「ITを駆使して売上を上げること」

デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)を一言にするととてもシンプルだ。

それにもかかわらず「日本ではその本質が理解されておらず、生産性向上やコスト削減の文脈で語られてしまうことが多い」と語るのはRepro株式会社代表の平田祐介(ひらた・ゆうすけ)氏。

今回は、世界におけるDXの潮流から日本のDXの課題、日本と東南アジアを中心に世界66カ国以上で展開している「Repro」での経験から得た知見などを伺った。

欧米のDXは「売上と利益を伸ばすため」で、目的が明確

—— DXという言葉がかなり抽象的です。直訳的には「デジタル変革」ですが、平田さんの考えるDXの定義を教えてください。

平田:そもそも日本で「デジタルトランスフォーメーション」という単語はやめた方がいいと思います。バズワード(流行り言葉)としてのDXという単語に囚われ過ぎるきらいがあり、表面的で、本質的な解釈まで進んでない人が多いと感じます。

企業の経営層の方と接する中で、欧米の大企業と日本の大企業ではDXに対する認識に大きな違いがあると感じます。

欧米でのDXは「ITを駆使して変革を起こし、売上や利益を伸ばす仕組みやビジネスモデルを新しく創ること」。これが目的であり、DXの定義だと彼らは理解していて、DXによって競争優位性を確保することを考えているのです。

ところが日本企業では、こういった目的や定義を認識していない企業の幹部が多く存在しているように感じます。

デジタルやITを駆使しましょうと伝えると、働き方改革や生産性向上、コスト削減、業務効率化のほうに向いてしまう。しかしこれらは本来、部長レベルで検討する話です。経営層は売上と利益を伸ばすのが仕事で、それのみを行うべきです。

逆に、意識改革さえできれば上手くいくのではないでしょうか。言葉が持つ意味の認識の違いは大きく、DXが進まない理由のひとつだと考えています。

  —— 日本の経営層がDX推進に二の足を踏んでしまうのは、なぜだと思いますか。

平田:DXを進めることが直接、売上や利益につながるという発想に結びつきにくいからではないでしょうか。特に日本の大企業においては、これまでIT技術を駆使せずとも、業績を伸ばしてきました。そのため、企業が新たにITを導入する主な理由は、業績向上のためというよりも、飽くまで無駄を省くためという場合が多いです。

また従来のやり方や、サービス自体をデジタル化するということは、大幅な業務改革が必要となります。長期的視点で見れば、DXを進めたほうが事業にとってメリットがあるにも関わらず、短期的なコストや時間的なデメリットに目がいきがちになってしまうことも、理由として挙げられるでしょう。

本来、経営層が「ITを使った新しいビジネスモデルの創出」を中期経営計画に載せてコミットし、新しい価値を生み出していくストーリーを持つ必要があります。

売上利益を上げるには、次の2つの考え方のどちらかしかありません。

・新しい顧客体験を生む
・今よりもITを使って顧客体験を良くする

こういった現状や考え方をいろんな方に知ってもらいたいです。

DXナンバー1の中国で進んでいる「顧客体験価値の向上」

—— ITを駆使して新しい価値を生むことがDXなんですね。世界最先端のDXは現状、どのようなものがあるのでしょうか?

平田:言うまでもなく世界ナンバーワンのIT国家は現在、アメリカではなく中国です。メッセンジャーアプリWeChatが中国で誕生したあとにアメリカのWhatsAppが出てきました。そのころから中国が先頭を走り続けています。

OMO(Online Merges with Offline オンラインと店舗などのオフラインを融合させて捉えるマーケティングの概念)の文脈でも、中国が先行しています。

例えば中国のDXのトレンドを見ると、ECで成功したアリババなどがオフラインのスーパーマーケットを買収しています。

ITとスーパーを融合し、注文した食材を調理した状態で配達してくれるサービスなどを展開しています。人々の生活に浸透しているレベルで実用化され、顧客体験価値を上げて非線形の成長を遂げている点で、圧倒的です。

ただし、彼らは「DXを目的に実行しよう」と考えているわけではなく、今以上の顧客の体験価値向上をどう提供できるかの視点から逆算で考えているに過ぎません。また、それが世界の大きな潮流でもあります。

—— 2020年から数年内に訪れるDXのトレンドはありますか?

平田:全分野に言えることですが、分かりやすくて人々の生活と接点があるところから変わっていきます。その意味で、間違いなく小売の分野からDXの波が起こると思います。市場としても大きく、現に中国のOMOでは多くの先行事例でそうなっていて、多くの小売企業が社内にIT人材を抱え始めています。

POS(販売時点情報管理)データをベースにIDを紐付ければDXは難しい話ではありません。例えば、Web上であるお店の黒い服を探している人がいたとします。

その人に対して「試着できる場所をスマホに表示」「顔認識で店舗側に来店が伝わる」「デジタルサイネージに試着した姿がCGで表示」など、体験価値が上がる施策はさまざまに考えられます。

想像さえすれば、あとはどう実現できるかですから、企業のトップが動けば実現できます。

もちろん、医療やクルマなどもDXやIT化が間違いなく起こっていく分野ですが、人命に関わる部分もあるため慎重に進まざるをえない。だから、ライトでビジネスリスクが比較的低く、かつ生活に近いところからDXが起きていくでしょう。

日本人は10年で完成するプロダクトに向いている

—— 世界に比べて、日本企業のDXに足りないものはなんでしょうか?

平田:繰り返しになりますが、大事なのはまず意識改革し、どうやったらもっと顧客に喜んでもらえるのかの想像力を持つこと。経営層は世界観を決めるのが仕事で、それを実現するには資金がどれほど必要なのかを考えるべきです。

その意味では、トヨタは経営層主導でクルマのサブスクリプション(期間に応じて利用料を支払う方式)を導入し、自動運転のための街を作っている、この方向性は正しいです。

しかし多くの日本企業はボトムアップ型で、採用管理のSaaS導入や部門レベルの施策をDXだと思ってしまっているのではないでしょうか。経営者が戦略を考えていないために本質的な議論が社内に起こっていないのです。

また、日本企業を顧客にしているコンサルタントはIT専門家ではないので、表面的な議論になりがちです。CTO(Chief Technology Officer  最高技術責任者)やCDO(Chief Digital Officer 最高デジタル責任者)を経営層に入れて、自分たちの競合になるくらいコミットさせていくしかない。そうしないといずれ淘汰されます。

私はコンサルタントとして顧客の経営層と現場の間に入ることもありますが、いきなり「大きく自己否定が起こるほどのDX」はかなり難易度が高いため、「今よりもベターな顧客体験をどうITで生み出すか」といったレベルまで到達できるようにもっていきます。

特にBtoC企業はスマホの普及でどんどん顧客接点が増えていますし、店舗を持っている企業の場合は、より顧客接点が増える価値をどう提供できるかを考えてもらっています。いずれにせよ、ITを使ったらどう顧客に喜んでもらえるのかを考えるのが重要です。

—— ただ、アメリカや中国をみていると、周回遅れの日本企業に勝ち目は無い気がしてしまいます。世界を視野に入れる上で、日本のDXに希望はあるのでしょうか……?

平田:日本人の特性的には「いい顧客体験を提供するのに時間がかかるビジネスモデル」がチャンスだと思います。

シンガポールのビジネスシーンでは、欧米の方々が競合同士で熾烈な争いをしまくっています。優秀な人ほどどんどんホットなビジネスシーンに放り込まれる。

その中にいて肌で感じるのは、彼らは短期志向な点です。3年先すら見ておらず、2年内にどう目標を達成するかばかりを考えています。だから、欧米の方々はいずれ途中で撤退するんです。

逆に、日本は根気強さがあるので、5〜10年で完成するプロダクトを狙うといいのかもしれません。例えば東南アジアでは、クオリティが高いとの理由で日本の野菜やいちごが売れていますが、そのクオリティまで仕上げるのに何年もかかります。

 外国企業のITサービスはバグが出るのが当たり前だという認識が提供者側にも利用者側にもあるように感じます。とはいえ、それが度重なると業績自体に影響を及ぼすなどの問題につながるため、障害やバグが少ない日本製のプロダクトが選ばれることがあります。

顧客へ提供できるサービスの内容や価値、質をもっと因数分解してみましょう。欧米系企業は往々にして「最大級に速いクルマを開発しました!」と高スペックな製品を突如として登場させる。合理的な方法ではあるものの、燃費が悪かったり、壊れやすいということがネックになるんです。

だから日本人は、サグラダ・ファミリアのように永遠に開発が必要な部分と、安全性・安定性へのこだわりが必要な部分にはチャンスがあると思います。

日本において普通とされている「障害やバグが起きにくい」という表面化しにくいメリットは、外国では重宝されることもあります。だから単なる機能比較となると外国製のプロダクトに負けることがあっても、バグが多かったことを理由に日本製のサービスに戻ってきてくれたりします。

経営者はみな脚本家になるべき

—— 日本の企業が取るべき具体的な戦略はありますか?

平田:2019年ラグビーワールドカップのときのように、外国人が訪日した際に日本を褒める視点は競争優位性だと思っています。例えば、日本のピーナッツバターサンドイッチがめちゃくちゃ評価されていました。パンの耳が切り落とされていて美味しいなど、細部へのこだわりが顧客体験を向上させたのです。

合理主義では欧米や中国の方々に勝てませんから、自分たちのサービスにとってのピーナッツバターサンドイッチは何なのかを考えていけばいいと思います。

いかに目の前のお客さんを満足させられるか。人口が減少していく日本において、目の前のお客さんを大事にしないとだめだと思います。むしろ、今のお客さんをより幸せにするだけでいい。その中でイノベーションが起きる。自社にとってのお客さんはどこにいるのか? その議論の繰り返しです。

顧客体験の劇的な変化がDXです。なのに多くの日本企業ではDX自体が目的化しています。お客さんをより幸せにすることだけを考えればいいんです。

そのためには、経営者や責任者がみんな脚本家になればいいと思うんです。ITで顧客体験が上がる想像をしてストーリーを描く。実現可能性は技術者に聞けばいいだけです。

大企業と中小企業相手では戦略が全く異なる

—— Repro は2020年2月に約30億円の資金調達実施を発表しました。これまで66カ国で展開していますが、国によって戦略を変えたのでしょうか?

平田:大きく分けると中小企業かエンタープライズ(大企業)で戦略が分かれます。

シンガポールに視察に行った際に驚いたのは、エンタープライズに現地人があまりいなかったことです。地場の伸びている企業は地元出身者が多いのですが、一流のマーケターを主に欧米から集めています。彼らは自分たちのやりたいこと、提供したい顧客体験が明確です。

一方、中小企業は5年程前の日本の状態に近く、マーケティングに関する理解も曖昧だと感じました。 こうしたリテラシーの差が大きいため、中小企業とエンタープライズでは営業戦略を分けているのです。

そういった意味でも、ある程度時間をかけることで勝機があると考えています。一つひとつ地ならしして進めていくと、競合が勝手に撤退する。しかし、大量に資本を投下して1年で攻略する方法では東南アジア攻略は難しい。

彼らのやり方は、5年間で5兆円を稼げるようなビジネスに大量にお金を投下する。一方、20年間で5兆円を稼げるようなビジネスなら、日本企業が向いているかもしれません。いずれにせよ、まずは外に出てみろ、と私は言いたい。「意外とライバル企業は強くないぞ」と思います。

取材・文:山岸裕一
写真:西村克也