2月24日、アメリカの元プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインに対し、性暴力などで有罪判決が下され、23年の禁固刑が言い渡された。
ハリウッドの大物による長年にわたるセクシャルハラスメントが勇気ある何人かの女性によって告発されたことで、女性に対する性暴力に大きく声を上げることの正当性や必要性について世間が真剣に考え始めた。
その出来事から約2年、多くの業界で「#Metooムーブメント」が巻き起こった。彼に対して下された今回の判決は#Metoo運動の勝利の一つであると同時に、大きな節目とも言えるだろう。
しかしながら、現在でも多くの理不尽なハラスメントが世に蔓延している。誰もが当事者になりえるセンシティブな問題だからこそ、この問題とどう向き合い、前進していくべきかを考える必要がある。
本稿では圧倒的に男性優位社会であるアメリカのベンチャーキャピタル界における女性起業家の奮闘から、今後の我々が向かうべき未来について考えたい。
「約半数が泣き寝入り」の現状
ハリウッドでの大騒動とほぼ時を同じくして、アメリカのテック業界に染み付いた性差別文化が暴露される一件があった。
2017年2月に元Uberのソフトウェアエンジニア、Susan Fowler氏が「Reflecting On One Very, Very Strange Year At Uber」というタイトルのブログ記事を投稿し、彼女が2016年に同社を去ったこと、その原因が男性上司からのセクシャルハラスメントとそれに対する同社の対応に対する不信感であったことを明かしたのだ。
その後あらゆるメディアがシリコンバレーやテック業界が持つ男性優位主義とそれが生む女性軽視の風潮について大々的に報じたことで、テック業界における#Metoo運動も加速した。
アメリカのビジネスインサイダーが2019年に行った調査によると、女性の3人に1人が過去に職場でセクシャルハラスメントを経験したことがあると回答した。しかし多くの女性は何もアクションを取らなかったとしており、この調査は多くの女性がハラスメントの対象になった際に泣き寝入りしているという事実を伝えた。
その理由について、「例えばそれが会話上の些細なやりとりだった場合、法に触れるものではないため上司も人事部も大事と捉えてくれないかもしれない、もしくは自分が声を上げることで社内での地位が損なわれるのではないかと考えているからだ」と、法律事務所Cohen, Milstein, Sellers & TollのKalpana Kotagal氏はInc.に語る。
確かに一発退場レベルの言動はさておき、ほとんどのセクシャルハラスメントは冗談で言ったものや言った本人に悪気はないケースなどグレイゾーンなものも多い。その際冗談の通じない人だと思われるのも…という思いから仕方なく受け流す人も多いだろう。
VR技術に関するサービスを提供する「Emblematic Group」のCEO、Nonny de la Peña氏もInc.に対して、「経営者同士のコミュニティも男性が圧倒的に多く、どう対応してよいかわからない微妙な差別やセクハラはある。最良の対応は誰よりも成功すること」だと語る。しかしこれが抜本的な解決法でないことは明らかだ。
「対等な会話を」立ち上がった女性起業家
社内におけるハラスメントは多くの場合、上司や人事部が然るべき対応をしてくれる。しかし今深刻な問題として改善が急がれているのが、女性起業家の労働環境に関する、特にベンチャーキャピタリストによるセクシャルハラスメント問題だ。
なぜなら、彼女らの関係は上司と部下といった同じ組織内の関係でないがゆえに、仮に侵害や衝突が起こった場合でも報告できるセーフティーネットが存在しないためである。
企業向けに映像コンテンツサービスを提供する「Soona」の代表であるElizabeth Giorgi氏は2019年、彼女のビジネスに出資したいという男性投資家と打ち合わせを行った。
話し合いが無事終わり、事業拡大のため追加資金を調達する必要があった彼女が喜んだのは束の間、その夜にその男性から送られてきたメッセージに添えられていたのは「裸のセルフィー」だったという。
彼女はその件について「事業拡大のため資金が必要だった。『この屈辱にも黙って耐えるべきなのだろうか』と涙した」とNPRに語る。
結果彼女は彼からの出資の申し出を断わり、同氏からの連絡を全て断ったという。しかし彼女曰く、この手の話は他の女性起業家に聞いても”よくある話”であったといい、自身の経験からこれ以上辛い経験を強いられる女性起業家が出るのを防ぐため、ある条項を策定する。
彼女が顧問弁護士とともに作成した「Candor Clause」は、彼女の会社に出資する全ての投資家に対して、差別やセクシャルハラスメントを行わないことを事前に行う取り決めだ。彼女曰く、男性優位であるベンチャーキャピタル界で権力を持つ男性と平等に渡り合うためには、事前にNG事項を明確に取り決める必要があったと話す。
これまでSoonaは「2048 Ventures」や「Matchstick Ventures」「Techstars Ventures」といったベンチャーキャピタルから投資を受けており、もちろん全てがCandor Clauseに同意しているという。
またこの条項は誰もがダウンロードして利用できるように一般公開もされている。そのような取り交わしなしで公平なやり取りができることが理想ではあるが、Giorgi氏が勇気をもって踏み出したセクシャルハラスメント防止策は大きな効果を持つはずだ。
グローバルで拡大する#MovingForward
また女性起業家が業界からハラスメントや偏見を撤廃し、多様性や包括性をもたらす目的で2018年の国際女性デーに組織した「#MovingForward」もベンチャーキャピタルとファンドを巻き込み年々規模を増している。
本組織はハラスメントのない環境にするためのポリシーの一般公開と、万が一事件が起こった場合に対応する窓口などを提供している。
#MovingForwardを立ち上げた中心人物である起業家で投資家のYeoh Sew Hoy氏によると、2019年時点でアメリカ国内の100以上、そしてヨーロッパとアジアからも30以上のベンチャーキャピタルがMoving Fowardの理念に賛同し参加しているという。
Hoy氏は同組織立ち上げの理由として、2014年に彼女自身が「500 Startups」の共同創始者Dave McClure氏からセクシャルハラスメントを受けた際、どこに報告してよいかわからず辛い思いをしたこと、そして次なる犠牲者が出るのをただ祈るのでなく、現状を変えるべく前進したかったからだと同誌に語っている。
こういったムーブメントを受け、「Greylock Partners」や「Kapor Capital」など多様性にコミットする旨のルールを設け公表するベンチャーキャピタルも見受けられるようになってきており、Hoy氏の言葉を借りると「伝統的に不健康だったベンチャーキャピタルと起業家の関係」も徐々にではあるが改善されてつつあるように感じる。
セクシャルハラスメントはジェンダー比率とパワーバランスに不均衡が生じやすいあらゆる業界で起こり得るもの。
例えば、大企業とスタートアップが本来双方が持つアドバンテージを生かし対等に手を取り合って進めるべきオープンイノベーションシーンにおいても、相手の弱みに付け込んだハラスメントが頻発しているという声は聞かれる。
セクシャルハラスメントが起こらないことがベストだが、現状として一番大切なのはこのように事前に取り決めを行うことで発生数を引き下げること、万が一起こってしまった際に声を上げる事ができる環境、そして解決に導けるルールを整えることではないだろうか。
文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)