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新型コロナパンデミックが深刻な影響を世界各地にもたらす中、ソーシャルメディアではフェイクニュースが人々を混乱させている。
混乱した人々が取る問題行動は様々だが、そのひとつが情報の真相を確かめるために、地元当局や病院などに問い合わせをするというものだ。これによって電話回線がパンクし、情報を真に必要とする人々の電話がつながらない、病院や行政機関に多大な負担がかかるという事態が起こる。
エストニアが、このような問題への対応として導入したのが、チャットボット「SUVE」だ。48時間で生み出されたSUVEは、迅速に政府系ウェブサイトを中心に配置され、新型コロナに関して公式情報のみをシェアすることで、フェイクニュースによる混乱を抑える役目が期待されている。
パンデミックの中エストニアでは、どのようなフェイクニュースが広がり、どのような影響が出たのか、またチャットボットSUVEがどのように生まれ、活用されているのかをお伝えする。
エストニアでも問題に。パンデミックで広がるフェイクニュース
エストニアでも起きたパニック買い PIXABAYより
エストニアでは、新型コロナの感染者数増加が顕著になった3月12日に政府が緊急事態を宣言、現在まで外出自粛要請や様々な制限が行われている。
とはいっても、イタリアやフランスと比較すると、エストニアのそれはかなりゆるやかなものであり、国内の都市間の移動に原則制限はなく、人数や距離を守れば外出可能、公共交通も運行しており、レストランなどの営業も可能だ。
このようにエストニアではこれまで強い措置は取られていないものの、首都タリンのロックダウン(都市封鎖)がなされる、外出が禁止されるというフェイクニュースが一時流れた。
ウイルスそのものへの不安と、物流が途絶えるのでは、外出できなくなるのではといった不安があいまって、結果起こったことは諸外国と同じ、スーパーマーケットでのパニック買いだ。保存がききそうな食べ物が棚からごっそり減り、トイレットペーパーが姿を消した。
中には深刻な被害をもたらしうるフェイクニュースもあった。たとえば、マラリア治療薬クロロキンといった、いまだエビデンスが確立しておらず深刻な副作用もある薬が、奇跡的な治療薬として話題になるといった、健康被害が懸念される事例だ。
そして具体的に大きな問題となったのが、問い合わせの急増だ。エストニアは当初かかりつけ医ホットラインでコロナ関連の問い合わせに対応していたのだが、しだいに医療と直接関係のない多種多様な問い合わせが増え、医師の負担が増えていった。
それに対応して、医療以外の一般的な質問用ホットラインが作られたが、人々の新型コロナへの関心と不安が高まるにつれて、こちらへの負荷も問題となっていった。
48時間で誕生したトライリンガルチャットボットSUVE
そんな状況下で誕生したのが、チャットボットSUVE(エストニア語で夏)だ。
SUVEの生みの親は、エストニア経済通信省、エストニアのスタートアップインキュベーターGarage48とAccelerate Estoniaが主催したハッカソン「Hack the Crisis」。
エストニアでは、48時間でイノベーターたちがアイデアを形にするイベント、ハッカソンが頻繁に開催されているが、このパンデミックが起こってすぐに企画されたのが完全オンラインハッカソンの「Hack the Crisis」だ。
世界各国から1,000人以上が参加した第一回「Hack the Crisis」では、新型コロナデータボード、ボランティアマッチング、企業間での人材シェアなど様々なアイデアが形になったが、そのうちのひとつ、eeBotチームのアイデアが、エストニア語と英語、ロシア語に対応できるトライリンガルチャットボットSUVEだった。
世界各地から参加。新型コロナ対策ハッカソン GARAGE48サイトより
人工知能を備えたSuveのミッションは、公式情報に市民をナビゲートすることで、医療従事者や行政機関の人間でしか回答できない質問のために電話回線をつながりやすくし、同時にフェイクニュースの拡散を防ぐというものだ。
実際、大量に寄せられる問い合わせは、個別性のある相談は少なく、適切な公式情報への誘導で解決するものが多いという。
たくさんの質問を受けるほど、その会話内容から学習して進化するSUVEは、導入から間もない今(3月下旬)、まだ「子犬」と表現される状態。聞き方を工夫する必要があるが、よくある質問には十分に必要な情報を返してくれる。
たとえば、「外に出てもいいのか」と尋ねると、「家族以外との外出は2人までなら大丈夫。距離は2mとってください。ただし、人混みは避けてくださいね。衛生上の注意をして、距離のルールを守った上で散歩をするのは健康にもいいですよ。ただし、もしなにか症状がある場合は、緊急の場合をのぞいて家にいてくださいね」と、詳しい外出ルールを教えてくれる。
「新型コロナに治療は何かあるのか」という問いかけには、「現在のところ、いくつかの候補が研究されていますが、確定した治療法やワクチンはありません。感染した人は、免疫を持つと推測されていますが、それがどのくらいの期間かはわかりません」という回答と一緒に、より詳しい情報が掲載された政府サイトへのリンクが返されてくる。
家から出られなくなって食べ物が買えなくなる、特効薬が存在するといった噂に不安や過度な期待をかきたてられた人が、このような情報に24時間簡単にアクセスできれば、それ以上その噂を拡散することを防げる可能性は高い。
もちろんSUVEの導入後も、SUVEでは解決できない質問がある人は政府のヘルプラインやかかりつけ医ホットラインに電話で問い合わせができる。人工知能は多くの場合、人間がより重要な仕事に集中するために活用されるのだから。
新型コロナ対応チャットボットSUVE エストニアヘルスボードサイトより
新型コロナ、エストニアの現状とこれから
フェイクニュースは世界各地で深刻な事件をすでにおこしている。イギリスで感染拡大に5Gが関係しているという噂で基地局が放火される、アメリカで薬を自己判断で服用した人が死亡する、日本のK1イベントで感染予防に水を飲むという誤った対策が推奨されるといったことがこれまであった。
現状、エストニアでは、SUVEのお手柄なのかはわからないが、このような事件は報道されていない。スーパーマーケットには品物がすぐに戻り、ホットラインがつながらなくて困るということもないようだ。
チャットボットの活用は日本を含む各国でも進められているが、エストニアが、非常に迅速に多言語対応のチャットボットを導入してくれたことに、外国人居住者として感謝している。
4月11日現在、エストニアでは新型コロナの感染者数1,304人、死者数24人、新規感染者数は横ばいとなっており、政府は最悪のシナリオは避けられたとしているが、予断を許さない状況だ。
政府は、医療インフラと市民の命を守るための外出制限と、経済を守るためどのように現状の制限を緩めていくかの間で、困難な判断を迫られている。
そんな気が滅入る情報が溢れる昨今、世界各国の人々がハッカソンを通じて、この危機に立ち向かうべくひとつの成果を生み出したのは、小さな希望を感じる出来事だった。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)