「100年に1度」や「想定外」が日常茶飯事になってしまった、災害大国、日本。
非常時に混乱なくスマートに情報収集や伝達を行う重要性が日に日に増してきている。緊急時に企業内の複数拠点やさまざまな部署から、電話などの人力で情報を収集するのに限界を感じた経験がある人も多いのでは。一刻を争う場面で、重要なカギになるのは情報整理のシンプルさだ。
日本ユニシスは2015年4月から、災害時の情報共有ツールとしてBCP(Business Continuity Plan 事業継続計画)支援サービス「災害ネット」を販売開始。自衛隊などで採用されている「クロノロジー(時系列)」の考えに着想を得てシステム開発した、SaaS型(Software as a Service インターネット経由で必要な分だけサービス利用できるソフトウェア)ツールである。
BCPは、自然災害などの緊急時に企業が事業を継続するための計画のことだが、その運用をアナログ的な手段に頼っている企業が多いのが現状だ。
クロノロジーの考え方はマーケティングやインターネット技術、危機管理コンサルティングなどに活用されており、緊急時対応とも親和性が高い。
今回は、公共第一事業部ビジネス三部・角田有希氏に、災害ネットがどのような企業で導入されどのように使われているのか、事例とともに伺った。
時系列と優先順位付けに振り切ったシンプルなツール
「災害ネット」はPCやスマホから緊急時に共有すべき文字情報や画像を投稿・閲覧でき、時系列順で一覧できるのが特徴だ。もちろん、災害発生時ではない平常時、例えば鉄道会社で起こる日々のトラブル共有などでの情報共有にも威力を発揮するが、例はのちほど説明する。
災害ネットは国や地方自治体、鉄道、金融、自動車などさまざまな業種・業界に導入実績があり、現状ではインフラ企業を中心に導入が進んでいる。
災害ネットの最大の特徴は「クロノロジーの思想によるシンプルさにある」と角田氏は語る。
角田:「災害が起きたときに情報を時系列順でホワイトボードに書き出すことは、日頃から訓練などで行っているところが多いと思います。その行動をそのままオンライン上に移し、情報の集約を容易にしたのが災害ネットだと思ってください。
現場への導入がスムーズで、シンプルに使っていただけるのが特徴です」
災害が発生した際は一般的に、情報を集約する災害対策本部が企業内に設置され、さまざまな拠点や部署から大量に電話やFAXで情報が届くことになる。それを人力で個別に受けてまとめるのは、特に規模の大きい企業では労力が雪だるま式に増え、非効率を極める。
角田:「情報の格納場所をインターネット上の災害ネットに決めてあげることで一元的に取りまとめられ、伝達の時間的・心理的コストを大幅に削減できます」
このツールを使うことで、末端から全ての情報を吸い上げて本部へ集約すると同時に経営層が閲覧でき、一瞬で全社へ伝えられるのだ。
複雑さゆえに使われなかった過去の教訓を生かす
災害ネットを開発する際、シンプルさへこだわったのはこれまで得た教訓に理由がある。
角田:「以前も別の災害時の情報共有サービスを自治体向けに展開していました。しかし、かなり機能が多く複雑だったため、いざ災害が起きたら現場で使っていただけませんでした。この仕組みではダメだと気づいたんです」
その後、横須賀市との災害情報共有システムの構築でクロノロジーの概念に出会った。時系列で情報を整理するクロノロジーは、自衛隊でも採用されている手法だ。
角田:「災害対策本部へは、◯時◯分時点で木が倒れているなどの連絡が必ず時系列で入ります。時系列での記録と伝達は、意思決定者が優先順位を判断する材料としてとても重要なんです。
例えば人命救助の初動対応には、生死を分けるとされる72時間のリミットがあります。何時に対応を開始し何時に完了したのかを記録、共有していくことが、アクションの優先順位を判断する重要な指針となります」
また、情報整理の観点では、
- 時間が経つほど複数拠点や部署で大量のホワイトボードが立ち、情報が錯綜する
- ホワイトボードに書く面積が足りなくなって、慌てて文字を消してしまう
- ホワイトボードのある部屋にいないメンバーへは共有されず、伝達が漏れる
などが起こりうる。つまり、物理的にホワイトボードが一箇所に集まっているとは限らない状況は、混乱の原因になる。
すでに企業内で行われている訓練や緊急時の情報伝達をより洗練させて、一元的なシステムに置き換えられるのが「災害ネット」だ。
「災害時は、複雑で難しいことはできない」。この教訓とクロノロジーの学びから、優先順位と時系列のみを一覧で運用できる、シンプルなものにこだわった。
開発コンセプトをぶらさないように徹底
現在も災害ネットをバージョンアップさせる際には、その最大の目的を、人間がツールとして「非常時に使える」ことに置いているという。
角田:「状況や個社により運用方法が異なる中でも汎用性を持てるシンプルさ。ここをコンセプトに持ち、絶対にぶらさないよう開発と営業メンバー一同、徹底しています。
お客さまからいただいた意見を集約し、システム開発のメンバーとバージョンアップ会議を定期的に行っていますが、基本的には設定で変えていただけるような仕様にしています」
例えば、内容や重要度などを自由にタグ付け、ラベリングができる。閲覧時は「重要度高」のものだけ絞り込めるようにするなど、顧客側で設定が可能だ。
顧客の意見に合わせてカスタマイズしがちな開発手法をある意味で捨て、自分たちの信じているものを提案しているのだ。
一方、災害ネットを使いこなせるようになるための教育コストはほとんどかからない。説明会は、20分間の機能説明と20分間の操作練習で済むほどだ。シンプルだから、導入しても現場から反発が出ない。それだけ、インターフェースのシンプルさへのこだわりは徹底している。
平常時にも情報共有や記録ツールとして使える
シンプルさや汎用性は平常時でも威力を発揮する。
平時での使い方は企業によりさまざまだ。日報的な使われ方もあれば、最近では新型コロナウイルスに関する情報を集めて共有し、部署内で意思決定するための判断材料に使っている企業もある。また、サイバー・セキュリティー事故の推移の記録などにも活用可能だ。
BCPを作成し、緊急時対応の方法を定めている企業は多い。しかし、非常時に想定通り上手く機能するのかは、どの企業も未知数なのだ。Excelなどのファイルや画像・動画の共有、電話での伝達に限界を感じている顧客も多い。
だからこそ、平常時からこのツールを採り入れて慣れておくのも選択肢として十分あり得るし、訓練時のデータ記録用に使えば振り返りもできる。
最近は大型の台風など自然災害が頻発するようになり、情報管理の重要性や危機意識が高まっている。もし会見を開くなら、時系列での説明を求められるため整理された情報が必要だ。
角田:「さまざまな情報共有に使っていただきたいです。電気、ガス、空港、航空、鉄道、製造業、銀行、保険、施設管理などのBCP部署のご担当者に興味を持っていただければ」
3社の導入事例に共通する「ちょうどいいシンプルさ」
災害ネットの導入事例を見てみよう。
●西武鉄道
1日平均約180万人が利用する鉄道会社。
- ・課題
- これまではトラブル発生時の情報共有を無線と電話による伝達で行っていたが、情報伝達を合理化するため2018年にタブレット端末を各駅員に配った。配布にあたり、ただメールで写真を添付させるだけではなく、その情報を集約するための仕組みを探していた。
- ・採用の決め手
- 災害ネットを含む3社のサービスで検討。ファイル・情報共有ツールではシンプル過ぎ、鉄道会社が作っているBCP支援システムでは機能が細か過ぎるとの理由で、マニュアル無しで使える丁度いいシンプルな操作性を感じた災害ネットを採用。 クロノロジーの思想が鉄道会社の組織にもマッチし、異常気象などの緊急時から平常時の情報共有まで活用している。
「言葉に依らず、ひとまず写真を送る」運用で、運転司令本部が確認し、共有やタスクの振り分けを行う。
例えば、架線にビニールがひっかかっているとの乗務員からの無線報告では「緊急性が低いのに大げさに報告する人」も「重大なことを冷静に伝える人」もいる。
主観的な言葉では、どの人をどれだけ派遣したらいいのかが分からなかった。写真1枚を撮影させるだけで客観化でき、何がどんな巻き付き方だから誰を送ればいい、と即座に判断できるようになった。「入ってくる情報量と解決スピードが間違いなく上がった」とのこと。
●中部国際空港(セントレア)
愛知の国際空港。24時間運用で、年間1350万人が利用する。
- ・課題
- 危機管理産業展に出展した日本ユニシスのブースで災害ネットを気に入ったのがきっかけ。これまでは文字情報や画像をホワイトボードに収集するアナログな手法を取っていた。
- ・採用の決め手
- 動画や音声含めデジタルで共有でき、かつ複雑過ぎない機能の災害ネットを評価。トライアルで試していたところ2019年、関西国際空港の橋梁が台風により不通の事態に。
別ルートを求めた観光客がセントレアへ大量流入。災害ネットを活用し、情報を共有した。「どこに人が滞留中、などのあらゆる情報を災害ネットに書き込んでいたからこそ、スムーズに対応できた」と有用性が経営層へも伝わり、本導入決定となった。
現在は新型コロナウイルス対策として、空港関係事業者の体調不良者情報の集約や空港内での感染対策の実施状況及び課題の共有に使われている。また、空港内だけでなく、政府からも「消毒液の設置要請」「ホームページへの情報掲載要請」などの通達が大量に来る。さまざまな機関からの情報をさまざまな担当者が個別に受け、1人では完結できないタスクもあるため、他の担当者や部署へ伝達し、対応の状況や完了までを追うのに利用している。
●
アット東京
24時間365日ノーダウンオペレーションの世界最大級のデータセンターを所有。
- ・課題
- グループウエアなどを駆使して毎年訓練を行っていたが、刻々と変わる訓練の状況が本部まで上がってこない状況に課題を持っていた。
- ・採用の決め手
- 危機管理産業展での出会いをきっかけに訓練でトライアル導入。シンプルな操作と情報共有に特化した機能と、一元化された情報をさまざまな部署でスムーズに共有できる点を評価。現場からの反対意見もなく、時系列で常に最新の情報を把握でき、シンプルな操作性が使いやすいとの声。現在は災害対策本部で本採用。
他社連携やユーザー交流会を通じて世界を広げる
シンプルさが生命線ともいえる災害ネット。今後はどのような進化を遂げるのだろうか。
角田:「社内外のさまざまなシステムとつながっていきたいと考えています。APIで連携して情報をもらうこと、渡すこともできますし、個社ごとにご利用いただいている災害ネットのネットワークを連携させることも考えられます。
例えば、空港会社と鉄道会社は別々の情報を持っていますが、それらをつなげて地域の事業継続を創るお役にも立てる可能性もあると思っています」
2019年6月にはユーザー会を開催した。BCP部署の顧客同士がつながる、意見交換を目的とした会だ。集まったのは災害ネットを使い込んでいる企業から導入間もない企業までさまざま。
角田:「多種多様な業界の16社29名にご参加いただきました。ロの字型に机を並べ、熱い議論が交わされました。
参加者からはおおむねご好評で『どう使ったらいいのか』『運用は考えたいけど具体的にどうしたらいいのか』などで悩まれていた企業同士で気づきの得られる意見交換をされていました。どのお客さまも有意義だったとおっしゃっていただきましたね。
私たち自身も、ご利用いただいている企業内での伝達経路について気づきを得るなど、実り多い時間を過ごせました」
このように災害ネット導入後も、BCP担当者の顧客同士での情報交換の場を提供することで、安心してサービスを活用してもらえるようにしている。
シンプルisベストを貫く基本姿勢
シンプルさを維持し続けるのはとても難しい。あらゆるサービスが顧客の要望を採り入れ過ぎて肥大化してしまうからだ。しかし、災害時の教訓から「シンプルに管理することがもっとも有効」だと振り切り、信念を貫く災害ネットは潔い。
角田:「災害時の対応や運用に100点満点はなく、常に改善され変遷していくもの。だから災害ネットも、大きなシステムで作ってしまうと対応しきれなくなってしまう。その意味でも、シンプルなほうがいいと考えています」
物理的な制限のないインターネット空間へどこからでもアクセスでき、情報共有の容易さから自然と情報が集まる。このシンプルさのおかげで平常時でも活用されている災害ネットはすでに、企業に欠かせない日常のネットワークとなっている。
取材・文:山岸裕一
写真:西村克也