSVに変化することが今後は求められる」と名和氏は語る。
名和「CSRを果たす中で新たな需要をいち早く感じ、新製品開発に繋げていく必要があります。ただ、CSRだけを貫いていては、残念ながら善意だけで終わってしまうことも……。ここで得た気づきを事業に転換することで、サステナブルな拡大が可能となるのです。これは、企業がCSRからCSVに変化する中で、社会と共に価値創造の実践を行なった結果とも言えます」
では、CSRからCSVへ移行する中で、どのような意識が企業に必要となるのだろうか。名和氏は、危機対応と並行して生まれてくる新しい価値を見極めるためには、「直近、そして5〜30年先の2つの視点が求められる」という見解を示した。
名和「この状況下だからこそ、長い時間軸で社会を俯瞰することにより、本当に世界が求めてるものは何なのかにもう一度気付くチャンスだと思うんです。緊急対応として目の前のことに向き合う中で、そこから生まれてくる新しい価値や事業を見極め、5 ~10年先に1つのビジネスへと昇華していく。
例えば、トヨタやユニクロは、時間軸の一つとして2050年における世界のあり方と自社像を考えています。同時に、SDGsを通して今困っている世界の人たちを2030年までにどう助けるかについても議論をしている。こうした時間軸の違う行動を並列で成立させるためには、2050年の未来像からバックキャストして、2030年のなりたい姿をイメージした上で、2020年に何をすべきかと考える必要があるのです」
この2つの視点が、次の進化に向けて自己を見つめる良い機会となる。そして、リスクは振り払うのではなく、そこから何かを掴み取るものという認識へと変わっていくという。
不確実性を抱える経済の中で、企業の共存が示す「価値」とは
企業同士の共存が必要になる中で、「自社の存在意義」に立ち返ることも重要だ。
名和「例えば、ユニクロは中国パートナー企業と一緒になって、資金繰り、製品開発の入れ替えなどを進めることで、中小企業の生き残りを考えています。こうした向き合い方は、サプライチェーンの中での存在意義を互いに認め合うことに繋がるのです。その結果として、自社が倒れないような、共存・共栄の関係が構築されます」
大企業も中小企業も一緒に存在するからこそ、両者が共に発展をしていく。こうしたリレーションがあるからこそ、CSVの実現に一歩近づくのだ。ただし見方を変えれば存在意義が社会に提供されていない場合、その企業は淘汰の対象となる。
名和「淘汰という環境をどう生かすかも考えないといけません。金融業界や航空業界など、企業が飽和状態にある業界は、本当にその企業が必要なのかを見極めることも重要なんです」
これからCSVを考える上で、思考の先回りが目標になる。そのためにも「綺麗事ではなく、ワクワクしながら熱くなれること」「自社ならではのこだわりを持って進められること」「こういう人たちとパートナーを組めばできる」という3つの要素を大事にしてほしいと名和氏は主張した。
Whyの突き詰めから見えてくる「やりたい気持ち」
UNDP(国連開発計画)SDGs Impact 運営委員会委員を務める渋澤健氏も参加した後半では、企業が自社の取り組むべきことを自覚するために必要とされる「考えの突き詰め方」に話は広がっていく。
渋澤「何かをやりたいと思ったとき、How (どのように)ではなく、そのことをやりたい気持ち、why(なぜ)が重要ではないでしょうか。実はこの感覚、ミレニアル世代はすでに持っているんです。
彼らは、世の中の課題意識に鋭敏で、インターネットからの情報獲得も朝飯前。そのため、社会と利益が一緒に得られるビジネスを行いたい時にパッと動けるんです。その背景には、ミレニアム世代の価値観というのが、利益の最大化ではなく価値の最大化にあるからだと思います」
名和「企業としては、すぐにアクションに移せるHowへ、どうしても目がいきがちですが、そんな時こそ立ち止まってWhyを突き詰めることが重要だと思います。それによってHowも自然と出てくるのかなと」
渋澤「それこそこれからは、バリューチェーンではなく、バリューエコシステムの時代ではないでしょうか。どの力を合わせて、創造しようかということが求められ、自社で完結ではなく、共創していくことが重要となってくるのかもしれません。まさに、渋澤栄一が示している論語と算盤(そろばん)のように、「と」の力で、道徳と経済を繋いで化学反応を起こすかのような発想が求められていると思うんです。
そこから、企業間のコラボレーションやクリエーションに繋がる関係性が生まれる。そして、10年〜20年先の未来を一緒に考えることで、ネガティブとされる不確定性のある未来の中において、新しいポジティブな機会を掴むことになるのではないでしょうか」
皆がWin-Winとなる社会を作るためにWhyを突き詰めることは、なぜ自身がそれをやりたいのかを知る最初の一歩になる。それを心の中で思っているのではなく、「MeからWeへベクトルを広げることで、自身が想い描くことを周囲へ発信し、巻き込むことも必要」と渋澤氏は話題をまとめた。
復興する企業の姿をステークホルダーと共に信じて
現在も新型コロナウイルスの影響を受ける世界が、これから復興していくためには「復活する未来を信じること」だと渋澤氏は切り出した。
渋澤「大企業でも、中小企業でも、目先では分断している社会なので連携しようとしても中々上手にはいきません。とはいえ景気はサイクルで変動しますので、未来は必ずあります。だから今は、経営者、従業員、株主など、全てのステークホルダーが復興を信じることが大事なんです。同時に危機にさらされた環境と、同じところに会社を戻さないための戦略を取ることも忘れないでください」
対して名和氏は、最後まで財産として企業に残る「人」の重要性を忘れてはならないと解く。
名和「企業で最後に残るのは人です。経営者と従業員が、見えない未来を作りたいと思う気持ちが大事なんです。原点に立ち返って、試されていると思うようにしてはいかがでしょうか」
企業が生き残るすべを模索する中でカギを握るのは「企業の復活を信じ、活動を続ける人たちの気持ち」だ。今後混沌とする世界情勢が予想される中、CSRからCSVのきっかけを見つけ出し、新たな事業や進展へと結びつけられるか。名和氏が語るように、リスクに飛び込み、チャンスを掴む力が必要になることは間違いないだろう。
取材・文:杉本愛