コロナ拡散拡大対策の一環で、在宅勤務を奨励する国や企業が各国で急増している。
在宅勤務は生産性を高めると言われていた統計とは逆に、在宅勤務を余儀なくされいる人の中には生産性の低下だけでなくメンタルヘルスや健康への被害があることを、スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授がBBCやVox Mediaで示唆している。
今回は、海外で急増する在宅勤務の現状を紹介し、専門家がどのようなヒントを共有しているのか、日本の読者にとっても役立ちそうな情報をお伝えする。
「リモートワークは生産性が上がる」統計はあるものの
アメリカの人材メディアFlexJobsは、毎年柔軟性のある働き方に関するアンケートを実施している。この調査では、仕事の柔軟性またはその欠如が、仕事の選ぶ際にどのように影響するか、またリモートワークを重視する理由などについて聞いている。2019年は第8回目となるアンケートで、7,300人以上の回答者を得た。
この主要結果からは、7,300人うち65%が「自宅での生産性が高い」と答えている。その理由として、自宅勤務では同僚の介入が少ないこと、社内政治に関する駆け引きが最小限であること、そして通勤によるストレスが少ないなどのメリットが挙がった。
さらに回答者の30%は、柔軟な勤務がなかっために離職したと報告しており、転職活動中の16%が仕事の柔軟性を求めての転職だった。回答者の80%は「柔軟な勤務オプションがあれば、雇用主により忠実である」と回答している。
リモートワークを好む理由では、上位5つの理由は、ワークライフバランス(75%)、家族(45%)、時間の節約(42%)、通勤ストレス(41%)、そして社内政治や同僚の介入(33%)となった。
また、スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授が2年間かけて調査した別の研究でも、在宅勤務者の生産性は13%向上し、さらに健康面でも、禁煙率が半減した結果となった。仕事に集中できる専用のワークスペースがあれば、在宅勤務はメリットを多く引き出すことができることが分かった。
ただし、ブルーム教授のこの調査結果には、現在のコロナ対策でリモートワークを余儀なくされた人々の状況に当てはまらないところが多くある。
まず、この調査の対象は在宅勤務を希望した人たちであったこと。彼らは在宅勤務を希望し、受け入れられてから移行への準備期間もあった。
次に、生産性に関して彼らはチームで協力の必要がない作業をしている人たちであったこと。対象者の仕事は、電話で予約の受付をして話しデータ入力を行っていたので、他の人と協力する必要はあまりなかった。
さらに重要なこととして、彼らは週に4日自宅勤務をしており、5日目にはオフィスに来て同僚と会っていた。
専門家が診断する「強制リモートワーク」の弊害
これについてVox Mediaのインタビューでブルーム教授は、コロナのいわば強制リモートワークは「膨大な個人の健康と経済的コストを、長期的に生み出す」と悲観的に見ている。
前述の調査時とは反対に、今回の事態の生産性は、在宅勤務によって低下していることも多く考えられる。まず、子どもやペットがいる家庭。「部屋に入らないでね」と注意していても、子どもの年齢やペットによって聞き分けは困難な時もある。もしくは仕事部屋がない家庭で、居間でしなければならないという場合もあるだろう。
また、物理的な生産性への弊害として、コロナ対策で投入されたばかりの在宅勤務者は、インターネット環境や会社で使用されるソフトウェア等も含め、準備期間がほとんどなかった人も多かったのではないだろうか。
生産性に大きく影響を与えるモチベーションと創造性は、周りの人や環境から生まれるところも多い。家の中の1つの部屋に閉じ込められていると、個人の創造性やモチベーションを上げるのが難しくなる。
そこからブルーム氏は、「2020年はイノベーションが失われる年になる」と想像している。科学者やエンジニアは、ラボや研究室で適切な機具を使って、多くの場合チームで試行錯誤を繰り返しているのが通常である。それを自宅から個人で、どの程度適切に働くことができるかは目に見えている。これが、今後の経済に影響する。
また、個人のメンタルヘルスも大きな懸念点の一つだ。人々が隔離される状態は、社会的相互作用をなくし、うつ病につながる。うつ病は精神的な健康だけでなく、肉体的な健康も悪くする傾向がある。
そのため、専門家たちは、強制リモートワーカーの健康問題が、今後爆発的に増えるのではと懸念している。精神的だけでなく、通勤が無くなったことや場所によっては都市封鎖で外出制限がかかっているのも、身体的健康を害する要因となる。
それでもコロナ対策でリモートワークは必要。ではその生産性を高めるコツは?
ブルーム教授は、重要なアドバイスとしてビデオ会議を使用した2つの社会的繋がりを提案している。スカイプやズームなどの、画面を通じたコミュニケーションだ。
まず1つ目は、グループの相互作用。たとえば、チーム全体が毎日朝11時に30分間のビデオチャットで集まり、個人的な状況を把握したり、社会的ニュースや生活全般についてチャットしたりする。
2つ目は、個々の相互作用。たとえば、毎朝と毎日の午後一に、マネジャーは各スタッフと個別に10分間ビデオ通話をする。これはマネジャーにとっては時間がかかるが、オフィスであれば日常的にできていることである。
これらのコミュニケーション方法は、マネジャーからの提案が理想だが、個々人からも自発的にやっていくことも勧められている。
マネジャーも個人も、元々リモートワークに慣れていない状況を考えれば、どちらからの提案でも可能だからだ。「これがこれからの数か月間、チームを幸せで生産的にするために重要だ」と教授は説いている。
また、在宅であっても「働く環境」をつくることが大切だと、リモートワークを研究するバーバラ・ラーソン教授もBBCのインタビューで指摘している。
パジャマではなく、仕事前にシャワーを浴び、スーツに着替えるなどで、気持ちが引き締まるためだ。家族の協力も重要なため、「ドアが閉まっているときは、話しかけてはいけないとき」と家族内で決まりを作るのも必要だ。
また、BBCでは「一日の仕事を完結する作業」を意識的に取り入れるとよい、とアドバイスしている。在宅勤務で最も難しいのは「仕事の後にプラグを抜くことができないこと」という結果がバッファー社の調査で出ている。
オフィスを去ることでいつもはオフモードに切り替えていた人たちも、在宅勤務だとなかなかその境目が見つからない。専門家は、通勤やその場を離れることができず、仕事の境界がはっきりしない場合は、「心理的切れ目」を強制的に作ることを提案している。
例えば、朝は20分間ゆっくりコーヒーを飲んでから仕事を開始する、仕事終了後はすぐエクササイズを実行する、などだ。こうすることにより、オン・オフモードへの切り替えを可能にする。
コロナという未曾有の事態で、リモートワークが急激に必要とされてきている。個々人の世帯内の状況や、上司も同僚も慣れない環境でやっているのだということを理解した上で、リモートワークだからこそ重要なコミュニケーションに重点を置いた働き方が問われている。
文:米山怜子
編集:岡徳之(Livit)