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新型コロナウイルス感染症の感染拡大で社会に閉塞(へいそく)感が満ち、深刻な経済危機にある現在。しかし日本は、大災害に襲われながらもその都度立ち上がってきた。本シリーズ『アゲインストに立ち向かう日本企業」では、逆境に負けない日本企業の技術力やマインドを取り上げ、「コロナ後」のビジネスのヒントを探っていく。
昨今、感染拡大の抑止策の一つとして、テレワークを実施する企業が急速に増えている。充分な準備もないまま、突然テレワークに切り替わった職場も多いだろう。その中で、ビジネスパーソンとしては、今起きていることの意味を見極め、将来に生かせるヒントを読み取ることが重要だ。現状の問題点と課題を整理するために、テレワークにおけるコミュニケーションの研究を続ける、東海大学の福留恵子准教授にお話を伺った。
テレワークの導入が、ワーク・ライフ・バランスを見直すきっかけに
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、思いもしない形でテレワークの実施・導入が広がった。慣れない環境下において仕事を行わなければならない状況で、何が起こっているのだろうか。
福留 「現在の状況は、3つの重要な意味を持っていると思います。
一つは、実際にテレワークを経験した方が、急速に増えたという点です。これまでもテレワークには、ワーク・ライフ・バランスの改善や通勤の混雑・渋滞の緩和、災害時・非常時の事業継続など、さまざまな観点から期待が寄せられていましたが、浸透が不十分でした。ですが、コロナの影響により、意図せず一般的な働き方になりつつあります。
二つ目は、テレワークの実施を急いだことで、無理や我慢が蓄積している可能性があるということです。今は、『これは一時的なものだ』と考えて業務で生じる無理などを互いに飲み込むことができているかもしれません。ただ、その我慢が『仕事の歪み』や『質の低下』に結びついている場合、それはなかなか見えづらいので、注意が必要だと思います。
三つ目は、仕事、生活のそれぞれについて、あるいは仕事と生活の関係について、再発見している人が多くいるだろうということです。これまでは『仕事』と『仕事以外の生活』が分離している状態が自然に出来ていったのですが、テレワークによってその二つが否応なく相互に乗り入れるということが起きています。『自分にとって、家族にとって、本当はどうすることが望ましいのか』を考えるきっかけに出合っている人もいると思います」
これまで、テレワークという言葉は理解していても、実践したことがある人は限られていた。実際にそれが“自分ごと化”された今、既存のテレワークのイメージとは異なるさまざまな実感が、それぞれのワークスタイルで生まれている。
周囲の反応という“情報資源”をどう補うか
実際にテレワークをしてみると、「オフィスなら手元に資料があるのに」「上司にすぐ相談できるのに」といった気付きを誰もが得ることになる。既存の業務スタイルとの相違点は多々あるが、福留氏が注目するテレワークの問題点・課題は何気ないコミュニケーションにあった。
福留 「一概に問題点や課題を指摘するのは難しい問題です。しかし、仕事の中に急にテレワークが入り込んできたという視点で考えると、 “今まで当たり前にあったものがなくなった状態”で仕事をしていることも多いと推測されます。
『なくなったもの』として一番分かりやすいのは紙ベースの資料や、設備・機器などのハード面だと思います。しかし、それ以外にも『周囲の人の意向や反応』などが得られなくなっていることもあります。それは、アドバイスや感想、あるいは『そう、そこが肝心』『それ、ちょっと違うんじゃないか』といった、言語外のコミュニケーションかもしれません。仕事の進め方や中間的な結果に関する、上司や同僚、部下のそうした反応も、仕事をする上での重要な“情報資源(仕事上の手がかり)”になることがあります。そうしたさまざまな情報資源を使った仕事の微調整が、突如始まったテレワークで、従来どおりにできなくなっていることが考えられます。
今まであったものがなくなったとなれば、それを手に入れにいくか、なくなったままで仕事を進めるか、そのどちらかしかあり得ません。わざわざ手に入れるとすれば何かしらの非効率が発生するでしょうし、なくなったままで進めればどこかで仕事の質を落とすことに繋がります。いずれにせよ、仕事のコストとパフォーマンスのどちらか、あるいは両方を悪化させる危険があります。
そうした危険性に具体的に気づくことができるのは、実際にテレワークで業務を遂行している当事者でしょう。今はその『具体的な危険性』を課題として把握しておいた上で、状況が少し落ち着いてきた段階で、どのようにテレワーク業務の中で吸収していくべきかを検討することになるのだろうと思います」
コミュニケーションの問題は一人で結論を出さない方がよい
上司や同僚がいない状態での業務に「周囲の反応」が欠如しているという視点は新鮮だ。では、コミュニケーションの前提が変わってしまう在宅勤務やテレワークの環境では、どのようなポイントに気をつけるべきなのだろうか。福留氏は、そこに存在する“テレワークに対する不信感”に注目する。
福留 「この問題は、それぞれの仕事と条件に応じて考える必要があります。ただ、それを考える際にいくつか気をつけておくべき前提があると考えています。まず、コミュニケーションは二人以上の人の相互作用であるのに対し、その対処について考えるのは個々人だという点です。つまり、コミュニケーション上の課題を改善していこうとするのが誰であるとしても、原理的にその人一人の目から見た捉え方しかできません。個々人の意見や改善策は独りよがりなものになりがちです。従って、自分一人で結論を出さないように注意する必要があるでしょう。
コミュニケーションの問題を考える際に、もう一つ、そこに入り込むかもしれない『テレワークに対する不信感』にも注意を払う必要があります。
不信感の理由としてまず、『従業員がテレワークの最中に、つい業務以外のことをしてしまうのではないか』という疑念。実際にそうした話を聞けば、テレワーク全般が信用しづらくなる可能性があります。次に、テレワークをする人の中でテレワークの目的がズレてしまうと、互いの働き方に不満が生まれて不信感の種になるということ。『テレワークだとどうもうまくいかない』と感じるときの背景には、こうした事情も想定されます」
他者の動きが目に見えづらいテレワークにおいて、不信感が見え隠れすることに、共感する読者も多いだろう。そのような前提に立ったうえで、組織のコミュニケーションはどうあるべきか。そのポイントについて福留氏は、「社外のつながり」も含めた関係性にあると指摘する。
福留 「テレワーク上のコミュニケーションでは、『上司と部下』の関係性に注目される傾向があります。しかし、仕事上で重要になってくる人間関係はそれ以外にも、セクションや外部の取引先などを、複雑な構造を持っているものです。そのリアルな人間関係の中で、上司と部下のコミュニケーションを捉えることが大切だと思います。
セクションのリーダークラスの人は、部下を自分の上司や同僚とつなげる要といえます。自分の上下だけでなく、同格の他部門リーダーなどと協力・競争の水平のつながりを持っていることも多いので、それらの人々と部下のコミュニケーションも支障なく行えるように注意することが大切です。テレワークでは、組織内のつながりが見えづらくなりますから、部下と対面したときのコミュニケーションを増やすとか、部下と他の人々との人間関係も配慮して職務分担の整理をするなどの工夫が必要になるでしょう。
一方、部下の立場で大事なことは、担当している仕事が、直属の上長との1対1の関係だけでなく、上司のさらに上層部や顧客、社外取引先とどのようにつながっていくのか、組織全体の中でどのような位置付けに在るのかについての認識でしょう。関係性を俯瞰し、認識を深めながら、上司とのコミュニケーションに向き合うことが大切だと思います。」
新型コロナウイルスの感染拡大という、緊迫した状況の中で広がったテレワーク・在宅勤務。その経験を、将来において「ポジティブなきっかけだった」と評価できるようにするために、私たちにはどのような視点が必要なのだろうか。
福留 「新型コロナウイルスに端を発するテレワークの経験は、それが非常に効果的であったとしても、あるいは不十分なところがあったとしても、働き方の選択肢を増やしたという点で大きな変化です。次のステップは、その選択肢を賢く使う、——つまり、ふさわしい状況の下で、ふさわしい条件を整えて、テレワークを“仕事の課題を解決する手段”として選べるようにしておくことではないでしょうか。今回のテレワークの経験から、仕事やそのコミュニケーションを改めて見つめることも、その手がかりになっていくと思います。
私たちは、テレワークをするのではなく、仕事をしているのです。これからはテレワークを選択肢として活用しながら、当たり前に仕事をする。そのことがテレワークを定着させていくことにもつながるでしょう。
ここまで『ワーク』の部分を中心にお話をしてきましたが、ワーク・ライフ・バランスの『ライフ』について、テレワークの経験の中で気付いたことを、今後どう考えていくかも重要です。例えば、テレワークの概念を描くイラストには、今も昔も、子どもの横でパソコンを広げて……という光景が頻繁に使われています。このイメージは、テレワークに対する根強い期待や憧れを表しているのではないでしょうか。
一方、今回、子どもが横にいる中で実際にテレワークを行った人には、理想と現実の間にギャップを感じる部分もあったかと思います。そのギャップを埋める方法を考えるのはもちろん、それと同じかそれ以上に『理想としていたイメージが何を意味しているのか』を考えることも大切だと考えています」
より良い道を探し、実践することが未来への糧になる
テレワークの経験を通じて、多くの人が、将来の自分の「仕事」と「生活」の形をさまざまに想像したことだろう。そのイメージは人それぞれ違うはずだが、思い描く姿に近づくためには、一人ひとりが行動を起こさなければならない。福留氏は、「まずは、今できることを探すことが大事。探すことが、実践のスタートを切らせる」と語る。そして、「その実践こそが、今回の経験をポジティブなものにしていく」とも指摘する。つまり、「何を学んだか」よりも「この後、どう行動するのか」が、今回の経験の価値を決めていくということなのだろう。